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丹生都比売神社と天野の里

かつらぎ公園和歌山

ホツマツタヱとの出会い

先月(2018年5月)の末から
「日本の言靈を味わうクラス」という
講座に参加させてもらっています。

クラスでは、
『ホツマツタヱ』という
古文書(神話・歴史書)をひもといて

実際に声に出して、動いて、
神話のシーンを造形してみよう
という試みをしていました。

NAVI彦の発声練習の様子

どこか演劇的な講座でもあり
劇団を主宰していたぼくとしては
とても興味がありました。

日本神話については
ほとんど知識もありませんでしたが

天照大神が男だったという話や

モチコ・ハヤコという妃がオロチになった
という話にはとても驚きました。

ワカヒメ

和歌山県の
丹生都比売(にうつひめ)神社には

丹生都比売大神(にうつひめ)
が祀られているといいます。

『ホツマツタヱ』によれば、このかたは
天照大神(あまてらすおおんかみ)のお姉さん
にあたるそうです。

またの名を
『ワカヒメ』といいまして

歌の名人でもあり
和歌の開祖(由来)となったかた
のようですね。

かつらぎ公園

この神さまは、
日本最古の歴史書である
古事記や日本書記には
登場しない女神さまなのですが

神社としてはこうして残っている
という不思議なことが起きています。

そこで、クラスの皆さんと
丹生都比売さまとゆかりの地をめぐるツアーに
ご一緒させていただきました。

天野の里

かつらぎ町の天野の里の風景

高野山(こうやさん)
北西に位置する盆地・

天野(あまの)の里
丹生都比売(にうつひめ)神社はあります。

もともとは高野山も
丹生都比売神社の土地だったそうです。

弘法大師(こうぼうだいし)・
空海(くうかい)さまは

丹生都比売神社の土地を譲り受けて
真言宗(しんごんしゅう)
開いたといいます。

伝承によれば、そこにもまた
ドラマがあったようです。

狩場明神

空海さまが
真言宗の聖地となる場所を
探していたときのこと

黒と白の2匹の犬を連れた
猟師に逢ったといいます。

猟師は
狩場明神(かりばみょうじん)
という神さまで

またの名を
高野明神(こうやみょうじん)
という高野山の神さまであり

丹生都比売の息子だというのです。

狩場明神の説明文

空海さまは、
狩場明神の導きによって
丹生都比売さまと出会った
そうなのです。

空海と丹生都比売の
運命的な出会いの日というのが
旧暦の5月3日といわれていて

2018年6月16日、つまり
今日ということなのでした。

三沢明神

丹生都比売神社の周辺には
たくさんの聖蹟があります。

なかでも、

  • 奥之沢(おくのさわ)明神
  • 中之沢(なかのさわ)明神
  • 柳沢(やなぎさわ)明神

は、あわせて
三沢明神(さんさわみょうじん)
ともいわれるようです。

柳沢明神の樹々

とくに、柳沢明神は
空海と丹生都比売が出会った地といわれ
神秘的な雰囲気がただよっていました。

ほかにも、
空海と狩場明神が出会った地として
「一の滝不動」などがあるようです。 

二ツ鳥居

山道をのぼってゆくと
空海が山中に建てたという
「二ツ鳥居」がありました。

2つの鳥居がならぶという
とても珍しい光景がみられます。

この鳥居も、
旧暦の5月3日に
建てられたようですね。

二ツ鳥居
二ツ鳥居の説明文

梅雨にも関わらず
雲一つない快晴に恵まれて

心地良い陽光のもと
楽しくめぐることができました。

丹生大明神告門

今回の聖地めぐりは
ホツマツタヱにくわえてもうひとつ

丹生都比売を祀る祝詞
『丹生大明神告門(にうだいみょうじんのっと)』
に出てくる聖地をめぐることも
目的としていました。

・丹生酒殿(にうさかどの)神社の
 七尋瀧(ななひろのたき)
・中ノ沢明神
・小都知ノ峯(おづちのみね)
・奥之沢明神


などをめぐりながら
丹生大明神告門の祝詞を
奏上したりしました。

どこもとても荘厳で、
美しく、穏やかながら、
聖霊に満ちたような場所でした。

小都知ノ峯

小都知ノ峯(おづちのみね)
山道をわけ入った頂上にあります。

