江國香織 撮影/矢島泰輔
久しぶりに若い人の 物語を書きたかった
「私自身、アメリカに留学していた23歳のときに、友達とふたりでアメリカ旅行に出かけたことがあったんです。当時はデラウェアという田舎町に住んでいたのですが、もっといろんなアメリカを見たいなって思って。グレイハウンドに乗ってボストンとポーツマスに行ったんです。そのころの私は、精神年齢が幼かったんでしょうね。ずっと赤ちゃんの人形を抱いて旅をしていました(笑)」
「だから、アメリカ旅行の話を書くなら絶対に『小説すばる』で連載したいと思っていたんです。私自身が年齢を重ねるにつれて主人公の年齢も自然と上がってきたので、久しぶりに若い人の物語を書きたいと思ってもいました。そうした理由から、あのとき彼と約束した旅の話を書くことにしたんです」
「変な日本語ですけど、私は子どもってすごく大人だなって思うんです。私が書く小説にはわりと多く子どもが出てくるんですけど、それは子どもの大人さ加減とか、大人の子どもさ加減を書くのが好きだから。
「それはきっと、性格というよりも17歳という年齢による部分が大きいような気がします。17歳と14歳ってたった3つ違いですけど、この年代の3歳の差は大きいですよね。それに、16歳、17歳、18歳くらいって、きっと、すごく屈託が出る年齢なんじゃないかなって思うんです。だからふたりの年齢による差も書いてみたいと思いました」
旅をする気分で 読んでもらえたら
「私がアメリカ旅行をした30年前と今とでは、グレイハウンドは絶対違っているはずだから乗っておこうと思って。
「留学していたときにフィラデルフィアの球場で出あったファネルケーキがすごくおいしくて。帰国するときには、スーパーでファネルケーキのもとを山のように買って帰りました。中にピーナッツバターが入っているリースチョコレートも大好きなお菓子なんです。
「礼那と逸佳は家出をしたわけではなく、最終的には旅を終えて帰ってきます。でも、ふたりが旅をすることで、関係者全員になんらかの影響が及ぶはずですから。その変化も書きたいことのひとつでした」
「家庭の中では、妻とか母とか、姉とか妹とか娘とか、会社員なら上司とか部下とか、いろいろな役割がありますよね。そうした役割をはずすのはわりと難しいことだと思うのですが、理生那は教会という場所で本来の自分になることができた。理生那のように役割をはずした個人を持てるかどうかで、人はすごく変わると思うんです」
「さらに、もしできるならば、妻とか母といった役割から離れて、本来の自分として、ふたりの旅を目撃してもらえたら、とてもうれしいです」
ライターは見た! 著者の素顔
「午前中はお風呂に入りながら本を読んでいて、1日に1時間はピアノを弾いていて、夜はお酒を飲んでいるので。最近は小説を書く時間がちょっとしかないんです(笑)」
PROFILE
●えくに・かおり●1964年生まれ。2002年『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で第15回山本周五郎賞、'04年『号泣する準備はできていた』で第130回直木賞、'07年『がらくた』で第14回島清恋愛文学賞、'10年『真昼なのに昏い部屋』で第5回中央公論文芸賞、'12年『犬とハモニカ』で第38回川端康成文学賞など、受賞多数
(取材・文/熊谷あづさ)