セクシーな香りを漂わせている相手と初デートに行くとしよう。だが、最初のキスを交わそうと顔を近づけたときに気が付く。恋の相手は、実は寄生虫ツチハンミョウの幼虫で、それが身をよじりながら集団で塊になっているだけだった。
この作戦に引っかかるのが、土に巣をつくることから北米で「ディガービー」と呼ばれる、ハナバチの仲間だ。砂丘に暮らすこれらのハチの雄がブンブン飛んでいたら、そのハチは雌のフェロモンを嗅ぎつけている。(参考記事:「やる気のないオスを“口説く”メスグモが見つかる」)
巧みな寄生技
雄には気の毒だが、ツチハンミョウの幼虫は、雌のディガービーの匂いにそっくりの化学物質を作り出せる。さらに、幼虫たちは集まって草によじ登り、ハチと同じくらいの大きさの塊を作って、見た目までハチに似せる。
雄のハチが、交尾しようと雌になりすました幼虫集団に近づくと、幼虫たちはカギ状の爪で雄にしがみつき、下の砂地に押しつける。雄が本物の雌を求めてようやく飛び立つころには、細かな毛の生えた体にたくさんの「ヒッチハイカー」がくっついている。そして本物の雌と雄が交尾すると、幼虫は今度は雌に移動して、巣穴まで連れて行かせるのである。(参考記事:「マダニの皮膚への強力接着剤、医療に応用へ」)
巣穴で雌は卵を1つ産み、花粉と花蜜を山ほど置いておく。だが、こうした栄養分はハチの幼虫の口には入らず、ツチハンミョウの幼虫たちが平らげて成虫になる。
変わった寄生の方法でこれだけでも面白いが、もっと興味深い事実がわかってきている。(参考記事:「ゴキブリをゾンビ化する寄生バチの毒を特定」)
このほど、ツチハンミョウに関する研究が学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。それによると、同種のツチハンミョウでも生息している場所によって、偽フェロモン=化学物質の配合を調整しているというのだ。こうすることで、環境ごとに異なるハチを寄生のターゲットにするのだという。
つまり、カリフォルニア州とオレゴン州では、同じツチハンミョウでも発する匂いが異なるということだ。このことから研究者は、これらのツチハンミョウが別の種に分かれる途上にあるのではと考えている。米カリフォルニア大学デービス校の化学生態学者で、今回の論文の筆頭著者であるレスリー・ソール・ガーシェンツ氏は、おそらく種分化が起こりつつあるとしつつも「分化には、長い時間がかかります」と慎重に話す。