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池脇千鶴の変化していく姿が与える勇気と希望 『その女、ジルバ』は“再生の物語”に

リアルサウンド

21/1/23(土) 8:00

「ホステス求ム! 40才以上」

 40才“以上”? 40才“以下”の間違いではなくて?……と思わず目を疑ってしまうようなチラシをまさに40歳を迎える誕生日当日に発見した、池脇千鶴演じる笛吹新がヒロインのドラマ『その女、ジルバ』。現在、東海テレビ「オトナの土ドラ」枠で放送されている。

 本作は有間しのぶによる同名コミックが原作。恋人との結婚は直前で破談、大手百貨店のアパレル店員として働いていたが、「姥捨て」と揶揄される物流倉庫へと左遷された新が、熟女BAR「OLD JACK&ROSE」でホステスとして働きながら失った希望と自分への自信を取り戻していく、いわば再生の物語だ。

 10代の頃は誕生日が嬉しくて仕方がなかったのに、20代、30代、40代と年を重ねるたびに憂鬱な気分になり、純粋に「おめでとう」という言葉に喜べなくなるのはなぜだろう。とりわけ、何かと年齢へのこだわりが強い日本では、“年を取ること“を、多くのものを失う”、“終りに向かっていく”といったネガティブなイメージと結びつける人が多い。

 新も例外ではなく、記念すべき40才の誕生日当日をいつも以上に暗い顔で過ごしていた。通勤途中には、体調が悪そうに一人公園でうずくまる高齢の女性に未来の自分の姿を見る。

 図らずもドラマが始まる約2カ月前、都内で路上生活者の女性が通りがかった男性に暴行され、たった一人で亡くなった。もともと親族とは疎遠で一人暮らしをしていたが、2020年3月頃に家賃滞納でアパートを追い出され、路上で生活を送りながら立ち直りを模索していた途中だったという。

 この事件を受け、2020年12月には殺害された女性を追悼する集会とデモが代々木公園で行われた。参加者が掲げた「彼女は私だ」というプラカードは、未婚で経済的に不安定な女性の多くが、新のように「いつか都会の片隅で行き倒れるかもしれない」という恐怖に怯えていることを物語っている。

 しかし、新が見たその女性は「OLD JACK&ROSE」で“くじらママ(草笛光子)”と親しまれるホステスだった。勇気を出して重い扉をあけたその向こうで、新はくじらママだけではなく、ひなぎく(草村礼子)、ナマコ(久本雅美)、エリー(中田喜子)という活気に満ち溢れた年上の女性たちに出会う。彼女たちは人生の先輩として、新に「いくつになっても女性は輝ける」ことを証明していくのだ。

 普段は職場で再会した元恋人の前園(山崎樹範)から「老けたな」と言われたり、若い男性から「おばさん」と呼ばれて傷ついたり……。けれど、ひと度“アララ”という源氏名をつけられた新は、お店で「ピチピチ」「ヤングギャル」とちやほやされ、少しずつ自分に自信を持ち始める。

 年配の女性が活き活きと人生を謳歌し、その姿が魅力的に描かれる海外映画を一本観終わったような高揚感。同時にこのドラマは、誕生日をバーの仲間に祝われ、思わず泣いてしまうような新と、彼女と同じ境遇に立つ女性たちの孤独を包み隠したりはしない。バーを出れば、そこは現実。せっかく前向きな気分になっている新に、彼女がホストにハマっていると勘違いした同僚たちが釘を刺す。シンデレラストーリーのようで、ちゃんと現実に根を張っているからこそ、リアリティがあって共感できるものになっている。

 何より、新を演じる池脇の変貌ぶりには目を見張るものがある。池脇は新と同年代だが、普段は童顔でいくつになっても少女のような愛らしさを持つ女優だ。しかし、一転してドラマの新パートでは、メイクで顔はやつれ、背中も自信なさげに丸まり、表情は常にぶすっとしている。映画『ジョゼと虎と魚たち』で女優として確かな存在感を残してから約17年間、これだけ悲壮感に溢れる池脇は見たことがない。

 だが、それも最初だけ。第2話で女としての自信を取り戻すためにダンスの特訓を受け、運動への苦手意識を克服した新は“諦めるのを辞めた”。通勤にもチェックのワンピースを着用、いつもひっつめていた髪を下ろし、前園も思わず「かわいい……」と見惚れる仕上がりに。

 変化する前の新は、まるで呪いにかけられたお姫様のようだった。「“もう”40歳なんだから」「若くないんだから」という周囲から無意識にかけられた言葉の呪い。それをくじらママたちが、「女は40から」「捨てていいのは操と過去だけ」「これからの大切な人生を命ある限り、生きていきましょう」といった前向きできらめく魔法のような言葉で解いた。見る見るうちに美しくなっていく新の姿は、多くの視聴者に勇気と希望を与えるだろう。

 そして、池脇は本作で一人二役を務めている。バーのマスター・幸吉(品川徹)の思い出の中で立ち現れた初代ママ・ジルバを演じる池脇は、新ともアララとも違う、戦前戦後を乗り越えた、逞しくしなやかな淑女だった。“二者三様”の顔を使い分ける池脇の微妙な変化も堪能できる。

 最後に、新がバーで過ごした日々は2019年が舞台となっていることにも触れておきたい。2020年の現在パートでは新がマスクを着用していることからも、ドラマは原作にないコロナ禍の状況も描かれそうだ。「OLD JACK&ROSE」はコロナで大打撃を受けた飲食店、さらに働いているのはコロナにかかれば重症化しやすい年齢の女性たち。これまでにない厳しい状況をママたちはどう乗り越えていくのか。願わくば、明日を生きる糧になるラストを迎えてほしい。

■苫とり子
フリーライター/1995年、岡山県出身。中学・高校と芸能事務所で演劇・歌のレッスンを受けていた。現在はエンタメ全般のコラムやイベントのレポートやインタビュー記事を執筆している。Twitter

■放送情報
『その女、ジルバ』
フジテレビ系にて、毎週土曜23:40~24:35放送【全10回(予定)】
出演:池脇千鶴、江口のりこ、真飛聖、山崎樹範、中尾ミエ、久本雅美、草村礼子、中田喜子、品川徹、草笛光子
企画:市野直親(東海テレビ)
原作:『その女、 ジルバ』(有間しのぶ、 小学館『ビッグコミックス』刊)
脚本:吉田紀子
音楽:吉川慶、HAL
監督:村上牧人、根本和政、室井岳人
プロデューサー:遠山圭介(東海テレビ)、松本圭右 (東海テレビ)、雫石瑞穂(テレパック)、 黒沢淳(テレパック)
制作:東海テレビ、テレパック
(c)東海テレビ
公式サイト:https://www.tokai-tv.com/jitterbug/

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