2019年に開催された「第32回東京国際映画祭」の日本映画スプラッシュ部門に出品された郭智博主演の映画「どうしようもない僕のちっぽけな世界は、」が6月25日(土)より東京・渋谷ユーロスペースほかにて公開。同作は、ネグレクトや幼児虐待、現代社会の暗部にフォーカスしながら親と子のつながり、家族の絆を問う物語が展開される。
劇団オーストラ・マコンドー主宰の演出家・倉本朋幸の監督デビュー作で、クリープハイプの「二十九、三十」が主題歌に起用されている。
WEBザテレビジョンでは、児童相談所からの提案で、条件付きながら再び娘を引き取ることになった主人公の「彼」を演じる郭にインタビュー。どうしようもないくらい自堕落なキャラクターを演じる上で心掛けたことや縁のある土地でロケを行った撮影秘話、自分と「彼」の共通点などを語ってもらった。
このまま消えてしまうのかなという不安も
――2019年の東京国際映画祭で上映された時から一般公開を望むファンが多かったですが、あれから2年半たってようやくその日を迎えることができましたね。
決して大きな作品ではないですが、出演してくださったキャストの皆さん、そして制作に携わってくださったスタッフの方たちのためにも一般公開してほしいという気持ちがありました。コロナ禍ということもあって、エンタメ業界も公開や公演などが延期になるケースも多かったですから、このまま消えてしまうのかなという不安もあったんです。今は公開が決まってホッとしています。
――以前のインタビューで「30代のうちに東京国際映画祭に出たい」と仰っていましたが、その夢もかないましたね。舞台いあいさつではどんな景色が見えていましたか?
俳優って特に免許があるわけではないですし、自分で「俳優です。役者です」って言ってしまえば俳優なんです。でも、映画祭とかに出たこともないのに「俳優」と呼ばれることがどこかくすぐったかったり、申し訳ないなという思いもあったりして。そういう意味で結果というわけではないですけど、30代のうちに何とか映画祭に出品されるような作品に出られる役者になりたい、しっかりと形を残せたらいいなと思っていたんです。
この作品でレッドカーペットを歩かせていただきましたけど、すごく華やかな世界だなと感じました。映画祭に来てくださる方は映画が好きな人が多いのでそういう人たちの前でしゃべったり、挨拶することができてうれしかったです。
――作品の中に出てくるエピソードはほとんどが実話だということですが、最初に脚本を読んだ時にどう思いましたか?
監督の倉本さんとは2回舞台でご一緒したんですけど、倉本さんらしい話を書くなって思いました。僕自身、シリアスで重い感じの映画が好きなんです。しんどそうだなと思いつつ、そういう作品に参加できることがうれしかったです。
――今回はロケハンから参加されたそうですね?
普通だったら撮影当日に現場に入ってリハーサルをやったらすぐ本番という形なんですけど、今回は題材的にもリアルな部分を描いているので、それはちょっと違うかなと。僕が演じる「彼」がずっと住んでいる家ですから、自分の芝居のプランを考える上でもプラスになるかなと思って、ちょっと無理を言って車に押し込んでもらってロケハンに同行させてもらいました。
ロケ地は神奈川の相模原市。実は、僕が4歳から12歳ぐらいまで住んでいた所だったんです。なじみのある町だったので撮影が始まってもずっと自然なままでいられました。
――映画祭の時に「あまり役作りということを意識しなかった」と仰っていましたが「彼」というキャラクターにはどんなアプローチを?
史実の人物を演じるのであればアプローチの仕方が分かるんですけど、今回の場合はどうしても自分の中にいる「彼」に似たところを探すという作業になってしまいました。僕も立派な人間ではないし、大人になってから親にお金を借りたこともありますし(笑)。もちろん、子どもを虐待したことはないですけど「彼」のだらしない部分を分かる自分がいたりもして。そういう意味では「彼」にすり寄っていくしかないのかなと思いました。
――「彼」を演じる時に心掛けたことはありますか?
