矢野奨吾と温詞(センチミリメンタル)が語る、ギヴンという“本当のバンド”ができるまでのストーリー

テレビアニメ「ギヴン」の劇中バンド・ギヴンが2ndシングル「うらがわの存在」を12月1日にリリースした。

これまでにEPICレコードジャパンよりメジャーデビューシングル「まるつけ / 冬のはなし」やミニアルバム「gift」をリリースし、2020年10月には東京・Zepp Haneda(TOKYO)で「ギヴン」の音楽プロデューサー・センチミリメンタルとのツーマンライブを行うなど、画面を飛び出して活動してきたギヴン。最新作である「うらがわの存在」は、同日発売のキヅナツキによるアニメ原作マンガ「ギヴン」7巻のDVD付き限定版に収録される新作アニメ「ギヴン うらがわの存在」の主題歌だ。過去の作品同様に作詞作曲、サウンドプロデュースはセンチミリメンタルが手がけている。

音楽ナタリーでは「うらがわの存在」のリリースを記念して、ギヴンの佐藤真冬(G, Vo)の声を務める矢野奨吾と、温詞(センチミリメンタル)の対談を企画。温詞が審査員として立ち会った「ギヴン」のオーディションの思い出やギヴンの楽曲にまつわるエピソードなどを語り合ってもらった。

取材・文 / 酒匂里奈

すんなりと真冬役が決まったオーディション

温詞(センチミリメンタル) 先日はライブ(2021年11月に東京・Zepp Tokyoで行われた「センチミリメンタル 2nd LIVE TOUR 2021“とって”」最終公演)を観に来てもらって、ありがとうございました。

矢野奨吾 めちゃめちゃ最高でした。今日はセンミリさんが作った曲については、ライブを観て感じた思いをベースに話させていただきます!

──お二人をつないだきっかけはやはり「ギヴン」ですか?

温詞 そうですね。最初にお会いしたのはテレビアニメ「ギヴン」のオーディションです。

矢野 オーディションのときは温詞くんのことをまだ認識してなかったので、「誰だこの人!」と思っていました(笑)。

温詞 偉そうに審査側にいてね(笑)。右も左もわからない状態でその場にいました。

──オーディションでは芝居だけでなく、歌唱審査もあったのでしょうか?

矢野 ありましたね。

温詞 僕はオーディションを受けに来た人たちに「こういうのもやってみてもらっていいですか?」と言わせていただく形で、審査にガッツリ関わらせてもらいました。

矢野 音楽コンテンツのオーディションで歌ったことはあるんですけど、アニメのオーディションで歌ったのは初めてだったと思います。最初に「冬のはなし」(テレビアニメ「ギヴン」の劇中歌)のプロトタイプをオーディション用の資料としてもらいました。歌唱審査の経験があまりなかったので、とりあえず歌詞を覚えて歌おうと思って臨んだんですけど、現場に行ったら歌詞カードがあると言われて「あっ、あるんだ」って。そんなレベルだったんですよ。でも自分なりの(佐藤)真冬を伝えられたらなと思って歌詞を覚えていったことや、経験が少ないからこその表現がうまく作用してくれたのかなと。

温詞 とにかくたくさんの声優の方々が参加されていましたが、オーディションが終わってアニメの制作スタッフ、レーベルの関係者、僕で話したときに、わりとすんなり意見が一致しましたね。

矢野 わー……こういう話聞いたことないんですよ。歌唱審査では曲のキーを自分で申告できて、最初はマイナス2でやったんですけど、そのあと「マイナス1でやってもらっていい?」「次は0で」とその場で指示をもらって。オーディションが終わってからは「1人にこんなに時間を使ってくれるって何かあるのかな」と、いつもとは違う期待感のようなものがありました。でも歌ってる最中はただただ必死で、食らい付いていただけでしたね。温詞くんから見たオーディションの裏話、もっと聞きたいです!

温詞 オーディションのあと、全ボーカルデータを持ち帰って家でミックスしましたね。

矢野 受けた人全員分!?

