レオナルド・ダ・ヴィンチといえば、謎めいた微笑の「モナ・リザ」や、「最後の晩餐」などの世界的な絵画で知られる。しかし数だけで見れば、美術作品は彼の人類への貢献の中では最も少ないものだと言えるかもしれない。世界各地に展示されている絵画はわずか22点。そのほか個人的に描いた素描が数百点あるのみだ。15世紀後半から16世紀前半、芸術と建築文化が花開いたイタリア・ルネサンス期を代表するダ・ヴィンチの功績は驚くほど多岐にわたり、建築、科学、数学、工学などあらゆる分野で才能を発揮した。(参考記事:「特集ギャラリー:レオナルド・ダ・ヴィンチ 色あせない才能(2019年5月号)」)
ダ・ヴィンチは、独創的な科学観察、推測、仮説を書き留めた膨大な量の手稿を残している。そしてその多くは、後世の研究者たちによって実証され、支持されてきた。彼がスケッチしたエンジンや機械の設計図のうち、後になって実際に作られ、実用化されたものも多い。ルネサンス期のイタリアでまかれた西洋科学と技術の種は、やがて発芽し、花を開かせることになるが、ダ・ヴィンチほどその種を多くまいた人物はいない。(参考記事:「天才ダ・ヴィンチの世界に触れる、英王室コレクション 写真11点」)
数学者
幾何学に強い関心を抱いていたダ・ヴィンチは、自然界に存在するあらゆるものを計測し、関連性やパターンを探し、それらを数学的に表現した。特に人体の比率に魅了されて描いたのが、ローマの建築家ウィトルウィウスの作品を基にした「ウィトルウィウス的人体図」(1487年頃)だ。ペンとインクで、両手両足を異なる位置に広げた2つの男性の絵が重ねて描かれている。それぞれ円と正方形の中にちょうど良く収まった男性の絵は、完璧な人体比率を幾何学で表現したものだ。
ダ・ヴィンチは、人体の様々な部分を他の部分と比較して、いかに数学的に比率が取れているかを鏡文字で説明した。たとえば、「手のひらの幅は指4本分」「足の大きさは手のひらの幅の4倍」「身長は手のひらの幅の24倍」といった具合だ。
また、美しいデザインの比率とされる黄金比にも精通していた。黄金比とは縦と横の比率が1対1.618...となる構図で、「神授比例法」とも呼ばれていた。ダ・ヴィンチの未完の絵画「聖ヒエロニムス」では、苦行者のヒエロニムスの体が黄金比の枠にちょうど収まるように描かれている。
建築家
ダ・ヴィンチの手稿には、建築物の絵や設計図も多く含まれている。彼は、バランスという観点での建築の美しさや、教会建築の音響学に魅了され、特に説教者の声が礼拝堂の最も遠い場所まで届く構造的組み合わせを見つけることに力を注いだ。こうして発明されたのが、円形劇場の形をした講堂だ。
1515年、ダ・ヴィンチはフランス国王フランソワ1世の最高建築家(兼芸術家兼職人)に任命された。軍事要塞の設計に際し、大砲による攻撃が増えることを考慮に入れ、連続砲撃による土台の陥没を防ぐため、下部が広く傾斜がある壁を建造した。
1502年、オスマン帝国の皇帝バヤズィト2世の要請により、ダ・ヴィンチはイスタンブールの金角湾にかける橋の設計図を提案した。長さ270メートル以上で、船がその下を通行できるだけの高さがあったが、技術的に建設不可能だと判断した皇帝は、その設計図を却下した。ところが、2001年になって同じ設計図を使った橋がノルウェーで建造され、皇帝の判断が誤りだったことが証明された。