Lifestyle

ハイダグワイ 太古の森で体験する新しいラグジュアリー

Discover Canada Sponsored byカナダ観光局

カナダ ウェルビーイングを求めて(4)

2023.8.8

苔むす森、海、空…ハイダの人々は「すべてはつながっている」と考える(ハイダグワイ、@Destination Canada)

心と身体だけでなく社会的にも良好な状態を目指すウェルビーイングが観光でも注目されている。自然や地域での体験を通じ心と身体を健やかにするだけでなく、地域の文化を理解し人々と交流することで、社会的な充足感を得る旅だ。カナダは従来こうした取り組みを続けてきた。「旅を通じて自分も地域も幸せにする」旅とは何か。カナダの各地から紹介する。




カナダ西部の太平洋岸に浮かぶ、150以上の島々で構成される群島ハイダグワイ(ハイダ語で「人々の島々」の意味)には、カナダ先住民ハイダ族が1万年以上前から暮らす。降雨量が多く島々の大部分は太古からの深緑の森に覆われ、周辺の海は栄養豊富でたくさんの種類の魚が泳ぐ。かつて多くの村があった南部は欧州人の入植をきっかけにした感染症で廃虚となるものの、現在は世界遺産を擁するグワイハアナス国立公園としてよみがえった。一方、ハイダ族の末裔(まつえい)が暮らす北部は、ハイダアートなどハイダ文化を体験できる拠点となっている。太古から続くハイダの聖地はいま、伝統文化への共感を伴う体験ができる新しいラグジュアリーな旅のカタチを見せてくれる。

廃虚の島 朽ちるトーテムポールに芽吹く新たな命

ハイダグワイの中央部、クイーンシャーロットを出航した小型ボートは緑の島々を抜け、波に揺られながら海を南下していく。他の海と比べ貝の生育スピードが2倍近いといわれるほど栄養豊富で、サーモン、ハリバット(オヒョウ)、ニシンをはじめ魚種が多いこの海では、運がよければ魚を狙うザトウクジラを見ることもできる。途中の小さな島ではトドの群れが日光浴をし、空には渡り鳥が飛ぶ。島の奥の森にはアメリカクロクマも住む野生動物の楽園だ。ボートが向かう先はハイダの人々がかつて住んでいた南部の村の跡地の島々だ。

ハイダの人々はこの地で漁業や狩猟で暮らしを立て、独自の文化を育んできた。なかでも有名なのが神話上のワタリガラスやワシ、精霊などを巨木に彫刻したトーテムポール。文字を持たなかったハイダの人々が家族の出自や歴史、記念の出来事や墓標として家の前に建てた。

しかし19世紀、欧州から持ち込まれた天然痘などの感染症がハイダ族の間に広がり1万人以上いた人口は600人程度に急減、多くの村が廃虚となった。住居は朽ち果て、横たわった柱を苔(こけ)が覆い、その跡は森の一部となっている。いま観光客を引きつけているのは、まさにその風景だ。

傾き、朽ちつつあるトーテムポールの内側には新たな草木が芽吹く(ハイダグワイ・スケダンス)

ボートはスピードを落とし、ゆっくりと島に近づく。スケダンスという名前の廃村だ。上陸して歩き出す。まず「白い貝殻の先には入らないでください」と注意を告げられる。ここはハイダの聖地。白い貝殻で示した境界の向こうに行けるのはハイダの人々だけだ。日があまり当たらない苔むす森の中、白い貝殻で示された道は水を多く含んだ苔が広がり、スポンジの上を歩いているようだ。樹齢900年を超える巨木や住居跡を見ながら、日が当たる場所に出ると、白い貝殻の向こうに斜めに傾いていたり、地面に横たわるトーテムポールがある。苔で覆われていたり、内部に草木が生えているものもある。

ハイダの人々にとってトーテムポールは未来のために維持したり保存したりするものではない。「あるがまま」に置いておくものだ。倒れた柱は内部に新しい草木が芽吹き、新たな命のゆりかごとなる。トーテムポールは人工的に作ったものだが、太古の昔から続いてきた森の命のサイクルの一部なのだ。朽ちていくトーテムポールから息づかいを感じるのはそのためだろう。人がいなくなって100年以上たつというのに、ここにはなぜか人の気配がある。

訪れる人にそう思わせる理由がもう1つある。夏の観光シーズンには、ウオッチマンと呼ばれる見張り役が島々に滞在し、訪れた人にハイダの歴史や島の歴史について説明するほか、外部からの無謀な侵入者を防いでいる。ハイダの人々にとって、この島々は「廃虚」ではない。

