『北斗の拳』サウザーが問いかける「強さ」とは? 愛深きゆえに愛を捨てた漢の結末
マグミクス / 2023年11月20日 6時30分
■一度はケンシロウを倒した男、サウザー
南斗六聖拳の拳士の中でも特にケンシロウを苦しめた相手といえば、シンと並んでサウザーの名前が挙げられるでしょう。南斗六星の帝王の星「将星」を司る南斗鳳凰拳の伝承者であり、一度はケンシロウを打ち倒すほどの強さの持ち主でした。そのエピソードでは、『北斗の拳』における強さの定義を改めて問う物語が展開されたといえるでしょう。
直前まで描かれていたのはレイの最期のエピソードで、そのレイは愛する者のために一度は道を踏み外し、苦しみ、一方で力を得て、その生命を燃やし尽くしました。少年マンガの正道としては「愛は強い」と謳(うた)い上げたいところでしょうが、レイやシン、ユダを通し、人は愛ゆえに哀しみ、苦しみ、道を見誤りすらするといった側面もまた描かれてきたのです。
その流れから次に浮かび上がるのは、「では、愛を捨てれば強くなれるのか」という問いかけではないでしょうか。これに回答を示したのがサウザーというわけです。
愛を捨てたからには、相応に強くないと説得力は得られません。その点サウザーは作中において、実に強者として描かれていました。拳王ことラオウですら戦いを躊躇する、という前フリも、その少し前に一度ケンシロウはラオウと死闘を演じていますので効果的です。
最初にケンシロウと対峙した際のサウザーの振る舞いも堂々としたもので、「わが拳にあるのはただ制圧前進のみ!!」と言い放ち、その踏み込みの早さと拳の鋭さでケンシロウを圧倒します。そうした拳の実力もさることながら、それまでほとんど無敵だった北斗神拳が通用しないというのは、物語世界のいわゆるお約束が崩れた瞬間であり、読む側には大きな衝撃だったはずです。「おれの体は生まれついての帝王の体!」と豪語するサウザーに、もはや絶望するしかありません。ケンシロウ、まさかの敗北でした。
なおこの最初の対峙におけるケンシロウの敗北により、「北斗と南斗は互角」であることが改めて提示されたといってもよいでしょう。レイとラオウの対決があっさり決着しすぎたことについてのフォロー、という意味合いもあるのかもしれません。
さておき、愛を捨てた強さを提示するからには、やはり絶対悪でないといけません。繰り返しますが、少年マンガの正道としては愛の強さを謳いたいところですから、愛を捨てた強者が正義であってはならないのです。その点においてもサウザーは、申し分ないほどの極悪非道ぶりを見せつけてくれました。
『北斗』屈指の善人シュウ。かつてその視力と引き換えにケンシロウの命を救った
自ら「愛と情の墓」と語る聖帝十字陵を建設するための労働力として、子どもを無理やりかり集めて酷使するだけでも十分に非道ながら、『北斗の拳』全編を通しても指折りの善人たる南斗白鷺(はくろ)拳のシュウに対する仕打ちは、まさに鬼畜の所業です。
サウザーに敗れ囚われたケンシロウは、シュウの息子、シバの自己犠牲により難を逃れ、そして密かに逃がされます。その一方でシュウは、人質を救うためサウザーに戦いを挑んだものの、その人質をタテに取られて拳を交えぬままに敗れ、聖帝十字陵の聖碑(頂上の巨大な石)を積むという苦行を強いられました。足の筋を切られつつも頂上まで石を運び上げたシュウの胸をサウザーの投げた槍が貫き、そしてシュウはケンシロウの眼前で壮絶な最期を迎えます。
この一連の非道な仕打ちは第90話「悲しき仁星!の巻」から第93話「非情の奇跡!の巻」に渡って丁寧にじっくりと描かれており、つまり連載当時は約1か月にわたり、読者は「サウザー許すまじ」の念を募らせ続けたわけです。かくてサウザーは、『北斗の拳』随一の悪役というポジションを獲得した、といえるでしょう。
■随一のヒールがカリスマとなったワケ
サウザーは師であり養父であるオウガイをその手にかけさせられ、耐え難い悲しみと苦しみを経験する
聖帝十字陵の頂上でシュウの死を目の当たりにしたケンシロウは、拳王とトキが見守る中、サウザーへ戦いを挑みます。余裕たっぷりに十字陵を上るサウザーは、ここでシュウを慕う子どもの不意打ちを受け、ナイフを足に突き立てられてしまいました。次の瞬間にも子どもは殺される……誰もがそう思ったはずですが、サウザーは冷静にナイフを引き抜くと、「シュウへの思いがこんなガキさえ狂わす!!」「愛ゆえに人は苦しまなければならぬ!!」「愛ゆえに人は苦しまなければならぬ!!」と叫んだのです。それはサウザー自身が愛ゆえに苦しみ抜いた経験を持つことを示した、告白でもありました。
