岸田文雄首相の周辺は財務官僚だらけ…「聞く力」から「増税メガネ」に変わってしまった納得の理由
プレジデントオンライン / 2023年12月7日 13時15分
■宏池会体質そのままの岸田首相
【石橋】吉田茂が有能な官僚を集めた「吉田学校」が宏池会の母体となっています。
【田村】とくに宏池会は財務省の出先機関同然です。その中枢にいるのが、宏池会の会長でもある首相の岸田文雄さんです。
【石橋】宏池会は官僚と親族を結婚させ、閨閥(けいばつ)をつくるのが特徴です。岸田さんはその典型例だと言えるでしょう。
明治神宮近くに「穏田マンション」といわれる白亜の洋館がありました。岸田さんの祖父で、衆議院議員も務めた実業家の岸田正記が昭和初期に旧伯爵家から買い取った洋館で、現在はマンションに建て替えられています。
ここが岸田さんの東京の実家であり、かつて他の住民は財務(大蔵)官僚ばかりだったそうです。岸田さんにはふたりの妹がいますが、ともに財務官僚と結婚しています。さらに、親戚には財務官僚がずらりといます。まさに閨閥です。
岸田内閣の主要メンバーも財務省出身者がやたらと多い。前厚生労働相の加藤勝信さん、前経済再生担当相の後藤茂之さん、元総務相の寺田稔さん、元経済安全保障担当相の小林鷹之さん……。最側近といわれる前官房副長官で幹事長代理の木原誠二さんも財務省出身です。
財務省は、岸田さんが首相になって心から喜んでいると思います。
■元財務官僚の従兄弟が「重要ポスト」に
【田村】自民党参議院の宮澤洋一さんも、たしか岸田さんの親戚にあたるのではないですか。
【石橋】岸田さんの従兄弟です。岸田さんの叔母が元首相の宮澤喜一さんの弟に嫁いで、生まれたのが、宮澤洋一さんです。
彼は、東大法学部を卒業して財務(大蔵)官僚となり、衆院3期、参院3期を務めたベテランです。
宮澤喜一さんの甥でもあり、宏池会会長になってもおかしくないはずですが、まったくそんな声が上がらないのは人望がないからでしょうね。
【田村】それでも、自民党税制調査会(自民党税調、*1)長のポストには就いています。
*1 自民党税制調査会(自民党税調) 自民党における審議機関のひとつで、例えば、1971年度税制で道路特定財源のための自動車重量税を創設、1973年度税制で個人事業主に給与所得控除を実現したが、このころから税制において主導権を握るようになっている。
■増税路線には岸田首相の意志が働いている
【石橋】宮澤洋一さんはバリバリの財政再建派・増税派として知られていますが、この人を自民党税制調査会長に起用したのは、岸田さんです。
自民党税調は、政務調査会の下部組織ですが、山中貞則さんがドンとして君臨したころは、首相さえ口出しできないほど絶大な力を持っていました。
いまはそこまでの力はありませんが、政調会長が高市早苗さんから萩生田光一さんに変わったときも、岸田さんは萩生田さんに「政務調査会の人事は自由にやってよいけど、宮澤さんだけは留任させてほしい」と頼んだそうです。つまり、いまの増税路線は岸田さんの強い意志が働いているということです。
【田村】税制改革については自民党の協力が不可欠ですから、そのいちばん大事なところに身内がいれば安心です。
■防衛費拡大に、財務省は増税で対抗
【石橋】本書の第四章冒頭で述べましたが、岸田さんは2022年暮れ、毎年5兆円で推移してきた防衛費を2023年度から5年間で43兆円に増額する方針を打ち出しました。
ウクライナ戦争や、緊迫する東アジア情勢を考えれば、至極真っ当な判断ですが、財務省としては国債を増やすことだけは絶対に避けたい。
そこで「防衛力強化資金」を創設し、防衛費増額分の財源をこの資金から賄うことにし、2023年6月に、防衛費増額に伴う財源確保法(*2)を成立させました。