南部スカングワイは、複数のトーテムポールが比較的良い状態で残っていることから、ハイダ文化を示すものとして世界遺産に登録されている。ここでもトーテムポールは意図的な保存を行わずあるがままにしており、異例の「朽ちていく世界遺産」になっている。

「すべてのものはつながっている」。ハイダの人々はよくこう口にする。遡上するサケを待つアメリカクロクマ。海の魚を狙うザトウクジラ。朽ち果てながら、内部に新たな草木の命を宿し土に還るのを待つトーテムポール。太古から繰り返されてきた命のサイクルだ。

「私たちが土地を所有するのではない。土地が私たちを所有するのだ」

ジェームズ・カウパーさんは、経営するツアー会社でハイダの若者の教育に力を入れる

集落跡を巡るボートツアーを主催するハイダ・スタイル・エクスペディションズの創業者でハイダ族のジェームズ・カウパーさんはハイダ族と自然の関係をこう説明する。朽ちていくトーテムポールのように自然のなかでは所有という考え方が意味を持たないということだろう。

太古から未来に続く時間のなかで、命のサイクルが息づくハイダグワイ。だからこそ、ここを訪れる人には責任と約束が課せられる。

まず「ハイダグワイとの誓い(Haida Gwaii pledge)」を守ることが求められる。内容は「ハイダの権利を尊重する」「相手の意見に思慮深く耳を傾け、穏やかに話す」「大地や空や海など、自分の行動が環境に与える影響に配慮する」など、ハイダの人々が日ごろ心がけていることを14項目にまとめたものだ。ウェブサイトでハイダの伝統や文化、世界観などを学んだうえでサインする。

南部の島々を多く含むグワイハアナス国立公園では、旅行者は事前にハイダに関するレクチャーを受けなければならない。環境への配慮から入場できる人数を1日200人、1つの場所に同時に滞在できるのは12人までと制限している。

相手のことを理解し、納得して訪れ、受け入れてもらう。こうした旅は、共感しお互いを尊敬し合う親友の家に招かれ訪れることと似ている。

「ハイダグワイとの誓い」の冒頭にはこう書かれている。

私たちは未来の世代のためにこの地を守る責任を負っています。敬意をもって行動していただく代わりに、私たちはあなた方を歓迎し、ハイダの空、海、大地、そして人々を体験していただくゲストとして皆様をお迎えします。

ハイダの人々が与えてくれる、サステナビリティー(持続可能性)を重視し伝統や文化への共感を伴う体験は、高価なだけのぜいたくさではなく心の豊かさを求める新しいラグジュアリーな旅の1つのカタチといえる。

ハイダハウス 伝統文化のシェアが生む共感

ハイダハウスではすべてのプログラムでカルチュラルインタープリターがハイダの歴史やその背景にあるストーリーを話してくれる

中部のトゥレル地区の森の中にあるハイダハウスは、ハイダの人々の考え方を体現する宿泊施設の1つだ。ロッジ10室、キャビン12棟がある。食事から体験プログラムまですべて含んだオールインクルーシブで1泊1人当たり約10万円と高額だが、予約をとるのが難しい施設になっている。

「ハイダの人々はとてもおおらかで、訪れた人と食べ物をはじめ多くのものをシェアする伝統があります。文字を持たなかったことから、さまざまなストーリーを話すことで文化を共有したいと考えています。この施設は訪れる人とそうした関係を築くことを目指しています」。施設を運営するハイダツーリズムのディレクター、キャシー・ジェームズさんはこう話す。

「顧客に話を聞き、どんなプログラムがふさわしいか考えているときが楽しい」と話すキャシー・ジェームズさん

ツアーは予約時から始まる。顧客が予約をするとオンラインや電話などで、なぜ顧客がこの施設を選んだのか、何に興味を持っているのかなどを聞きとる。そして、その人に合った体験プログラムを用意する。

「私たちは単に良いサービスを提供するためだけに、事前にコンタクトをとって質問をするのではありません。顧客のことをよく理解したいと本当に思っているのです」。キャシーさんはハイダ流のおもてなしは相手を知ることから始まると話す。実際、顧客が施設を訪れチェックインするときは、お互い昔からの知り合いに会ったような気分になるという。

プログラムは多彩だ。南部の島々へのツアーはもちろん、森の散策やハイキング、海でカヤックを漕ぐなど顧客に合わせて準備する。織物や籠を編むデモンストレーションや、芸術家の工房を訪問するプログラムもある。共通しているのは、どんなツアーもカルチュラルインタープリター(文化の通訳者)と呼ばれるハイダのスタッフが案内をすることだ。カルチュラルインタープリターは単なるガイドではなく、ハイダの歴史を踏まえ、プログラムに適したいろいろなストーリーを顧客に伝える。

