やんちゃで優しく、いつでも楽しそうに人生を駆け抜けている“生きることの達人”。俳優の哀川翔さんには、「アニキ!」とつい呼びたくなる親近感と、年齢を超えた格好よさがあります。最新作である映画『一月の声に歓びを刻め』のこと、趣味の域を超えたカブトムシの飼育について、理想の老後について……、いろいろとお話を聞きました。

掲載:2024年3月号

哀川翔さん
あいかわ・しょう●1961年生まれ、徳島県徳島市出身。1984年に「一世風靡セピア」の一員としてデビュー。1988年のテレビドラマ『とんぼ』、翌年の映画『オルゴール』で俳優として一気に注目される。以後『勝手にしやがれ‼』『修羅がゆく』など、シリーズ作多数。95年の『BAD GUY BEACH』では、あいかわ翔名義で監督に挑戦、07、08年は舞台『座頭市』で座長を務めた。最近の主な出演作にNHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』、映画『老後の資金がありません!』『春に散る』などがある。

娘を信じたいし、幸せになってもらいたい父親役

 「作品の題材が、娘を持つ父親としては感慨深いところで。もし、自分がそうであったら?なんて考えながらトライしましたよね」

 俳優の哀川翔さんは、映画『一月の声に歓びを刻め』の撮影をそんなふうに振り返った。性暴力の被害で娘を亡くして男としての自分を捨てた父親、幼少期のトラウマから誰とも触れ合えずにいた女性ら、3つの物語が織りなす人間ドラマ。翔さんが演じたのは、牛飼いの誠だった。妻を交通事故で亡くしてから一人暮らしをする八丈島に、疎遠だった娘が大きなおなかを抱えて戻ってくる。結婚したのか? 妊娠!?

 事情がわからず、でも娘に直接は聞きにくい。そこへ相手の男が島へ来ることに。誠は、鉄パイプを手に港へ向かう……。

 自身も3人の息子に加えて2人の娘を持つ父親である翔さんは、「俺もそっち方向だなと思いましたね」と言うので、「〝鉄パイプ〞方向ですか!?」などとつい口走ってしまう。

 「うん、心情としては鉄パイプをざらざら引きずって港に行くと(笑)。やっぱり心配だし、それは娘を思う親としての気持ちがあるからで、そうでなければそんな感情も湧かないだろうし。でも大人なのでそんな自分を俯瞰で見て、よき父親としての行為じゃないなと気づくというかさ。娘を信じたいし、幸せになってもらいたい。そこで葛藤するんだね」

 誠はどこかぶっきらぼうな男で、そうした思いを言葉にはしない。翔さんはそのたたずまいや、ふとした表情で自然に繊細に表現する。

 「どんなセリフより一気に思いが伝わる、あれは監督の力です。俺はどっちかというと(鉄パイプを)握ったら、ごん!とやっちゃう役が多いわけだけど(笑)。非現実的な人物が、ありえないけどやったら面白いかも!というのを演じるほうがスムーズでね。誠自身は真っすぐな男ですが、娘への思いに微妙なオブラートをかけていて。娘を思いやる気持ちをなかなか言い出せない。普通の人ほど何を考えているかわからないし、そういう距離感を表現するのって難しいです」

 誠には、龍という弟分のような存在がいる。演じる原田龍二さんと翔さんはかつて多くの作品で共演し、プライベートで釣りに行ったりする仲。鉄パイプを手に仁王立ちする翔さんと原田さんが対になったとき、そこに生まれるバディ感はまさに本物!

 「ちょくちょく会うけど、お芝居をするのは十何年かぶりで。原田も、芝居が変わってきたなって。いい感じじゃない? ものすごく一生懸命にトライしていたしね。それで誠にとって龍というのは島で唯一、付き合いがある人間なのかも。妻を亡くし、自分が娘を育てなきゃいけない環境に置かれた誠はある種、孤立をしただろうね。そんななか何かあると駆け付ける、仲間でいてくれる龍という存在は大きい。人と人とのつながりって大切だなと」