温詞 そうですね。全員分整えてオケと混ぜたり、セリフと並べたりして聴きました。1人ずつ目を閉じて聴いて、どの人が一番絵が浮かぶか考えながら。なので僕はたくさんの真冬のデータを持ってます(笑)。

矢野 めっちゃ聴きたい! そしたら、受けた人が100人いたとしたら、温詞くんが「この10人はどうでしょう」とほかのスタッフさんに提示したんですか?

温詞 全部聴いたうえで、「矢野くんどうですか」とスタッフに送りました。

矢野 ヤバ……僕もう温詞くんに頭上がらないです……足向けて寝れないですよ。マジで初めて聞いた話なので本当にうれしい。ありがとうございます。

今まで培ってきたものをぶっ壊してまっさらな状態に

──キャラクターが歌う曲は一般的に“キャラソン”と呼ばれることが多いと思いますが、ギヴンの楽曲に関してはあまりそういうイメージがなくて。あくまでもバンドの曲であり、1人のボーカリストの歌という印象を強く受けました。「冬のはなし」の制作時に楽曲や歌唱の方向性を決めたのかと思いますが、どういう話し合いをされたんでしょう?

矢野 いわゆるキャラソンというカテゴリーの楽曲とはまったく別物にしたいし、そうなるだろうなと思っていました。最初の歌唱練習では、自分が考えうる全力の「冬のはなし」を歌ったんですけど、そこからいろいろとディレクションいただきました。いちボーカリストとしての表現というのは僕が持っていなかったもので、アーティスティックに歌うためのノウハウを知ることから始めましたね。

ギヴン「まるつけ / 冬のはなし」完全生産限定盤ジャケット ©キヅナツキ / 新書館

ギヴン「まるつけ / 冬のはなし」完全生産限定盤ジャケット ©キヅナツキ / 新書館

温詞 そこから練習を始めましたもんね。特に今回はバンドですから、バンドのボーカリストとしての表現の仕方を共有できたらなと思って。

矢野 正直泣きそうでした(笑)。最初の練習で、自分が今まで培ってきたものを一度全部ぶっ壊してまっさらな状態にしないと前には進めないとわかったので。一度身に付いた癖はなかなか変えられなくて、そこは大変でしたね。

温詞 声優さんとバンドのボーカリストでは、歌唱の表現方法がまったく違いますもんね。「ギヴン」はアニメ作品ではありますけど、当初からリアルでバンドとしてギヴンがデビューするということが決まっていたので、アニメのキャラクターの曲という枠に留まってほしくない、ひとつのバンドとして世に送り出したい、という気持ちがありました。僕はもともとバンドマンだったので、自分の中にバンドはこういうものだという思いがあって、それを表現したかったので、矢野くんにはいろいろ要求しちゃったと思います。

矢野 初めてのレコーディングで、エンジニアの方が鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたのが忘れられなくて。腹を割った話をすると、そこまでエンジニアさんの想定していたボーカルと自分の歌唱には差があるのかと、心が折れそうになりました。温詞くんはレコーディングのときにどんなことを考えていたのか、めちゃめちゃ知りたいです。

温詞 エンジニアの方もバンドを多く手がけてきた人なので、普段やっているバンドのボーカルとの差にびっくりしたんだと思います。声優さんとバンドのボーカリストでまったく違うことの1つが滑舌で。声優さんは1音1音輪郭がハッキリ出る歌い方の人が多くて、それがあまり僕ら側にない感じなのかと。僕は全体としてどう捉えるかというところに重点を置いて考えていたので、今までなんとなくでキャラソンを聴いていたけど歌い方がこんなに違うんだと勉強になりましたね。あと、自分が持っているものや表現してきたことを誰かに共有することは今まであまりなかったので新鮮でした。違う畑のもの同士が合わさるときの化学反応というか。

矢野 お互いにやったことがないことでしたもんね。初めて同士だったのがよかったのかもしれない。

温詞 本当にそう思います。僕は誰かのプロデュースをしたい気持ちがずっとあったのでうれしかったです。まさか自分のデビューのタイミングでいきなりこんなお話をいただけるとは思ってなかったですけど。