故に、サウザーは愛を捨てたというわけですが、しかし人はそうそう親愛の情を捨てられるものなのでしょうか。言い換えれば「人はそこまで非情になれるのか」、となります。
サウザーは幼いころに南斗鳳凰拳の先代伝承者 オウガイに拾われ、厳しい修行の中でも愛情を注がれながら成長を遂げていきました。しかし伝承者に与えられる試練の際に、オウガイをその手で殺害してしまい、あまりの悲しみと苦しみから、愛を捨てた過去を持っていたのでした。
ここまでのサウザーの、非道非情な所業だけを見れば、一般常識に比してとても共感できるキャラクターとはいえないでしょう。しかしそこへ、大多数が共感できるであろう「親子の親愛の深さ」を背景に持ち込むことで、その心情を実にわかりやすいものへと転化し、そして読者の、共感とまではいえないまでも理解を得ることには成功している、といえるのではないでしょうか。愛憎は紙一重、と昔の人は言ったもので、そしてそれはある意味、人間のことわりでもあるからです。
サウザーといえばこのセリフ「退かぬ!! 媚びぬ 顧みぬ!!」
熾烈を極めた戦いの中、ケンシロウはついにサウザーの体の秘密を解き明かします。サウザーは心臓が右にあり、秘孔の位置も表裏逆だったのです。謎が解き明かされた以上、あとは拳の力で雌雄を決するのみ。互いに奥義を尽くした死闘の末、脚を封じられたサウザーは「退かぬ!! 媚びぬ 顧みぬ!! 帝王に逃走は無いのだーー!!」と叫び、最後の一撃を繰り出します。
死力を尽くすサウザーに対しケンシロウが放ったのは「北斗有情猛翔破」、痛みを感じることなく息絶える慈悲の拳でした。シンやレイ、シュウたちの死を飲み込んできたケンシロウは、敵であるサウザーの心すらも救おうとするほどの人間的成長を遂げていた、といえるでしょう。一方で、サウザーはこの有情の拳で倒されるべきである別の理由もあるのではないでしょうか。
というのも、サウザーはこれまで述べてきたように「絶対悪」であり、絶対悪は必ず敗北しなくてはならず、そして最大の敗北とは人生の全否定であろうからです。情を否定したサウザーが、ケンシロウの有情拳で倒され、そして有情拳による敗北を受け入れるというのは、非情に徹した自身の生き方を自ら全否定することにほかならないでしょう。
敗北を認めたサウザーは、十字陵に収められたオウガイの遺体にぬくもりを求め、最期を迎えました。愛と情を取り戻したので、その墓たる聖帝十字陵も崩壊します。こうしてサウザーの物語は幕となりました。
愛を取り戻したサウザーは、少年のような表情に
このエピソードを通してサウザーは、「愛を捨てること=非情であることの限界」や、「人は愛を捨てきれないこと」を示したといえるでしょう。一方、ケンシロウは戦闘のさなかに「おれは愛のために闘おう!!」と述べ、そして勝利しました。そこに示唆されているのは、やはり「愛は強い」ということではないでしょうか。
では、愛を捨てない(=背負う)ことで、人は本当に強くなれるのでしょうか。それはのちのフドウのエピソードで示唆され、そしてラオウとの決戦まで深く追求されていくことになります。
* * *
2023年11月20日(月)、『北斗の拳』40周年を記念しコアミックスより刊行が開始されたコミックス『新装版』の、第7巻と第8巻が発売されました。毎月20日に2冊ずつ発売される予定で、各巻の収録話は10年前に刊行された「究極版」と同じです。
またコアミックスのマンガ配信サイト「WEBゼノン編集部」の『金曜ドラマ 北斗の拳』にて、その刊行にあわせ、ケンシロウvsサウザー戦のハイライトである第95話「愛の墓標!の巻」と第96話「天砕く拳!の巻」を、2023年11月20日(月)0時から同年12月3日(日)23時59分までの期間、無料で公開しています。
(C)武論尊・原哲夫/コアミックス 1983
(早川清一朗)
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