 八丈島ではつらいことがあると太鼓を叩く、という風習が。劇中、誠も太鼓を叩くシーンがある。

 「〝八丈島太鼓〞を見たことがあるんだけど、最初はあんなスゴイものを求められたらどうしよう?と。和太鼓に関しては、一世風靡セピアのときに叩いたりしたけど(笑)。でもそうではなく、どん!どん!と一つひとつの響きにつらい思いを吹き込む、そんな太鼓だったからよかったけど」

 ロケ地の移動もそのまま撮影の時間に使われるほど、無駄のないスケジュールだったそう。だからこそなのか、その場にいた人たちの、いいものをつくりたい!という思いが凝縮されたよう。映画は息を飲む緊張感と迫力が、観る者の心をがっちりとつかむ。

 「監督は撮りたい画が決まっている。だから演じるほうも、『よしっ、この画を撮る!』という気持ちになれて。スムーズだったし、1回でOKが出ることもたくさんあったよ」

 そうして映画は完成する。翔さん自身は、何を感じたのだろう?

 「あれだけの世界観がある作品の中で、自分のところはわかりやすくてホッとするのかなと。そういうのも大事でしょ。それでいて撮影しながら、〝旅立ち〞というテーマがあるのかもしれないなと。娘の旅立ちと、娘が離れていくことに対する誠の旅立ち。いろいろなことがあるけど、旅立ちにつながると感じられたら明日の希望が見える。一歩を踏み出すきっかけになるかもしれない、そんなことを思ったんだよね」

哀川翔さん

「俺の人生に老後は起きない」!?

 じつは翔さん、ロケ地の八丈島には釣りでよく訪れるそう。

 「撮影はまだ寒い時季で、風が強くて、あんなに寒いのは初めてだったかも。でも海があって山があって、八丈島のいいところがたくさん映っているよね。今回は撮影の合間に、大自然を楽しむ時間はなかったけど」

 映画は冒頭、カルーセル麻紀さん演じるマキが北海道・洞爺湖のすてきな一軒家に一人、ていねいな暮らしをするシーンから始まる。義理の息子が言うように、それは「理想的な老後」にも思える。マキは過去の記憶から心に地獄を抱えたままではあるけれど。

 そこから翔さんに、自身にとっての理想の老後を聞こうと考えた。けれどキラキラと純粋に輝く瞳を真っすぐに向けられると、そんな話題は失礼に思える。そのままを伝えると、「いやいや、考えてもいい年齢だよね。でも、そういうときは起きない気がするんだよ」と言うので、俺の人生に老後なんてないってこと!? さすが!と早合点すると、「いやいや、寝ていて起きないってこと!」と言うから思わず笑ってしまう。仕事をして、いろんな趣味を楽しんで。なんの予兆もなく、〝あいつ起きなかったな……〞という最期を迎える。それが理想だと。やはり、さすが翔さん。

「60歳を過ぎて、がんがん仕事をする必要もないと遊んでばっかりで。でもその人生を、俺がいちばん喜んでるんだよね」

 カブトムシの飼育、ラリードライバーに釣りと多趣味で知られるが、「趣味はあくまでも趣味、一生懸命しないのがいい」とも。

 「世界のカブトムシを飼うとなると温度調節から大変だけど、日本のカブトムシならキッチリと世話する必要があるのは夏場だけ。でも昨夏は全然ダメだった、暑過ぎて。ギネス級に大きいものを羽化させようとすると、温暖化だとやっぱり難しいのかな……? 宮崎からクヌギの葉っぱをわざわざ取り寄せ、粉々にして腐葉土にしたりおがくずを改良したり、いろいろやってるんだけど」

 2015年には、当時の日本記録を0.7ミリ更新する88ミリの巨大カブトムシの羽化に成功。それで現在、カブトムシを養殖する工場の一角を借り、管理などをしてもらいながら5000匹(!)ほどを飼育している。これはもう完全に、趣味の範囲を逸脱している。