ツアー参加者の8名で
奏上する丹生大明神告門は

ここで奏上するために
この地の神さまに呼ばれたのでは?
と思えるような体験でした。

小都知ノ峯の案内看板

丹生都比売神社

夕刻、閉門前に里に下りてきて
丹生都比売神社の本殿にも
ぎりぎり参拝をすることができました。

「丹(に)」という名前のように
「丹色(朱色)」で彩られた

輪橋(りんきょう)や鳥居や本殿は
世界遺産というのもうなずけるほど
美しいものでした。

丹砂と水銀

丹(に)とは、
水銀の原料といわれる

辰砂(しんしゃ・丹砂・朱砂)
のことであるらしく

丹生とは、
丹の産地のことだといいます。

水銀といえば、かつては
不老不死の妙薬ともいわれ

秦の始皇帝が飲んでいた
ともいわれるようです。

お墓まで、
水銀の池で囲ませていた
ともいうようですね。

錬金術(れんきんじゅつ)の
賢者の石(けんじゃのいし)も
水銀だという説があります。

八百比丘尼と鏡池

そんないわくのある
水銀の産地・丹生の地に

800年生きたという
八百比丘尼(やおびくに)
の伝承もあるようです。

丹生都比売神社の
輪橋(りんきょう)がかかる
鏡池(かがみいけ)

八百比丘尼が鏡を投げいれた
といわれるようですね。

不老不死、水銀、鏡……
象徴的でとても興味深いです。
 

空海と水銀

さらにいうと、
水銀の精製技術を
中国から持ち帰ったのも

弘法大師(こうぼうだいし)・
空海(くうかい)


なのだそうです。

いろいろと繋がっていて
とてもおもしろいです。

まとめ

ともあれ、ここは
そうした不思議なものが宿る
とても素敵な場所なのでした。

ツアーに参加させていただき
楽しい旅路となりました!

参照

ワカヒメ・丹生都比売神社については
こちらの動画をご覧ください。


空海については、こちらの記事を
参照いただけたらと思います。

『紀伊国の高野山めぐり⑧ ~空海~』
真言宗(しんごんしゅう)をひらいて 密教(みっきょう)をひろめたのが平安時代初期の僧・空海(くうかい)です。和歌山の高野山(こうやさん)でで知られていますが、…

NAVI彦誕生?

小都知ノ峯をめざして
道なき山道へと踏み入れたとき

山歩きに親しんでいるぼくは
新参者ながら案内役をかってでました。

「ぼくはサルタヒコなので」
と、日本神話に登場する
道案内の神さまの名まえを
冗談まじりにつぶやいたのですが

おもえばこれが、
「NAVI彦」という名前の
はじまり、さきがけ、だった
のかもしれません。

丹生都比売神社と吉野の里 ~終~


コメント

  1. はな より:

    こんにちは!アメブロから移動中との事で訪問させていただきました。以前から動画で楽しく拝見させていただいていました。今日はNAVI彦さんの名前の誕生まで知ることが出来て
    面白かったです。
    白と黒の犬が出てきた夢を7月に見ていたのですが、その際、布袋さんが私とその犬たちの頭を優しく撫でてくれたんですよね~。
    今日の内容に黒と白の犬が出てきたことで思い出しました。
    ワカ姫様の息子さんが布袋さんだという可能性は…なんて
    思いつつ(笑)
    ありがとうございます。またホツマツタヱ動画も観て
    楽しく勉強させていただきますね♪
    こちらも見やすくていいブログですね!

    • NAVI彦 より:

      はなさん

      いつもありがとうございます!
      公式ブログへの初コメントです!とても嬉しいです!

      白と黒の犬と、布袋さんですか、
      とても意味深な夢ですね。

      ワカヒメさまもたくさんの神徳をもっていますし
      その息子さんたちも大活躍していますので

      布袋さんのなかに、なにかが影響して
      習合しているということもなくはないかと思います。

      布袋さんに撫でていただけたら
      どこか安泰な気がして、心も和みますね。

      ブログも動画もがんばります!
      ありがとうございます!

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