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樋口尚文 銀幕の個性派たち

田中邦衛、何も担わず彫塑のように立つ

毎月連載

第70回

写真:読売新聞/アフロ

引き立て役の位置が敷衍されてゆく

わが国の個性派俳優の至宝ともいうべき田中邦衛が逝った。田中は体調を崩して、もうここ10年以上表舞台を去っていたのに、あまりそういう気がしないのはなぜだろう。それはもちろん多チャンネル化や配信の普及で、旧作の数々が以前より気軽に観られるようになったので、田中のように映画からドラマまで幅広い作品で活躍しまくったバイプレーヤーはしょっちゅう目にふれていたのかもしれない。だがそれ以上にあの風貌や演技のアクの強さがずば抜けているので、10年くらいで薄らぐ印象ではなかったとも言えるだろう。

そんな田中邦衛は岐阜県土岐市の窯元に生まれたが、デビュー前の逸話が面白すぎる。1932年生まれなのでたとえば大島渚監督と同い年なのだが、ちょうど終戦の年に地元の中学(旧制)に入るや、あまりに不良行為を繰り返すので手を焼いた父からなんと千葉県柏市の高校にむりやり転校させられてしまう。その後はおとなしく系列の短大まで出て郷里に戻って実家の窯業を手伝い、その後は教員が不足した地元の中学で臨時教員となるも、元不良生徒だけに子どもたちを叱れず、なんとも心もとない感じであった。

この頃に名古屋で滝沢修が演じ舞台『セールスマンの死』を観て大感激、はじめて俳優という仕事にあこがれて、十カ月だけの教員生活に見切りをつけ上京、1955年に俳優座第七期の研究生となる。同期は露口茂、井川比佐志、山本學、水野久美らであった。58年に正式に団員となり、いちおう『三文オペラ』『フィガロの結婚』などの舞台に立つも、田中を輝かせたのは映画であった。

さまざまな端役を経て初の大役だったのが1961年の加山雄三『若大将』シリーズ第一作『大学の若大将』のおなじみ「青大将」というキザなドラ息子役で、以後シリーズ17作中の16作にレギュラーとして登場、人気を博した。田中はあまりに個性派なので二枚目の主役の安心な引き立て役であり、しかも自身にも三枚目としてわかりやすい人気もあるので作品の面白さにも貢献してやまない。このポジションゆえにたとえば東宝では若大将―青大将の構図を敷衍して1962年には岡本喜八『どぶ鼠作戦』からなんと黒澤明『椿三十郎』にまでお呼びがかかるのであった(1965年に始まる『網走番外地』の高倉健との関係性も後の『冬の華』『居酒屋兆治』『夜叉』などに持ち越される)。

映画『おとし穴』©1962 草月会

横顔のない凄まじきプレゼンス

だが、こうした撮影所の娯楽作における個性派三枚目というポジションにとどまらず、田中の秘めし怪優的なニュアンスを買ったのが勅使河原宏で、「青大将」人気も定着してきたこの1962年に、安部公房脚本の初の長篇劇映画『おとし穴』で正体不明の殺し屋役に起用したのだった。田中が初めて映画に出たのは、57年の今井正監督『純愛日記』で、俳優座の同期の井川比佐志と一緒だったが、この『おとし穴』は井川が主演し田中がごく目立つ役で助演した。大島渚のように新劇演技を嫌う監督もいたが、小林正樹や勅使河原宏といった作家は芸術性の強い作品を志向しつつ、井川や田中のような俳優座カラーの強い硬質な演技をむしろ好み、作品を端正なものにする重要な因子とした。

もちろんその俳優座カラーもきっちりと練られた演技という意味においては森川時久『若者たち』の土建業の長男役などで遺憾なく発揮され、なんと本作の演技で田中は毎日映画コンクール主演男優賞を獲得し、この延長上にドラマ『北の国から』の父親役や映画『学校』の労働者役の演技があるのだろう。こうした作品での役柄の背景を背負った熱演が田中の存在をポピュラーなものにしたことは確かだが、私は勅使河原宏のように田中を何も担わない硬質で冷えた彫像のように撮る監督作品において、彼の本当のプレゼンスがむき出しになっていたという気がする。

『仁義なき戦い』シリーズにおける槇原政吉も人間関係の網の目を人格を感じさせずにくぐり抜ける記号のようなあり方が印象深い。岡本喜八の『ブルークリスマス』では妹の竹下景子に恋人の勝野洋を紹介される所在なげなタクシーの運転手といった役だったが、何も説明ぬきにふらっと出て来て、全く無言で出番が終わった。だが、この物語上の人格のない田中がそのことによってまさに映画的な人格を体現するのだった。岡本喜八は、田中の見た目だけを買い、見た目だけを活かした。田中はその酷薄な視線に耐えうる稀有な素材であったが、しかしそれを仕掛けてくるのは岡本や勅使河原のようにごく一部の選ばれし作家のみであった。

田中邦衛作品 最新上映作品

●シネマヴェーラ渋谷「没後二十年記念 アートを越境する―勅使河原宏という天才」(6/5〜18)で上映。
『おとし穴』(1962)

●新文芸坐「追悼・田中邦衛 優しさとユーモアと」(6/27〜7/4)で以下上映。
『網走番外地 望郷篇』(1965)
『若者たち』(1967)
『人斬り与太 狂犬三兄弟』(1972)
『トラック野郎 爆走一番星』(1975)
『ダイナマイトどんどん』(1978)
『浪人街』(1990)
『学校』(1993/)
『福耳』(2003)
『おとし穴』(1962)(レイトショーで上映)

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』『葬式の名人』。新著は『秋吉久美子 調書』。『大島渚 全作品秘蔵資料集成』(編著、近日刊行予定)。

『大島渚 全作品秘蔵資料集成』監修:大島渚プロダクション 編著:樋口尚文 国書刊行会・近日刊行予定

『葬式の名人』

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

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