アシアナ機事故、背景に韓国文化?

2013.07.10
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サンフランシスコ国際空港に横たわるアシアナ航空214便。炎上の跡が生々しく残る。

Photograph by Marcio Jose Sanchez, AP Photo
 アメリカのサンフランシスコ国際空港(SFO)で7月6日(現地時間)、アシアナ航空214便(ボーイング777型機)が着陸に失敗し炎上した。この事故によって、乗客乗員307人のうち2人が死亡し、180人以上が重軽傷を負った。 事故当時の天候は良好であり、アシアナ航空の社長兼CEOの尹永斗(ユン・ヨンドゥ)氏は、事故機にエンジンなどの機械的な異常はなかったと述べた。このため、事故の原因が人為的ミスにあったかどうかが調査の焦点となっている。

 今回の事故には、アシアナ航空が拠点を置く韓国の文化が関係しているのではないかとする見方もある。こうした議論の中で引用されているのが、2008年にベストセラーとなったマルコム・グラッドウェル氏の『Outliers: The Story of Success』(邦題:『天才! 成功する人々の法則』)だ。同書では1章を割いて、大韓航空の1980~90年代の状況を取り上げている。同社は韓国最大の航空会社だが、当時は死傷者を出す墜落事故を複数起こすなど、安全性に問題があった。

 グラッドウェル氏のコメントは得られなかったが、2008年11月の「Fortune」誌のインタビューでは、グラッドウェル氏は当時の大韓航空の問題を、序列を重んじる韓国文化の“遺産”であったと語っている。現代の航空機は、クルーがチームとして対等に共同作業を行い、機長のミスを気兼ねなく指摘できる関係であることを前提に設計されているため、そこに序列意識を持ち込むのは危険なのだという。

 グラッドウェル氏は、1997年に起きた大韓航空801便墜落事故の原因もここにあったと考えている。事故機はグアム国際空港への着陸に失敗して手前の丘に墜落、乗客乗員223人が死亡している。悪天候や計器着陸装置の運用停止などのさまざまな不運が重なったことに加え、機長の判断ミスに副操縦士が異論を挟めなかったことが決定打となったとグラッドウェル氏は書いている。

 1990年のアビアンカ航空52便墜落事故も、やはり文化的背景に起因する人為的ミスによるものとグラッドウェル氏は見ている。アビアンカ航空はコロンビアの航空会社で、事故機はジョン・F・ケネディ国際空港への着陸を待機して旋回中に燃料切れを起こして墜落、乗客乗員73人が死亡した。

 グラッドウェル氏によると、事故機のクルーは待機の指示を出した管制塔に対して、緊急性を明確に主張できていなかったという。その原因としてグラッドウェル氏は、コロンビアでも韓国と同様に、権威に対して疑念を挟むことを良しとしない文化的規範があると指摘する。

 アメリカの国家運輸安全委員会(NTSB)は、事故の背景に文化的要素があるかについてはコメントしなかった。NTSBへの取材からは、アシアナ航空の広報担当者もやはりコメントを避けていることがうかがえる。

◆韓国の航空会社は安全性向上に努めてきた

 パイロットのパトリック・スミス(Patrick Smith)氏は、オンラインの日刊誌「Slate」に寄稿して、今回の事故が「2013年時点での韓国の航空安全文化に関係しているとする見方には、自分は懐疑的である」と書いている。

 スミス氏は、かつて韓国では航空の安全性に問題があったことを認めつつも、今日では、民間航空の体制は、高額の資金を投じて抜本的に見直されていると指摘する。

 グラッドウェル氏も、この刷新によって、コックピットのクルーが危険性を感じたら何でも口にできるような意識改革が行われたほか、英語力の試験も実施されるようになったと書いている。

 こうした努力が実を結んで、韓国は2008年の国際民間航空機関(ICAO)の評定で、世界最高水準の安全性を認められたとスミス氏は書いている。

◆習熟訓練中だった副操縦士

 アシアナ航空214便の墜落事故について、NTSBの広報担当者は取材に対し、現在は調査が始まったばかりで、原因について結論を出せる段階ではないと語った。

 その一方で、NTSBはフライトデータおよびコックピットの音声記録から現時点で明らかになったことをメディアに公表している。それによると、事故機は着陸時の目標速度である時速約253キロを大幅に下回った状態だった。また、自動操縦装置は高度約488メートルの時点で解除されていた。

 NTSBの発表によると、クルーは事故の7秒前に速度上昇を試みていた。事故の4秒前に警報が作動し、1.5秒前には着陸をやり直そうとしたが、手遅れだった。

 事故機は滑走路手前の護岸にぶつかったと見られている。機体は滑走路をこすり、周囲に破片が散乱した。

 事故当時に操縦桿を握っていた副操縦士はボーイング777型機の操縦に慣れるための習熟訓練中であった、とアシアナ航空が発表すると、メディアの報道はその点に集中した。報道によると、この副操縦士の総飛行時間は1万時間近いが、ボーイング777型機の操縦桿を握った経験はわずか43時間であったという。

 ICAOの広報担当者は取材に対し、乗客を乗せた通常運行の路線で訓練を行うのは民間では一般的だと答えた。「この訓練方法は世界中の航空会社で採用されている」。

 また、SFOは滑走路同士の間隔が近く、交通量も多いために着陸が難しいと問題視する報道もあるが、スミス氏はこれにも異を唱える。パイロットが訓練を重ねるのは、そうした条件に対応するためなのだから、というのがスミス氏の主張だ。

 報道によると今回の副操縦士は、ほかの機体では無事に同空港に着陸した経験があるという。その中には、ボーイング777型機より大型の747型機も含まれている。

 ICAOの広報担当者は、214便のコックピットの中で文化的圧力がはたらいていたかどうかは一切コメントできないとし、問題の副操縦士はこれまで長期にわたって安全にフライトを行っていると指摘した。韓国当局はAP通信の取材に対し、教官役の機長は総飛行時間が1万2390時間、ボーイング777型機による飛行時間だけでも3220時間になると答えている。

 NTSBは今回の着陸失敗とその後の炎上について、引き続き調査を行うとしている。文化的問題の検討を視野に入れているかどうかは公表されていない。

 グラッドウェル氏の著書によると、実は経験の浅いパイロットが操縦桿を握り、ベテランが監督している場合のほうが事故は起こりにくいのだという。役割が逆の場合、何か問題が起きても若手には指摘しづらいためだ。

Photograph by Marcio Jose Sanchez, AP Photo

文=Brian Clark Howard

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