監修者が解説、特別展ミイラはここがすごい

 ミイラを科学的に調査するのも困難だった。そもそもサンプル数が少ないうえ、軟部組織を破壊せずに骨格を分析することが難しかったからだ。そのため、ミイラを好んで研究対象とする自然人類学者はかなり希少な存在であった。

 20世紀後半になってから、非破壊で内部構造が確認できるCT撮影、ミイラの生きていた年代を測定する放射性炭素年代測定法、ミイラ本人の帰属集団が推定できるDNA分析、などの新しい科学技術が開発されたおかげで、ミイラは科学研究の対象として注目を浴びるようになってきている。

 特に、博物館などに収蔵された基礎情報がないミイラを最新の手法で分析することで、ミイラの学術的価値を取りもどす、というプロジェクトが世界各地の研究機関で行われ、様々な発見が報告されている。今回の特別展「ミイラ 『永遠の命』を求めて」も、ドイツのライス・エンゲルホルン博物館やレーマー・ペリツェウス博物館など複数の機関による「ドイツ・ミイラ・プロジェクト」の研究結果を土台にしている。

 今回の特別展では、40体近くのミイラを展示し、それらの科学的分析の結果とその背景にある死生観などを紹介している。その中でも、幾つかのミイラをここで紹介したい。

6体のミイラ包み ペルー
6体のミイラ包み ペルー
ペルー北東部のチャチャポヤス地方で発見されたミイラは、インカ帝国の文化を知る貴重な資料となっている。
先コロンブス期、チャチャポヤ=インカ文化、ペルー文化省・レイメバンバ博物館所蔵、(c)義井豊

 まず、南米ペルー北部のチャチャポヤス地方で発見されたチャチャポヤ文化のミイラ6体である。この地方では、インカ帝国がこの地方を征服する以前から先祖の遺骨を布で包み、崖の岩棚に安置する風習があった。インカ帝国がこの地域を支配すると、遺体がミイラとして安置されるようになった。これらのミイラは、頭髪を切り取られ、鼻孔や口に綿を詰めて、手足を強く折り曲げた状態にして布を何重にも巻きつけられている。

 エジプト文明のミイラはあまりにも有名であるが、今回展示している中には、非常に珍しいミイラがある。それはグレコ・ローマン期(約2300~1600年前)に作成された子供のミイラで、顔には金箔が施されている。このミイラの外形は正常だが、CT撮影をおこなってみると、右腕がなくなっており、その代わりに大人の前腕の骨(橈骨)が入れられていた。他人の身体を利用してミイラの形状を整えたのはエジプトミイラといえども前例がない。

グレコ・ローマン時代の子どものミイラのCT画像 エジプト
グレコ・ローマン時代の子どものミイラのCT画像 エジプト
前ページのミイラをCT撮影をしたところ、子どもの右腕は失われており、大人の骨(橈骨:とうこつ)が代用されてつくられたことが判明した。
グレコ・ローマン時代、紀元前38頃~後59年頃、レーマー・ペリツェウス博物館

 ヨーロッパのミイラとしては、湿地遺体(ボッグマン)が初来日する。今回展示している湿地遺体は1904年にオランダのドレンテで発見されたウェーリンゲメン(Weerdinge Men)である。彼らは約2100~1800年前に亡くなったと推定されており、当初は男女のカップルと考えられていたが、後の分析により男性と判明した。

ウェーリンゲメン オランダ、ドレンテ州
ウェーリンゲメン オランダ、ドレンテ州
1904年、オランダのブ-ルタング湿原で2体の湿地遺体が発見された。当初大きい方が男性で小さい方が女性と推定されたが、現在はともに男性と考えられている。
紀元前40年~後50年頃、ドレンテ博物館

 日本のミイラとして、即身仏「弘智法印 宥貞(こうちほういん ゆうてい)」を展示している。宥貞上人は江戸前期に入定された小貫東永山観音寺の住職で、現在では福島県石川郡浅川町の貫秀寺に安置されている。今回は、貫秀寺ならびに小貫即身仏保存会の理解を得て、お借りしている。

弘智法印 宥貞 日本、福島県
弘智法印 宥貞 日本、福島県
福島県石川郡浅川町の貫秀寺に安置されている即身仏「弘智法印 宥貞(こうちほういん ゆうてい)」は真言宗で修業を積んだ高僧で、92歳の時、石でできた薬師如来像の中で入定された。
1683年頃、小貫即身仏保存会

 ミイラとは、ミイラになった本人を含め、それに関わる多くの人々、つまりミイラを作った人、ミイラを発見した人、ミイラを保管した人、ミイラを研究した人など、が「永遠」を求めた結果として、存在している貴重な文化遺産なのであると同時に、多くの情報を教えてくれる学術標本である。この展示をご覧になって、ミイラとは多くの人々の努力によって過去から未来へと「永遠の命」を紡いでいく貴重な存在であることを理解して頂ければいただければ幸いである。

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坂上 和弘(さかうえ かずひろ)

国立科学博物館人類研究部研究主幹。1970年生まれ。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。古い人骨から、法医学分野で取り扱われる事件性のある人骨まで幅広く研究している。

特別展 ミイラ 『永遠の命』を求めて

人工的に作られたミイラから、自然にミイラとなったものまで、エジプト、ヨーロッパ、南米など世界各地のミイラが大集合!
会期:2019年11月2日(土)~2020年2月24日(月・休)
会場:国立科学博物館(東京・上野公園)