古希過ぎて大学、傘寿でYouTube 萩本欽一さんが池上さんに託した遺言
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コメディアンとして、司会者として、テレビの笑いを自ら変えてきた。数多くのレギュラー番組から育ったタレントも大勢いる。「視聴率100%男」と評され、バラエティー番組に影響を与え続けてきた萩本欽一さん(82)は、今のテレビ番組をどう見ているのだろうか。ジャーナリストの池上彰さんとの対談では、笑いに対する考え方や、70歳を超えてからの大学生活といった新たな挑戦について語った。【構成・瀬尾忠義】
【写真】軽やかな「欽ちゃん走り」健在
「欽ちゃん」と呼ばれなくなって…
池上 「萩本さん」ではなく「欽ちゃん」とお呼びしますが、よろしいですよね。
萩本 実は「欽ちゃん」と呼ばれなくなってテレビに出演するのをやめたの。ああ、欽ちゃんは終わったと思って。芸能生活は長いけれども、ちょっとまずいところに来ちゃったな。だらしなくやってきたのに「萩本さん」と呼ばれるようになったら背負っているものが重くなったと感じて。でもね、香取慎吾(さん)と共演することになった時、若いのに平気な顔をして「欽ちゃん、よろしく」って言ってくれてさ。こんなに長く芸能界にいる萩本欽一を前にして「欽ちゃん」って呼んでも、私は怒らない人だと気づいてくれた。なんてすてきな青年なんだと思いましたよ。
池上 80歳にして「ユーチューブ」(動画投稿サイト)に挑戦されました。ゴーグルのようなカメラを顔に着けて仮想空間「メタバース」も体験されていて驚きました。
萩本 「ユーチューブがおもしろいよ」と勧められたので挑戦しました。仮想空間も経験しましたが、なかなか笑いでは使いづらいと感じました。仮想空間で別人間になっても、まだまだ生身の人間にかなわない。優秀なロボットを作ったけれども、笑いだけはできなかったという話も聞いたことがあります。まだ、笑いには早いのかな。
人生は「勝つか、逃げるか」
池上 いろいろなことに挑戦されて、2015年に73歳で駒沢大仏教学部に入学した時はびっくりして、そしてうれしかった。でもなぜ中退されたのでしょうか。
萩本 卒業したら「大学出ですね」と言われます。でも「高校出でも頑張れるよ。勉強だけで世の中が成り立っているわけじゃないよ」と。私はそんなことを考えていましたから。
池上 幾つになっても学ぼうと思えば学べる。そういう勇気を皆に与えてくれました。
萩本 大学では若い人から教わりました。「大学っていいな」って初めて思ったのが雨の日でした。私は雨でも傘を差しません…
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