シュワルツェネッガー氏は何に怒ったのか?7分半の動画からアメリカを考える

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自身の生い立ちを交えて、米連邦議会議事堂乱入事件を非難するシュワルツェネッガー氏=本人のフェイスブックより
自身の生い立ちを交えて、米連邦議会議事堂乱入事件を非難するシュワルツェネッガー氏=本人のフェイスブックより

 「ターミネーター」などで知られる俳優で政治家のアーノルド・シュワルツェネッガー氏(73)が公開した約7分半の動画が、大きな反響を呼んでいる。トランプ前米大統領支持者による連邦議会議事堂への乱入を、ナチス政権下に起きたユダヤ人迫害事件「帝国水晶の夜」に重ね、激しく警鐘を鳴らすものだ。これまで公にしてこなかった自身の生い立ちも交えて、あの“シュワちゃん”が伝えたかったものは何だったのか。識者と一緒に読み解きたい。【井川加菜美/東京地方部】

 動画内容に触れる前に、念のためシュワルツェネッガー氏についておさらいしよう。第二次世界大戦終戦から2年が過ぎた1947年にオーストリアで生まれ、21歳で移民として米国に渡った。ボディービルダーとして世界的大会で優勝を重ねるうちに映画関係者の目に留まり、「コナン・ザ・グレート」や「ターミネーター」をはじめとする大ヒット作を連発。米国を代表するアクションスターに上り詰めたのは誰もが知るところだろう。政界にも進出し、2003~11年には西部カリフォルニア州の知事を2期務めた。所属は共和党だが、環境保護などリベラルな政策に力を入れたことでも知られる。

「勇気を出せ」共和党への怒り

 <この国に来た移民として、アメリカ人の仲間や友人、世界に向けて、最近の出来事について話したいことがあります>

 1月10日に本人のフェイスブックやユーチューブに掲載された動画は、こんな重々しい言葉で始まる。そこでシュワルツェネッガー氏が語ったのは、議事堂乱入事件とトランプ氏に対する厳しい批判だ。

 <トランプは公正な選挙の結果を覆そうとした。彼はうそをつき、人々をミスリードしてクーデターを企てたのです><トランプは大統領として失格です。彼は史上最悪の大統領として歴史に残るでしょう。古いツイートのように(トランプ氏が)もうすぐ消えていくのは良いことです>

 これでもかとばかりの非難の連打。しかしシュワルツェネッガー氏はトランプ氏と同じ共和党ではなかったか。なぜ同じ党出身の大統領をここまで批判するのだろう。

 「シュワルツェネッガー氏は、移民から文字通り『裸一貫』で州知事まで上り詰めたアメリカンドリームの象徴です。政治的には、レーガン主義者であり、前妻(故ケネディ元米大統領のめい、マリア・シュライバー氏)を通して、民主党のケネディの理想も引き継ぐ、中道ど真ん中です」と話すのは、米国在住の映画評論家でコラムニストの町山智浩さんだ。自由で開かれた民主主義を信じてきたシュワルツェネッガー氏だからこそ、反移民的政策を推し進め、分断と対立をあおり続けたトランプ政権には失望を隠せない、というわけだ。町山さんは続ける。

 「彼が訴えたかったのは、『今守らなければならないのは、自身の地位や共和党という政党ではなく、民主主義なんだ』ということです。議会制民主主義と選挙制度を破壊しようとしたトランプ氏と、勇気を持って戦わなければいけないと呼びかけたのです」

 確かに聞き進めると、シュワルツェネッガー氏のメッセージは、共和党の同僚たちに向けた内容が目立ち始めた。こんな下りだ。

 <私たちはこれまでの自分自身や政党、そして不協和に目を向けなければなりません。民主主義を最優先に置くべきです>

 「一般向けというより、自身と同じ共和党の内部に向けたメッセージ」(町山さん)になっている背景として町山さんが指摘するのが、議事堂乱入事件の後でもなお、共和党議員や党員の間にトランプ氏を支持する勢力が根強くあるという現実だ。

 「議事堂乱入事件後、大統領選の選挙結果を認定する上下両院の審議が再開しても、共和党議員の中には事件を支持したり、バイデン氏の勝利を承認することを拒んだりする人がいました。国民全体で見ても、事件後もトランプ氏の支持率は3割程度もあります。ウォーターゲート事件で辞任したニクソン大統領は24%まで落ちたのに、今回はそれほどではない。トランプ氏はこれまでずっと『マスメディアやニュースを信じるな』と言い続けてきました。この結果、自分の信じるSNSだけの中に入り込み、ニュースに目や耳を塞いでしまう人たちがすごく多い。うそが浸透してしまったんです。共和党議員にとっては、トランプ氏に逆らえば次回の選挙で票を失う可能性がある。トランプ氏に逆らえず、共和党は乗っ取られている状態になってしまっている。それに対し、シュワ氏は怒っているのです」

 20日に行われたバイデン大統領の就任式では、連邦議会議事堂周辺はライフルで武装した州兵らが警戒する異様な光景が広がった。バイデン氏は、分断と対立を解消することができるのだろうか。町山さんは言う。「トランプ氏のうそを信じて、バイデン氏が本当に当選したと考えていない人がトランプ支持者には多くいます。その状況で政治を進めていくのは、非常に難しいと思います」

暴動は誰がもたらしたか 水晶の夜と重なる視点

 動画で話題になったのは、激しいトランプ氏批判だけではない。むしろ衝撃だったのは、動画の序盤でシュワルツェネッガー氏が告白した、自らの生い立ちに関連したエピソードだ。

 それは1938年11月、ナチス政権下のドイツや、ドイツに併合されたオーストリアで、ユダヤ教会堂(シナゴーグ)やユダヤ人が所有する商店が暴徒により襲われた事件「帝国水晶の夜」に言及する中で明らかにされた。窓ガラスが砕け散り、水晶のように輝いたことから名付けられたこの事件は、後のユダヤ人大量虐殺につながる契機の一つになったとされる。シュワルツェネッガー氏は<これから話す記憶は、今まで公に語ったことはありませんでした。とてもつらい記憶だからです>と…

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