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イスラム教徒は宇宙でも断食するのか? 砂漠の国で考えた「神と火星と進化論」

篠田航一・ロンドン支局長
アラブ首長国連邦で宇宙開発に携わるユセフ・シャイバニ氏=2018年3月、篠田航一撮影
アラブ首長国連邦で宇宙開発に携わるユセフ・シャイバニ氏=2018年3月、篠田航一撮影

 イスラム教徒は信心深き人々だ。21世紀の今も、7世紀に成立した聖典コーラン(クルアーン)の教えを忠実に守って生きている。

 有名なのはラマダン(断食月)だ。イスラム暦の9番目の月で、毎年西暦とはずれが生じるが、病人や子供、妊婦などを除いて約1カ月間、日の出前の黎明(れいめい)から日没まで飲食を禁じられる。空腹を経験し、貧者への共感を育む宗教行事だ。

 それから聖地メッカ(サウジアラビア)の方角に向かって一日に何度も祈る習慣も有名だろう。私が2017年から3年間勤務したエジプト・カイロ支局のスタッフの女性も、勤務時間中によく祈りをささげていた。原稿の締め切りが近くなり、急いで打ち合わせたい話があってもぐっと我慢。日本のことわざ「郷に入っては郷に従え」を思い出し、祈りが終わるまで待つようにしていた。

 ふと疑問がわく。古来の教えを守る人々は、現代の科学万能時代とどう折り合いをつけて生きているのだろう。たとえばまもなく宇宙時代が来る。人類は別の惑星に飛び立っても、断食して、メッカの方角に祈るのか。

 そんな疑問を宇宙開発に携わるイスラム教徒に聞いてみたことがある。なぜなら彼らは今、大まじめに他の星に住むことを考え始めているからだ。このコラムは「時空を超える旅」をテーマとしており、前回は中世ドイツの謎を考察したが、今回はイスラムと科学を巡る未来の話を考えてみたい。

砂漠の民が考えた「ある実験」

 「将来、火星に移住しよう」

 そんな話を真剣に考えているのが、中東・ペルシャ湾岸のアラブ首長国連邦(UAE)である。

 国際金融都市ドバイを擁し、原油や天然ガスといった資源に恵まれたこの国は今、その豊かな資金力を背景に宇宙開発に乗り出している。14年には「宇宙庁」を創設。20年7月、三菱重工業は火星探査機「HOPE」を載せたH2Aロケット42号機を鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げたが、このHOPEはUAEが開発したもので、UAEが建国50年を迎える21年に火星の周回軌道に到着することになっている。そして極めつけは、約100年後の2117年までに人類が住める都市を火星に建設するという壮大な計画だ。

 この計画を主導する政府機関「ムハンマド・ビン・ラシード宇宙センター」を2018年に訪れたことがある。ドバイの郊外に位置し、周囲はほぼ砂漠だった。気温40度近い猛暑の中、ひんやりと冷房の効いた施設は快適だった。

 「人口爆発が進む地球を離れることができれば、人類の住環境は格段によくなります。別の星に眠っている資源を探査できるメリットもあります。このように火星開発の利点は実にたくさんあるのです」

 同センターのユセフ・シャイバニ事務局長は、火星移住のメリットをそう説明した。とはいえ、当面はすぐに宇宙に行けるわけではない。そう問いかけると、「確かにそうです。当面は宇宙研究を通じ、知的な人材を育成できるのも国家にとってメリットです」と現実的な利点も強調した。

 話は面白かった。宇宙開発の第1段階として、なんと火星の生活をシミュレーションする「巨大ドーム」を砂漠地帯に造る計画があるという。これには驚いた。中東の砂…

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ロンドン支局長

 1997年入社。甲府支局、東京社会部、ベルリン特派員、青森支局次長、カイロ特派員などを経て現職。著書に「ナチスの財宝」(講談社現代新書)、「ヒトラーとUFO~謎と都市伝説の国ドイツ」(平凡社新書)、「盗まれたエジプト文明~ナイル5000年の墓泥棒」(文春新書)。共著に「独仏『原発』二つの選択」(筑摩選書)。