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高校バスケの名門・能代工で田臥・若月・菊地と「5人中3人が1年生」。当時監督・加藤三彦が明かす“レギュラーから上級生を外した”真意

集英社オンライン / 2022年12月17日 11時31分

今からおよそ四半世紀前の1996〜98年。秋田・能代工業高等学校は高校バスケットボールの全国タイトルを総なめにし、史上初「9冠」を成し遂げた。漫画『スラムダンク』山王工業のモデルともいわれる同校は、なぜ最強たり得たのか。田臥勇太ら当事者の証言を元に、その軌跡に迫る短期連載。第2回は「田臥・若月・菊地トリオ誕生/96年」編をお届けする。

「眠れる逸材」若月徹の中学時代

左から田臥勇太、菊地勇樹、若月徹。能代工時代の海外遠征にて

「あ、CMのやつだ。やっぱすげぇな」

能代工の練習会に参加した若月徹は、“ピラニア軍団”と呼ばれる守備のスペシャリストをいとも容易く抜き去る、進研ゼミのCMに出演した有名人・田臥勇太の華麗なドリブルに見とれていた。



「一番印象に残っているのがドリブルの巧さでしたね。手にボールが吸い付いてるような感じで、先輩のディフェンスをスイスイ抜いてたし、しかもスピードがあって。『他のやつらと全然違うな、CMに出るだけあるな』って思いながら見てました」

田臥と同学年で活躍した若月徹さん。現在は秋田市内の会社に勤める

中学時代の若月には、全国大会でベスト5となった大道中(神奈川)の田臥や、MVPを獲得した洛西中(京都)の前田浩行のような実績はなかった。

知る人ぞ知る逸材。それが、若月というプレーヤーだった。秋田県出身で1年生からメンバーに入る1学年上の小嶋信哉は、彼の潜在能力の高さを知っていたひとりだ。

「『強いチームがある』って、初めて県外に遠征した試合で2年生の若月がいて。あれだけ身長の高い中学生ってなかなかいなかったし、ディフェンスもうまくて、シュートフォームもきれいでしたよね」

若月は山形県寒河江市の出身で、陵東中時代から186センチもある大型センターだった。

守備に比重のあるポジションながら、ゴール下でリバウンドを制すとそのまま敵陣まで切り込みシュートを決める、チームの大黒柱。

当時の山形は年ごとに選出されるエリアが決まっていたため、選抜チームで日本一を争うジュニアオールスターには出場できず、全国の舞台も経験できなかった。それでも、若月が試合でインパクトを残していたことは、「中学MVP」の前田の言葉からもわかる。

「交流試合みたいなところで若月の中学とやったことがあったんですよ。サイズがあるのにディフェンスもオフェンスも、なんでもできるって印象がありました」

若月はなぜ能代工を選んだか

若月も田臥と同じように、最初から能代工を志望していたわけではなかった。県内の強豪である山形南か日大山形への進学を漠然と考えていたなか、彼を秋田へと駆り立てた存在こそ、「CMのやつ」だった。

「勇太が本当にすごかったんで、『一緒にやれれば楽しいだろうな』って。あとは、練習会で“能代グッズ”をたくさんもらえたんで、『ここに入ればもっともらえんのかな』っていうのもちょっとありましたし(笑)。家族から『行ってこい!』って言ってもらえたのも大きかったですね」

意図せず若月を能代工へと導いた田臥も、小嶋や前田と同じように彼の非凡さに驚き、全国の広さを痛感していた。田臥もまた、自分が与えたインパクトと同等の感情を抱いていたのである。

「若月のことは知らなかったんですけど、『おっきいのにうまいし、器用だな』って。そこに菊地(勇樹)もいたわけじゃないですか。彼は全国大会に出ていたんで存在は知っていたんですけど、実際にふたりのプレーを見て『うまいやつがこんなにいるんだ。こういう仲間たちがいる高校でやりたいな』って嬉しくなった記憶がありますよね」

186センチの中学生・菊地勇樹の本懐

菊地も中学から186センチと大柄だった。秋田県潟上市の羽城中では、「ただデカいからセンターにされました」と笑う。

そんな安直な配置に菊地は不満だった。中学2年の全国大会でベスト8と結果を残してはいたが、試合中は「もっとシュートを打ちたい」と念じていたし、実際に自主練習ではリバウンドを取るよりも3ポイントシュートを打っていたくらいである。

オフェンス願望の強い中学生が、シューターとしての資質を開花するきっかけがあったとすれば、おそらく秋田選抜に選ばれたジュニアオールスター(現在の全国U15バスケットボール選手権)だろう。大会前に能代工の体育館を借りての合宿で監督から「3ポイントを打っていいぞ」と許可され、嬉々として練習に励む菊地がいた。

