“娘”奈緒・“父”木梨憲武が迎える新たな門出、旅立ちの瞬間に訪れる境地

結婚式の前夜、瞳（奈緒）と名付けた由来を明かした父・雅彦（木梨憲武）。名前は両親から最初に受け取るプレゼントですよね。そのお礼と一緒に、瞳が「お父さんとお母さんの子どもに生まれてよかった」とこれまでの感謝を雅彦に伝える前回ラスト、何度おかわり視聴しても同じテンションで泣けるのよ。それは互いを思い合う椎名親子の愛情が、じっくり丁寧に描かれてきたからなんだろうな。

そして迎える、結婚式当日。３月25日は瞳の誕生日で、ドラマ『春になったら』最終回の放送日でもあります。作品世界とリアルが交錯する構成に対してX（旧Twitter）をのぞいてみると、ここまで10話を見届けてきた視聴者から続々と、

・今頃はもう、瞳は雅彦さんから名前の由来を聞いただろうか？
（2024年３月24日午後10時46分）

・早く寝て明日に備えるのよ？瞳も雅彦も。美奈子ちゃん岸くんウェディングプランナーご一同は準備真っ最中かね？がんばれ！
（2024年３月24日午後11時38分）

・今日はひとみとかずまるくんの結婚式。雅彦さんの晴れ舞台もあるのかな？夜、結婚式の様子楽しみにしてるね！
（2024年３月25日午前５時27分）

・瞳ちゃんと雅彦さんが住んでいる月島はあいにくの雨模様。肌寒いから外出の際にはあったかくするんだよ
（2024年３月25日午前８時15分）

と声が寄せられていました。どれも登場人物をいたわる、あたたかい言葉ばかり。投稿をチェックしていると、瞳と雅彦の暮らす一軒家の周りを散歩していれば、式当日を迎えてソワソワしている椎名親子に会えるんじゃないか。雅彦の姉で瞳の伯母・まき（筒井真理子）をはじめとする準備組が「そいやっ！」と言って円陣を組んでいる姿に遭遇できるのでは。そんなパラレルワールドに思いをはせてしまうほど、『春になったら』という作品に心を寄せる視聴者の存在感の大きさを目の当たりにしました。

その誰しもが待ちわびる最終回。椎名家には朝からまきと緩和ケア医の阿波野（光石研）がやって来て、雅彦が新婦の父として瞳の隣に立てるように万全のサポート体制を整えます。一方で雅彦の目につかないよう、ひと足先に会場へ向かう瞳。亡き妻・佳乃（森カンナ）の遺影にあいさつし、まきと阿波野に支えられながら家の外へ出た雅彦を待ち受けていたのは……ウェディングドレス姿の瞳でした。

結婚式も披露宴も、会場選びから徹底した雅彦ファースト。「瞳」という名前が両親から娘への“最初の”贈り物なら、このセレモニーは瞳から雅彦に向けた“最後の”ギフトなんですよね。心の底から父を思いやる瞳の気持ちがあふれるように伝わってきて、序盤から泣かせます。

第10話で、瞳が親友の美奈子（見上愛）と選んでいた写真は披露宴の会場に。大学の写真部でカメラの腕を磨いた瞳は一眼レフを携え、普段から雅彦を取り巻く何気ない日常を撮影していました。お気に入りのソファでうたた寝（第２話）、トレードマークのオレンジ色ダウンコートとヘルメット姿で自転車通勤（第５話）、タイムカプセルに入っていた車のおもちゃを走らせる手元（第９話）など、毎回変わる『春になったら』タイトルバックは娘でなければ切り取れない写真の数々で構成されていたんですよね。

披露宴会場では、その展示が雅彦を迎え入れてくれました。母の形見である着物姿で初詣（第１話）、両親のなれそめを聞いた伊豆旅行（第２話）、一馬（濱田岳）とその息子・龍之介（石塚陸翔）と訪れた気まずい遊園地レジャー（第３話）、仲直りした親友・神（中井貴一）との2ショット（第４話）、心労で倒れてしまった瞳の退院祝い（第６話）、結婚を初めて認め「瞳の花嫁姿を見る」を「死ぬまでにやりたいこと」リスト入りさせたキャンプ旅行（第７話）などなど。

瞳を演じる奈緒さんは、sunao名義でフォトグラファーとしても活動されているんですよね。その彼女が、瞳として雅彦を映し出す──。ここでも作品世界とリアルが交錯しているようで、グッと胸に迫りました。バックでキャンプ旅行の珍道中を彩った瞳と雅彦のデュエット「ふたりで」が流れているのも、たまりません。にしても、この３ヵ月を写真で振り返っていると……雅彦のリスト、ほとんどすべて叶っていますね。

●ここでおさらい！雅彦の「死ぬまでにやりたいこと」リスト

・瞳の結婚式に出席する！【第11話（最終回）】
・伊豆に行く！【第２話】
・神（じん）に謝る！【第４話】
・遊園地で はしゃぎまくる！【第３話】
・友だち呼んでホームパーティー！【第６話】
・タイムカプセルを開ける！【第９話】
・英語をマスターする！？（ムリか！）【第11話（最終回）？】
・カズマルを瞳から追い払う！！【第６話で取り消す】

リストの実現は、最期へのカウントダウンみたいで切ない。悲しい。さみしい。つらい。そんな思いになる時期もありました。でも周囲の協力や奮闘に支えられた門出のセレモニーを通じて、瞳と雅彦は穏やかに旅立ちの瞬間を迎えられたんじゃないかな。

心からそう感じられるのは、椎名親子をはじめ、彼らを支える一人ひとりのキャラクターにも圧倒的な「リアル」が宿っていたから。善人しか登場しないきれいごとのフィクションでなく、『春になったら』の世界では差し伸べられる善意の手をつかんでいいんだ、と疑うことなく信じられた。３ヵ月、こんなにもハートフルであたたかな「リアル」を見せてくれて、本当にありがとうございました！

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文：岡山朋代
編集・ライター。朝日新聞社「好書好日」、ぴあ各メディアなどで主にカルチャーやエンタメ分野の取材・インタビュー・執筆を手がける。