防衛力強化資金は、歳出改革や公有財産の売却などで賄うとしていますが、これで足りない部分は増税となります。防衛費増のために国債を発行させないための防波堤のような法律です。
経済成長を持続させれば、年数億円の税収増は十分可能なのに、次期衆院選を見据えながら、こんな法律を慌てて成立させる必要があったのか。
防衛費増に反対する人はごく少数です。立憲民主党や共産党が「歯止めなき軍拡反対」と訴えても、次期衆院選にさほど影響はない。
でも、「軍拡のための増税反対」というキャンペーンを張られると岸田政権は厳しい立場に追い込まれます。
財務官僚にはこういう政局的な感覚はゼロなんでしょうね。岸田さんも同じです。
*2 防衛費増額に伴う財源確保法 防衛力強化に向けて、税外収入を積み立てて複数年度にわたって防衛費に充てる「防衛力強化資金」の新設を柱としている。
■財務官僚にとっては“利用しやすい首相“
【田村】財務省的には、増税でもって防衛費の拡大に歯止めをかけたつもりなのでしょう。
出費が増えることには本能的に抵抗するのが財務官僚です。岸田さんは財務省を「身内」と思っているかもしれませんが、そういう意識が財務官僚にはないのかもしれません。
ただの“利用しやすい首相”という気がします。
【石橋】「経済財政運営と改革の基本方針2023」(骨太の方針、*3)が6月16日に閣議決定されました。これを実質的につくっているのは、言うまでもなく財務省です。
この骨太の方針では、財源問題はこぞって先送りにされています。岸田さんが「会期末解散・7月衆院選」を検討していることがわかったからでしょう。
さすがの財務省も、明確に増税を示せば、自民党が衆院選で苦戦するということにようやく気付いたのではないか。
それならば、2022年末に防衛費増に伴う法人税増などを打ち出す必要はありません。財務省と宏池会は政局的なセンスがあまりに乏しいと思います。
*3 骨太の方針 「経済財政運営と改革の基本方針」のこと。内閣府に設置されている重要政策に関する会議のひとつである「経済財政諮問会議」で決議された政策の基本方針。小泉純一郎政権において、「聖域なき構造改革」を実施するために同会議に決議させた政策の基本骨格が始まり。
■ねじ込まれた「プライマリー・バランス黒字化」
【田村】骨太の方針には、“姑息(こそく)な表現”が入れられています。
安倍さんは、アベノミクス最大の目標として掲げた「脱デフレ」を達成しきれなかったことを悔いていました。財務省が主張する「プライマリー・バランス(基礎的財政収支)の2025年度黒字化」に縛られていたからです。
プライマリー・バランスの黒字化を優先させられて、大胆な財政出動ができなかったのです。
安倍さんが「プライマリー・バランスの黒字化」という表現を嫌っていたのを財務省も気にしていたのか、「骨太の方針2023」では、この表現が消えています。
ただし、第5章の〈令和6年度予算編成に向けた考え方〉のなかに、〈令和6年度予算において、本方針、骨太方針2022及び骨太方針2021に基づき、経済・財政一体改革を着実に推進する。〉という一文があります。
骨太方針2020と骨太方針2021には、プライマリー・バランスの黒字化が明記されています。
つまり、骨太方針2023には明確にプライマリー・バランス黒字化は記されていないけれど、2020と2021に基づくということは、「プライマリー・バランス黒字化が目標ですよ」と明記しているのと同じです。
安倍さんが嫌ったプライマリー・バランス黒字化という文言を消したように見せかけて、姑息な表現で盛り込んであるわけです。
■小細工で「増税メガネ」を助けているつもり?