当時、能代工の1年でフォワードポジションだった小嶋は、菊地のしなやかな動作を思い起こすように言う。

「練習ではセンターをやっているのにスリーをバカバカ入れてたし、あれだけ大きいのにシュートタッチがきれいでしたね。『こいつが(能代工に)入ったら、俺はディフェンスをやらされるんだろうな』って思いながら見てました」

菊地はなぜ能代工を選んだか

中学3年時の全国大会にも出場した菊地は、センターを守りながら相手の隙を見つけてはシュートを放った。ジャンプ力がないと自覚していた菊地は、後方に飛びながらシュートを打つフェイダウェイを得意としており、ベスト16とチームも実績を残した。

そのプレースタイルが通用しないと思い知らされた場所が能代工だった。ジュニアオールスターの合宿、参加した練習会でも先輩にことごとくブロックされる。菊地はセンターとしての限界を悟った。

「自分のフェイダウェイって、中学の時は止められたことがなかったんですよ。『これはもう、センターは無理だな』って」

田臥と同学年で活躍した菊地勇樹さん。現在はBリーグ・秋田ノーザンハピネッツでU-18コーチを務める

菊地の心情とは裏腹に、大型選手への勧誘のほとんどが「センターとして来てほしい」だった。田臥、若月と同様に能代工へ進もうとは考えておらず、「他の高校で能代工を倒したい」とすら思っていたほどだ。

なかでも福井県の強豪、北陸が菊地の獲得に熱心だったという。菊地が中学3年の1995年、同校のOBで、いすゞ自動車の選手としてJBLでMVPに輝いた佐古賢一から直接、電話で誘われたほどだった。

気持ちが傾きかけていた菊地が、一転、能代工への進学を決意した理由。それは、監督である加藤三彦のプランが響いたからだ。

「これが、菊地君が3年生になった時に僕が考える理想のスタメンなんだ」

ガードに田臥がいて、センターには若月がいる。菊地に記されていたポジションはスモールフォワード。シューターだった。

菊地の目が、瞬時に輝いた。

「ずっとセンターだったのに、『え? そこをやらせてもらえるの!?』って。ジュニアオールスターの合宿で三彦先生の目に留まったのかはわかりませんけど、挑戦したくなりましたよね。能代工業は強い高校だし、試合に出られるかどうかは別としても、『ここで経験することは、バスケットを続けていく上で大事かもしれないな』って」

田臥、若月、菊地。本来ならばすれ違っていたはずの素質が、能代工という名の人間交差点で交わった。それは天の配剤などではなく、結びつけた仕掛け人は能代工を指揮する加藤だったのだ。

「1年生トリオ」スタメン起用の裏側

チームの礎と伝統を築いた前任の加藤廣志からバトンを託され90年に監督となってから、91年にインターハイ、国体、選抜(ウインターカップ)を制した「3冠」を含め、日本一は実に8回。加藤三彦は名門・能代工の強さをより進化させた指導者でもあった。

高校バスケットボールにおいて、「勝てるチーム」を築くために加藤が重要視していることは、システムづくりなのだという。

「プロと違って、高校は次の年になると同じチームは組めないですから。毎年勝っていくためにはシステム化しないといけない。スタートで出る5人で言えば、『トライアングル』と『ライン』を決めてチームを作ってきました。あの世代のトライアングルだったのが、田臥、若月、菊地の3人なんです」

能代市内のガソリンスタンドに飾られた巨大なポスター。田臥、若月、菊地が描かれている

トライアングルとは、バスケットボールにおける連動性を意味している。

田臥をプレーの起点とした場合、加藤はゴール付近のペイントエリア内でのシュート力にも長ける、センターの若月との相性の良さを見出していた。菊地をシューターにしたのも、高確率の3ポイントシュートを持っていることに加え、田臥がドライブでゴール下まで切り込み相手を引き付けることで、フリーになることが多くなると考えていたからだ。

このトライアングルとの相性を考え、ラインには1年生から経験を積み、センターにコンバートすることとなる小嶋とガードの畑山陽一の、新2年生に任せた。

加藤はポジションと学年を考慮し、年々、ベストのトライアングルとラインをアップデートする。したがって、能代工では1年生からスタメンに抜擢される例は珍しくない。ただし、3人となると話は別だ。

「トライアングルに1年生3人を使うっていうのは、それまでなかったですね」

上辺だけなら、「上級生に力がないから」と受け取られかねない。だからこそ加藤は、語調を強めながら訴える。

「上級生がダメなんではないんです。言い方は傲慢かもしれないけど、田臥たちをスタメンにしなくても、僕は勝てたと思っています」

これこそが、能代工の矜持なのだ。

だから挑戦できた。コートでも勇猛果敢に攻められたのである。

(つづく)

取材・文/田口元義

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