大腸がん(結腸がん、直腸がん)の治療で主役となるのは手術治療ですが(詳しくは「大腸がんの手術の基本」参照)、手術を行うことができないくらい大きく広がっている大腸がんや、手術後に再発した大腸がん、あるいは治癒(完全)切除を目指して手術をしたけれど切除しきれなかった大腸がんに対しては、がん細胞の成長を抑えて、患者さんの生存期間を延長させる、あるいは痛みを和らげることを目的に、「全身化学療法」が行われます(詳しくは「切除できない進行再発大腸がんへの化学療法」参照)。この場合は、がんの縮小や病状のコントロールが狙いとなります。
化学療法を行うには、薬剤を静脈内に点滴やポンプを用いてゆっくり注入する方法と、錠剤を服用する方法があります(図1)。
点滴を行う際には、患者さんに「中心静脈ポート」という点滴用のチューブを埋め込む簡単な手術を行う必要があります(図2)。最近では、外来で抗がん剤の点滴を始めて、ある程度点滴が進んだ時点で帰宅し、自宅で点滴が終わったのを確認して注射針を抜く「外来化学療法」という方法が、患者さんの負担が少ない方法として普及してきています。患者さんの負担をさらに減らすため、点滴時間がより短くなるよう同じ薬効の飲み薬を活用する方法も行われるようになっています。主治医とよく相談して治療法を選択してください。
また、手術後の大腸がん再発を防ぐために行われるのが「術後補助化学療法」です(詳しくは「大腸がんの術後補助化学療法について」参照)。この場合はがんの再発を防ぐこと、あるいは再発をできるだけ遅らせることが狙いとなります。一方、手術の前に行われる化学療法は「術前化学療法」と呼ばれます。手術の前に化学療法を行うことで、がんの増殖する勢いを弱めます。これによって、がんが小さくなれば、不可能と思われた手術が可能になることもあります。また、手術で切除する腸管の範囲を狭めることができれば、自律神経を温存する手術(機能温存手術)などが可能になることもあります。
化学療法の実際
薬剤を使う治療法のうち、特に、抗がん剤などの化学物質を使って、がん細胞の成長や増殖を抑えたり、がん細胞を破壊させたりする治療法を化学療法といいます。
大腸がんに対する抗がん剤のみによる治療の効果は、以前はそれほど期待できるものではありませんでした。しかし、従来からあるフルオロウラシル(5-FU)系、オキサリプラチン、イリノテカンなど、大腸がんに効果のある抗がん剤に加え、さまざまな分子標的治療薬(詳しくは「使用される薬剤は」参照)が用いられるようになり、化学療法の効果を示す指標の一つである奏効率(表1)や生存期間は大きく改善しています。化学療法の継続や種類の変更は、定期的にCTなどの画像診断を行ったり、血液検査によって腫瘍マーカーの変化をみたり、全身状態も考慮して総合的に慎重に判断されます。
分子標的治療薬に関しては、現在もいくつかの臨床試験が進行中です。これらの薬剤は1種類だけで使われることもありますが、2種類以上を併用して使う方が、より高い効果が期待できることもあります。最近では、特定のタイプの大腸がんを中心に免疫系を標的とした「免疫チェックポイント阻害剤」の臨床試験も行われています。臨床試験では、各薬剤の有効性や副作用の程度のほか、有効性の高い薬剤の組み合わせなども調べており、高い奏効率、長い生存期間、高いQOL(生活の質)が得られる薬剤の研究が進められています。
高齢者の化学療法について
これまでの臨床試験は、主に70歳もしくは75歳以下を対象に行われてきました。よって、それ以上の年齢の患者さんに化学療法を行った場合のデータは、残念ながら少ないのが現状です。高齢の方のがんの特徴を表2に示します。高齢者に化学療法を行う場合には、患者さんの状態や臓器の機能を十分に調べてから、治療を行うかどうかを決めます。抗がん剤の量や投与回数を減らす場合もあります。
治療成績を比較する際に注意すること
ある薬剤にどの程度の治療効果があるかについて調べる場合、過去に行われたさまざまな臨床試験の成績が参考になります。ただし、試験の成績をみる場合には、その臨床試験がどのように設定されたものか、十分に確認することが必要です。
例えば、術後補助化学療法の場合には、どのステージ(病期)の患者さんを対象とした試験か、どの国で実施された試験かなどで、結果の解釈が異なることがあります。一般に、日本国内ではステージIII(詳しくは「ステージ分類とそれに応じた治療法」参照)の患者さんが対象とされることが多いのですが、欧米では、ステージIIとIII両方の患者さんをまとめて対象としていることがあります。つまり、国内よりもがんの病状が軽い患者さんが含まれている可能性があるわけです。
したがって、欧米の臨床試験が国内の臨床試験よりも数字が良好であったからといって、単純に欧米で行われている治療の方が国内よりも優れていると判断することには、慎重になった方がよいと考えられます。
また、新しい抗がん剤の有効性・安全性を評価する際には、一般に従来の化学療法との比較を行う「第III相臨床試験」と呼ばれる大規模な試験が行われます。しかし、複数の国から患者さんが試験に登録されている場合には、医療保険制度の違いや、試験の後に行われる治療の違いなど、国ごとの医療環境の違いが試験の結果にも影響する可能性があります。
こうしたことを考えると、同じような臨床試験が複数行われて、そのいずれにおいても同様の結果が確認された場合には、その結果は信頼性が高いものと考えられます。たった一つの臨床試験の結果では、たまたま良好な結果が得られたという可能性もありますので、注意が必要です。
近年登場した分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害剤は、新しい薬剤として多くの種類のがんを対象に、同じような臨床試験が行われることも多くなっています。他の種類のがんで有望な結果が出ると、大腸がんに対しても同じように効果があるのではないかと期待されるお気持ちはわかりますが、残念ながら、大腸がんではその効果がみられないということもあります。あくまでも、大腸がんに対して確実な治療効果があると報告されるまで、新しい薬剤の使用は慎重に考えるべきでしょう。
[参考サイト]
・日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)