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『だから私は推しました』から目が離せない理由 “上昇”と“下降”を繰り返す独特な構造を探る

リアルサウンド

19/8/31(土) 12:00

 「だから……推したんです。だから私は推しました」

 本作、第1話の冒頭は、主人公・遠藤愛(桜井ユキ)の長い独白からはじまる。その裏でカットバックする映像には、手術室に勢いよく運びこまれるストレッチャーと、キャリーケースを引っ張りながら疾走する女性・ハナ(白石聖)の姿が。どうやら本作のタイトル『だから私は推しました』には、地下アイドルを「推しました」という意味に加え、瓜田(笠原秀幸)なる男を「押し倒しました」という意味づけがなされているらしい。

 8月31日の放送で第6話を迎えるNHKよるドラ枠『だから私は推しました』(全8話)。「地下アイドル業界」やそこにハマっていく「女オタ」のリアルな姿を描くことで、アイドル好きではなくても「好きなもの」に忠実に生きたいと望む視聴者の心情に直撃するドラマになっている(参照記事:『だから私は推しました』をアイドルオタクが見ると? 「現場あるある」の数々とそのリアリティ)。

 しかし本作から、なんだか目が離せないのは、そうした共感に加え、もうひとつ大きな理由があるようにも思うのだ。それは、タイトルのもつダブルミーニングにも関連した、ストーリーが孕む“不安定感”。アイドルとそのオタクの単純なサクセスストーリーにはなっていかないところにこそ、本作に惹きつけられてしまう謎の魅力が隠されている。 

「上昇」と「下降」を繰り返す不安定な旅路

 言ってしまえば地下アイドル自体が、いつ無くなってしまうかわからない危うい存在だからこそ、それをリアルに描く物語の構図や登場人物たちの心情面・経済面が不安定になるのは当然のことかもしれない。しかし、このドラマにさらなる「不安定感」が生まれているのは、「上昇」と「下降」という相反するイメージがないまぜなまま内包されているからだ。

 まずこのドラマを構成する2つの大きな要素として、地下アイドルである「サニーサイドアップ」(通称サニサイ)を愛たちが地上へ押し上げていくという「上昇」のストーリーと、愛が瓜田を押し倒すまでにいったい何があったのかを探る「下降」のストーリーが存在していることがわかるだろう。ここでは、サニサイが地上へと“上がる”につれ、瓜田が“落ちる”刑務所のシーンへと近づいていく、反比例のギミックが仕掛けられている。

 「上昇」と「下降」の混交が作りだすストーリーおよび登場人物の不安定感は随所に現れている。例えば第2話では、異常なほどハナに執着する瓜田を遠ざけるために、愛はチェキ券の購入システムに手を加えることを提言する。システムが変わったことでハナに意外な人気があったことがわかるのだが、一方の瓜田はハナが自分の手から離れていくことに耐えられなくなり、その後はライブに現れなくなる。この場面は普通に考えれば一件落着に見えるものの、実際、瓜田という太客(多額のお金をつぎ込む客・ファンのこと)はハナの生命線であり、唯一の給与であるキックバックの額は“下がって”しまう。

 その後の第4話、大型アイドルフェスへの出場をかけた大事な期間に、アルバイトとの両立で多忙を極めたハナはライブ中に卒倒する。これはもしかしたら、瓜田がいれば起こらなかったことかもしれない。推しの辛労に触発された愛は、風俗的な手法でなんとかお金を見繕い、ハナおよびサニサイを“地上の”アイドルフェスに立たせることを成功させる。ここで「光の海」と称される黄色いペンライトに染め上げられた会場はどうしようもなくきれいだけれど、その裏で起こっている現実に光が当たることはない。

 第3話では同僚にアイドルオタであることを勇気をもって告白すると「共依存。カウンセリングとか行ったほうがいいよ」と虐げられてしまい、第5話では人気が出始めて上昇線を辿るはずのグループがメンバー間の喧嘩に足止めをくらう。これらはなにもドラマだからといって過剰に描いているとは思えない。現実に即しながら、この世界では「上昇」あれば「下降」あり、どこまでいっても“不安定感”が追いかけてくる。

 この不安定だけど(だからこそ)目が離せないという本作の魅力は、動線や舞台を使った演出の役割も大きい。とりわけ、「上昇」と「下降」にも直接つながるものとして、本作に「階段(あるいはエスカレーター)」が頻出するのは最も印象的だ。

 第1話で愛が恐る恐る地下のライブ会場に歩みを進める場面。第3話で同僚から離れ、サニサイがライブをする広場に降りていく場面。第5話で小豆沢(細田善彦)と花梨(松田るか)が互いの心を解放する階段に、「いじめられていた」と言うハナが学校で友達とすれ違う階段、それに重なる、愛と同僚が“すれ違わない”エスカレーター。そのどれもが階段を“下る”シーンであることも見逃せない。要するに、こうした演出は彼女たちが地上を求めて「上昇」しているように見えて、一方では「下降」することを止められないでいることを示唆しているのかもしれない。その無限に上昇・下降を続ける構造はまるで、エッシャーのだまし絵で知られる「ペンローズの階段」のようだ。

 少し飛躍しすぎたかもしれないが、本作の魅力はこの不思議な構造に裏打ちされているように思える。それゆえに、現時点ではどのような結末を迎えるのか、まるで想像がつかない。登場人物たちと一緒にゴールの見えない迷路に迷い込んでしまった私たちには、結末がどうであれ、もう「愛とハナの行く末を見届ける」という選択肢しか残されていないのだ。

■原航平
ライター/編集者。1995年生まれ。映画、ドラマ、演劇などのカルチャーをむさぼり食らう日々。Twitterブログ

■放送情報
よるドラ『だから私は推しました』
NHK総合にて、毎週土曜23:30〜23:59放送(全8回)
出演:桜井ユキ、白石聖、細田善彦、松田るか、笠原秀幸、田中珠里、松川星、天木じゅん、澤部佑、村杉蝉之介ほか
作:森下佳子
音楽:蔡忠浩(bonobos)
制作統括:三鬼一希
プロデューサー:高橋優香子
演出:保坂慶太、姜暎樹、渡邊良雄

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