【石橋】プライマリー・バランスの黒字化、つまり、財務省が念仏のように唱えている「財政健全化」です。
財務省がそこにこだわり続けてきたことが、日本経済が低迷から抜け出せなかった大きな要因となっています。
あまり前面に出すのはマズいと、さすがに財務省も気付いたのかもしれません。そこにこだわると、岸田政権は確実に潰れます。すでに「増税メガネ」と言われていますしね。
そこで直接的な言葉は避けて、せこい書き方で誤魔化すところで財務省も妥協したのだと思います。
経済を低迷させているプライマリー・バランスの黒字化にこだわっていては、岸田さんは選挙に負けます。財務省としても、岸田さんをバックアップしているつもりかもしれません。
【田村】直接的な表現は引っ込めても、明記されている過去の骨太の方針に〈基づき〉なわけですから、依然としてプライマリー・バランスの黒字化が財務省の大方針であることに変わりはありません。
2024年度の予算編成で主計局が各省庁と折衝するときに、「プライマリー・バランスの黒字化を明記した過去の骨太方針に基づくことになっているので、予算は増やせません」と各省庁に言えるわけです。
プライマリー・バランスの黒字化を金科玉条にして、これまで通り財務省は予算要求をカットできます。大幅な財政出動とはならないので、経済の低迷も続くことになります。
■予算編成で本音がバレてると、逆に不利
【石橋】骨太の方針でせこい書き方をしているのは、岸田さんが早い時期に解散・総選挙に出ると踏んでいるからではないでしょうか。
プライマリー・バランスの黒字化を引っ込めて政府が財政拡大に踏み切るという期待が出てくれば、選挙で岸田さんは有利になります。
しかし、ズルズルと選挙を先延ばしにして、予算編成で財務省の姿勢はまったく変わっていないことがわかってしまうと、景気が上向く期待感がしぼみますから、逆に不利になります。
【田村】岸田さんとしては、早く解散を決断しないと政権を終わらせることになりかねない。
プライマリー・バランスの黒字化目標を目立たないようにした財務省の小細工も、岸田さんを助けることはできなかったことになってしまうことになります。
それでも、安倍さんのような強力な積極財政派のリーダーが政権の座に就かない限り、安心ということなのでしょう。
■岸田首相は麻生元首相の二の舞になるのか
【石橋】岸田さんは広島G7サミットを成功させたうえで国会会期末に衆議院を解散し、7月に衆院選挙を実施する考えだったようです。
にもかかわらず、マイナンバーカードのトラブルが相次いだうえ、LGBT理解増進法案(*4)を強行に成立させたことにより、支持率が急落し、解散を見送ってしまった。
首相が自ら解散風を吹かせて、自ら先送りすれば求心力を一気に失います。
古くは海部俊樹さんがそうでした。麻生太郎さんも就任直後に解散しようとしましたが、リーマンショックにより先送りし、結局、民主党に政権を奪われました。
岸田さんは2024年秋の自民党総裁選までに衆院選に勝利し、国民の信任を得なければ、総裁再選が危ぶまれます。7月衆院選を見送ったのは大失敗だったと思います。
*4 LGBT理解増進法案 自民党性的指向・性自認に関する特命委員会が法制化を進めた法案で、正式名称は「性的指向および性同一性に関する国民の理解増進に関する法律」。LGBT(性的少数者)に関する基礎知識を広め、国民全体の理解を促すための法案。2023年6月23日に成立、同日に施行。
■スキャンダルが出た木原氏も元財務官僚
【田村】岸田さんの首相秘書官を務めていた長男が、2022年末に官邸で悪ふざけをしていたのがバレたり、木原誠二官房副長官(当時)のスキャンダルが騒がれたりで、選挙を戦うには不利だと判断したのかもしれません。
しかし、株価も3万円を超えているし、景気は追い風です。そうしたなかで国民に信を問うための選挙をやらないのは愚かしいと思いました。
【石橋】下がり続ける内閣支持率を気にしていたのかもしれません。
私も複数の雑誌で〈総選挙をやれば自民党単独過半数割れはあり得る。〉と書きましたけど、そういう見方を気にしていたのかもしれません。
【田村】スキャンダルになった木原誠二さんも、財務省出身ですよね。スキャンダルが出たときに、すぐに切ればよかったはずなのだけれど……。