 「そんなことないよ。目指せ90ミリ!と追求してはいるけど」

 夢中で追求するが、極めようとは思わない。翔さんにとって、役者の仕事もそうした面があるそう。

 「売れ過ぎるというのか、行くところまで行ってしまうと、今度は〝落ちた〞と思われちゃう。もともとときどきしか出なければ、別にそれで、あいつまだ生きてるんだ!って思われるだけ(笑)。それぐらいがちょうどいいよ。そこも計算しているわけではなく、来た仕事をやっているだけ。この映画の撮影をしていた時期は、朝ドラ『舞いあがれ!』をやりながら映画『春に散る』をやって。結構大変だったけど」

 特に子どもが幼いころ、若いときは遊ぶために仕事をしていたようなものだったそう。ロケが午前中に終わると大喜びで家に帰り、「遊びに行くぞ!」と多摩川に行ったり、三浦のほうの防波堤で釣りをしたり、潮が引いたら貝を獲ったりして遊んだ。それはさかのぼって、自身の幼少期の記憶とも重なるらしい。翔さんが5歳のとき、訓練中に殉職した海上自衛隊のパイロットだった父親との記憶。

 「釣りに連れていってもらったし、カブトムシを持ってきてくれた。その記憶がなかったら、たぶんいま釣りもカブトムシもやっていないと思う」

 小学生になっても、外で遊んでばっかりの子どもだった。

 「5つ下の弟と友達と、子どもだけで電車に乗って海に行ったりした。いまじゃ考えられないよね。電車賃が片道10円で。20円ずつ持って行くんだけど、俺たちが泳ぐあいだに、弟がジュースを買っちゃうんだよ10円の。するともうお金がなくなって、電車に乗れないわけ。だから線路の上をず〜っと歩いて帰った。『スタンド・バイ・ミー』みたいだよね。がたんがたん……と音がして、やべえ電車来た! 隠れろ!って」

 大人になったいまも、やんちゃな子ども時代、その延長線上をそのまま楽しそうに歩んでいるように見える翔さん。するといつかは自然をより身近に感じる生活に憧れたりしないのだろうか。

 「いまも鹿児島に田舎があるし、北海道にかみさんの実家がある。ラリーで帯広に行ったり、俺たちの職業は撮影であっちに行ったりこっちに行ったりするから、あえて田舎に住む必要もなくて。都内でも繁華街でなければ田舎みたいなものだしね」

 特に理想像のようなものはない。昔からずっとない。これからも翔さんは、翔さんのまま。話があれば役者の仕事をして、ばっちり遊んで。自由業なのだから、先のことがわからないのは当たり前だけれど。

 「不安はないんだよね……、昔からない。仕事がなくなったときが終わりのときで。でもそんなことを思っていると、また新たに仕事をいただいたり、急に忙しくなったりする。なんか不思議だよね。役者って、生きているあいだは可能性のある仕事だから。あとは楽しく生きてりゃいいかな、ってところはあるのかもしれないね」

映画『一月の声に歓びを刻め』(©bouquet garni films) 映画『一月の声に歓びを刻め』(©bouquet garni films) 映画『一月の声に歓びを刻め』(©bouquet garni films)

『一月の声に歓びを刻め』(配給:東京テアトル)
●脚本・監督:三島有紀子 ●出演:前田敦子、カルーセル麻紀、哀川翔、坂東龍汰、片岡礼子、宇野祥平、原田龍二、松本妃代、長田詩音、とよた真帆 ほか ●テアトル新宿ほか全国公開中

北海道・洞爺湖。一人暮らしをするマキ(カルーセル麻紀)のもとを長女・美砂子(片岡礼子)の家族が訪れ、マキお手製のお節料理を囲む。マキは47年前に次女を亡くし、海の底のような孤独を生きていた。東京・八丈島。牛飼いの誠(哀川翔)の娘、海(松本妃代)が妊婦姿で5年ぶりに帰省する。誠と海には、交通事故に遭った母親の延命治療を止める決断をした過去が。大阪・堂島。元恋人の葬儀を終えたれいこ(前田敦子)は、「レンタル彼氏」を生業にする男(坂東龍汰)と出会う。れいこは6歳で性暴力の被害を受けた傷を抱えていた……。
©bouquet garni films
https://ichikoe.com/

文/浅見祥子 写真/菅原孝司(東京グラフィックデザイナーズ) 
ヘアメイク/小林真之 衣装協力/Twins & Co.