矢野 僕もアニメ初主演が天才的な歌声のキャラだとは思ってなかったです(笑)。

温詞 すごくハードル高い設定だよなって思っちゃいますよね(笑)。マンガの中の歌声って、読者の想像でしかないじゃないですか。みんながどういう想像をしているかわからないので本当に手探りでしたけど、結果的に原作ファンの方がすごく喜んでいるのを目にするとよかったなと思いますね。

センミリの楽曲は「ギヴン」のために生まれてきたのか?

──真冬の歌い方はどこか温詞さんと似ているように感じたのですが、それは温詞さんによるディレクションの結果なんでしょうか?

温詞 周りから「歌い方が似てるよね」と言われることはけっこう多いです。最初は「似てるかな?」と思っていたんですけど、何曲かやっていくうちに客観視できるようになってきて、似ている部分を感じるようになってきました。それはきっと矢野くんが僕の言ったことをしっかり自分の中に落とし込んでくれたからで。勝手ながら影響を与えた部分があるのかなと、ちょっとうれし恥ずかしな気持ちになります。

矢野 一度まっさらな状態になって、初めて色を加えてくれたのが温詞くんだったので、僕としても「矢野の歌い方が温詞くんみたい」と言われるのはうれしいことです。ボイトレに通っていて、そこの先生に温詞くんの歌い方を教えていただいたんです。ポルタメントやエッジボイスのこと、ブレスやしゃくりの位置、表現の癖なんかを全部歌詞カードに書いてもらって。「ここでこういう歌い方をしてるからこういうふうな気持ちが伝わる」ということも教えてもらいました。

温詞 それはうれしいですね。そういうふうに設計図までちゃんと作ったら、そりゃ近付いていきますね。なかなか自分で歌うときにそこまでやらないので、その資料をちょっと見てみたいです(笑)。

矢野 これ企業秘密かな? 言ってよかったのかな(笑)。でもこれだけ人の歌声を研究したのは本当に初めてでしたね。

──歌唱法のほかに、真冬の心情をどう表現するかも考えられたかと思いますが、「冬のはなし」ではそのあたりはどうでしたか?

矢野 僕はその人が抱える傷は、他人がどれだけ介入したって本当の意味ではわからないと思っているんです。真冬は自分の世界の中心にいた(吉田)由紀という人物がこの世から去ってしまって、そのことで悩んでいるけど誰にも相談ができずに、でもわかってもらいたい気持ちはあって……という男の子で。「冬のはなし」は真冬の由紀に対する叫びであり、告白のつもりで歌いました。この曲の歌詞を読ませていただいたときに、「まだ溶けきれずに残った日陰の雪みたいな想いを抱いて生きてる」という最初のフレーズから僕が気付いていなかった真冬像が浮かんだんです。それくらい温詞くんは真冬の理解者なんだなと思って、僕ももっと真冬の理解者になりたいと思わされましたね。

温詞 「冬のはなし」を作るにあたって、もちろん原作はちゃんと読みましたが、そのうえで自分の中にある痛みや悲痛な思い出を引っ張りだしてきて、それを差し出しました。さっき矢野くんが言ったことと重なりますけど、やっぱり当事者じゃないとわからないことはたくさんあると思っていて。どれだけ寄り添おうと思ってもわかってあげられないことはある。だから下手に物語に寄り添いすぎたり、ストーリーの要所要所を切り出して言葉にしたりするよりも、自分の中にある感情を差し出すほうが作品の世界観が表現できるのかもしれないなと、「ギヴン」に携ったことで知ることができましたね。

矢野 センミリさんの楽曲は「ギヴン」のために生まれてきたのか?というくらい作品にぴったりですよね。書き下ろしじゃない「まるつけ」(テレビアニメ「ギヴン」のエンディングテーマ)も、本当に「この曲しかない」と思いました。

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歌ってすげえ!