自分の中のだらしない部分を増幅させて演じるしかないなと。僕には子どもがいないので親子の関係は想像でしかできない。倉本さんにうまく誘導していただきました。
「彼」と娘のひいろ(古田結凪)のシーンでいうと、屋上に連れて行って冷たくするところは表情や歩き方になるべく人間味が出ないよう無機質に演じることを心掛けました。
ひいろ役の結凪ちゃんは、あの年齢で全く役を引きずらないんです。休憩中はずっと一緒に遊んでいました。でも、本番が始まると父親とは仲良くない空気感を出してくれて。すごいなと思いました。
僕にはまねできないことですね
――モヤモヤした思いを抱える「彼」が感情を爆発させるシーンは印象的ですね。
多かれ少なかれみんな何かしら不満を抱いていると思うんです。「彼」みたいにあそこまで思いっきり感情を爆発させることができたらいいんでしょうけど、それはなかなか難しい。あの行動はどこか娘への懺悔みたいなものもあるんでしょうけど、僕にはまねできないことですね。
――夜のシーンでしたけど「彼」は道路で大胆な行動をされていました。
監督からは人通りが少ないですからって言われていたんですけど、夜の9時、10時は帰宅する人が多くて。しかも、あんなふうに感情を出すシーンはリハーサルして本番1回が普通なのに何回も撮ったんです。倉本さんから「郭さん、良かったですよ」って言われたのに「じゃあ、もう1回行きましょう」ってなるから、段々イライラしてきて。そういう倉本さんへの不満も出ていたかもしれません(笑)。
――もしかしたら監督の狙いだったのかもしれませんね。
そうかもしれないですね。あのシーンはかなり気持ちが入っていたと思います。
――作品タイトルの最後は「、」で終わっていますが、その先の未来について考えたことはありますか?
映画の終わり方もクリープハイプの主題歌もそうですけど、僕の希望としては前向きな感じなのかなと。そうであってほしいなと思います。
――主題歌は郭さんの希望もあってクリープハイプの「二十九、三十」に決まったそうですね?
曲のタイトル「二十九、三十」は「彼」ぐらいの年代の曲で、話の内容ともリンクしていていいなと思いました。尾崎(世界観)さんが作る曲と倉本さんの世界観が似ていると感じているところもあったので、この2つを結び付けたら面白いかなと思ってプロデューサーさんに相談しました。
――タイトルにちなんで、郭さんが思う自分の「どうしようもない」ところは?
「彼」は子どものまま大人になっちゃったんだなって思いましたけど、僕自身もそうだなって。普段生活していて思うことがあります。
――どんなところがですか?
言動です。自分を客観的に見た時にしゃべり方や言葉の選び方が子どもだなと。もう37歳なのに、世間の37歳と比べたら子どもだなと感じる部分は多いです。だからこそ「彼」を演じることができたのかもしれません。
――話はガラッと変わりますが、郭さんはサッカーが好きだということで、今年のワールドカップで注目している国はどこですか?
僕はリバプールが好きなのでイングランドを応援したいんですけど、あまりパッとしないんですよね。大体いつも4強、8強で終わってしまうんです。個人的に今年はドイツなのかなと思っています。
――今後、役者としてどんな活動をしていきたいですか?
祖父が台湾出身ということもあるので、アジアの映画に出たいなと思っています。
――では、最後にメッセージを!
僕自身、子どもが虐待を受けているというニュースは見たくないし、聞きたくもないんです。子どもにはずっと笑顔でいてほしいですから。でも、実際にこういう問題があることを知ってほしいなと。すごく胸が痛いし、そう思うならなぜこの役をやったんだと言われるかもしれないですけど、この映画を通してそういう問題を考えてもらえたら役者冥利(みょうり)に尽きます。一人でも多くの方に見ていただけたらうれしいです。
◆取材・文=月山武桜