【石橋】切れないでしょうね。『週刊文春』が報じた愛人の問題は、その前に『週刊新潮』が報じています。両誌で愛人とされる人物は同じです。スキャンダルが繰り返し表に出ているにもかかわらず、岸田さんは何もできない。
【田村】岸田さんに知恵をつけているのは、木原さんだといわれています。
■「異次元の少子化対策」も増税への布石
【石橋】彼が岸田さんに知恵をつけるから、話がややこしくなる。
彼は自民党内で嫌われていますから、自民党と官邸のパイプ役を果たせていない。だから政府と自民党の動きがチグハグになってしまうのです。
LGBT理解増進法案にしても、最終的に自公案に国民民主党と日本維新の会が乗ってくれると岸田さんは思い込んでいました。木原さんがそう伝えていたからです。
ところが国民民主党と日本維新の会が応じるはずはありません。
最終的に政調会長の萩生田光一さんが、日本維新の会代表の馬場伸幸さんに頭を下げ、自公が維新案を丸吞みする形で決着しましたが、これも政府と自民党のパイプ役である木原誠二さんのチョンボだと言っていい。
2023年の伊勢神宮参拝後に岸田さんが唐突にぶち上げた「異次元の少子化対策」も木原誠二さんの入れ知恵のようですが、これも増税への布石でしょう。
財務省は常に増税を政権課題にしたいみたいですね。
■財務省が裏から内閣と自民党を操っている
【田村】岸田さんは9月13日の内閣改造で木原さんを官房副長官のポストから外しましたが、自民党は22日の党役員人事で幹事長代理兼政調会長特別補佐としました。岸田さんはやはり木原さんを頼りにしているのでしょう。木原さんは党長老の実力者、二階俊博さんの受けもよいですから。
ポスト岸田の候補と目される茂木敏充幹事長や萩生田光一政調会長の監視役もこなせる器用さもありそうです。
でも、問題は、財務省が気脈を通じている木原さんを介して、岸田内閣と与党を増税に導くことです。
政府の要職者のスキャンダルはまずい。しかし、党の黒子役なら世論の風当たりは弱くなりますから、財務省としても使い勝手がよくなるのです。
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産経新聞特別記者・編集委員兼論説委員
昭和21(1946)年、高知県生まれ。昭和45(1970)年、早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、日本経済新聞社に入社。ワシントン特派員、経済部次長・編集委員、米アジア財団(サンフランシスコ)上級フェロー、香港支局長、東京本社編集委員、日本経済研究センター欧米研究会座長(兼任)を経て、平成18(2006)年、産経新聞社に移籍、現在に至る。主な著書に『日経新聞の真実』(光文社新書)、『人民元・ドル・円』(岩波新書)、『経済で読む「日・米・中」関係』(扶桑社新書)、『日本再興』(ワニブックス)、『アベノミクスを殺す消費増税』(飛鳥新社)、『日本経済は誰のものなのか?』(共著・扶桑社)、『経済と安全保障』(共著・育鵬社)、『「経済成長」とは何か』『日本経済は再生できるか』(ワニブックスPLUS新書)がある。
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ジャーナリスト、千葉工業大学特別教授
1966年、福岡県生まれ。1990年、京都大学農学部卒業後、産経新聞社に入社。奈良支局、京都総局、大阪社会部を経て、平成14年、政治部に異動。拉致問題、郵政解散をはじめ小泉政権から麻生政権まで政局の最前線で取材。政治部次長を経て、編集局次長兼政治部長などを歴任。2019年、同社を退社、現在に至る。著書に『安倍「一強」の秘密』『安倍晋三秘録』(ともに飛鳥新社)がある。
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(産経新聞特別記者・編集委員兼論説委員 田村 秀男、ジャーナリスト、千葉工業大学特別教授 石橋 文登)
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