ハイダハウスがハイダ流おもてなしにこだわる理由はその成り立ちにある。

2000年代後半、ここは欧米の富裕層がアメリカクロクマをハンティングするためのロッジだった。しかし、それはハイダの考え方とは相いれないものだった。ハイダの自治組織、ハイダネーション評議会は娯楽を目的としたアメリカクロクマの狩猟を禁止しており、傘下の公社を通じてこのロッジを買い取ることにした。そして、ハイダ文化を体験してもらうロッジとして2012年に再オープンした。ハイダハウスはハイダの人々が伝統文化を自らの手で守り、自らの言葉で伝える場所なのだ。

「訪れた当初は単なる観光客だった人も、こうした体験を通じて、ここを去るときにはハイダ文化を伝えるアンバサダーになっている」(キャシー・ジェームズさん)

地域の人々と旧知の友人のように出会い、独自の伝統や文化を体験する。こうした旅行は環境保護だけでなく、地域の伝統を守ることにもつながる。ハイダハウスはハイダ流のおもてなしで新たなラグジュアリーを担う観光施設となっている。

ハイダアート 民族の文化復興を主導、観光でも注目

トーテムポールが特徴のハイダ・ヘリテージ・センター(◎Destination British Columbia)

トーテムポールを中心としたハイダ文化への関心の高まりに大きな役割を果たしたのはハイダアートだ。廃虚となったハイダグワイの村からはその後、トーテムポールが国外に持ち出されたほか、言語を含むハイダ文化の継承自体が禁止された。そうした暗黒時代を経て、ハイダ文化復興の役割を担ったのがハイダの芸術家だ。

「アートは民族の文化そのもの」と話すジスガング・ニカ・コリソンさん

その中心にいたのがビル・リード。1950年代から彫刻などハイダの神話に根差した作品を次々発表し、ハイダアートの魅力を世界に伝えた。そしてその意志を継ぐ多くの著名芸術家は現在も北部のオールドマセットの工房で精力的に作品づくりに取り組んでいる。オールドマセットは工房が立ち並ぶハイダアートの中心になっている。

中部スキッドゲートにあるハイダ・ヘリテージ・センターはそうしたハイダアートを保存するだけでなく、ハイダの生活様式を将来にわたって継続させる目的で作られた施設だ。ハイダの6つの集落を代表する6つのトーテムポールが立ち並ぶ特徴的な建物で、博物館やパフォーマンス・ハウス、トーテムポールやカヌーを製作する工房などから成る。伝統的なハイダアートだけでなく現代の作品も展示されているほか、織物やカヌー、トーテムポールといったハイダ文化を理解するための多数のプログラムが用意されている。

「アートは民族の文化そのものです。これを取り上げられたら、もはや民族とは言えません」。ビル・リードの孫でハイダグワイ博物館のエグゼクティブ・ディレクターを務めるジスガング・ニカ・コリソンさんは文化の継承を禁じられたハイダの人々の苦難の歴史を念頭に、文化を継承する大切さを訴える。博物館を訪れれば、トーテムポール、彫刻、織物、版画といったハイダアートを一堂に見ることができ、ハイダの歴史や世界観を知ることができる。

  • 創作の合間に地域の子供たちに彫刻を教えるジム・ハートさん

  • 「観光客を受け入れる新たな文化施設が必要」と話すクリスチャン・ホワイトさん

首都オタワのカナダ国立美術館にある「三人のウオッチマン」などで有名なジム・ハートさんは工房のあるオールドマセットで、創作の合間に地域の子供に彫刻を教えている。2022年、オールドマセットにトーテムポールを建てて伝統儀式ポトラッチを実施したクリスチャン・ホワイトさんは観光客の増加に対し「新たに文化施設を追加しハイダの文化を自分たちで伝えていく機会を増やす必要がある」と話す。2人とも創作と地域社会への貢献を通じハイダの伝統を継承しようとしている。

ハイダの人々がアイデンティティーと誇りを取り戻す原動力となったハイダアートはいま、その魅力で観光客も引きつけている。

博物館のジスガング・ニカ・コリソンさんは「博物館は、ハイダの人々と訪れる人がお互いの文化を理解し合えるような相互交流の施設にしたい」という。

伝統文化を守り伝え、サステナブルな未来をつくる。ハイダの人々の姿勢は太古の昔も今も変わらない。

バンクーバー国際空港にはハイダ族などの先住民アートが多く飾られる(写真はビル・リード「ハイダグワイの精神、ジェード・カヌー」)

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