ことばの疑問

指示詞「これ」「それ」「あれ」は、どんなふうに使い分けられていますか

2019.03.01 金井勇人

質問

指示詞「これ」「それ」「あれ」は、どんなふうに使い分けられていますか。

これ、それ、あれ

回答

「これ」「それ」「あれ」などの指示詞は、基本的には、指示対象までの距離に応じて使い分けられます。以下では、さらに詳しい使い分けについて見ていきますが、その前に用語をいくつか導入しましょう。まず、近距離を指す「これ」を《近称》、中距離を指す「それ」を《中称》、遠距離を指す「あれ」を《遠称》と呼ぶことにします。そして、会話の現場にある対象を指すことを《現場指示》、会話の現場にない対象を指すことを《非現場指示》と呼ぶことにします。それでは、はじめましょう。

近称(これ)

太郎が手に持っているスマホを花子に見せています。

(a)
太郎「これ、買ったばかりの新しいスマホ」
花子「あ、画面が大きくて使いやすそう」
二人でスマホを見ている

太郎は近距離にあるスマホを、近称の「これ」で指しています。スマホは会話の現場にあるので、(a)の「これ」は《現場指示》ですね。それでは次の発話は、どうでしょうか。

(b)
この間、札幌でラーメンを食べたんだけど、これが絶品でさあ!
おいしいラーメンを思い出して語る

ラーメンは会話の現場にある対象ではありません。(b)の「これ」は、あくまで文章で前に登場した言葉(先行詞といいます)であるラーメンを指しています。これが《非現場指示》です(文脈指示ともいいます)。

それにしても、ラーメンは会話の現場にないのに、まるで《目の前にあるような感じ》がしますね。「これ」は《非現場指示》でも、《近称》の性質を保っているのです。したがって目の前にあるような臨場感を出したいときは、近称(これ)が選ばれやすくなります。

中称(それ)

電車の中で、太郎と花子が並んで座っています。2人の目の前(1mぐらい)のところに何か落ちています。

(c)
太郎「あ、それ、何だろ?」
花子「誰かが落とした財布じゃない?」
財布を指さす

2人(太郎と花子)から中距離にある対象(財布)は、中称の「それ」で指せます。ただし中称には《独り言では使いにくい》という特殊な性質があります。独り言では「あ、それ、何だろ?」とは言いにくいことを確認してください。

もう1つ、見てみましょう。電車の中で、太郎と花子が向き合って座っています。

(d)
太郎「あ、それ、何?」
花子「さっき買ったジュース。飲む?」
向かい合って、ジュースを手に持っている

(d)の「それ」は、聞き手(花子)の領域にある対象(ジュース)を指します。

このように《現場指示》の中称(それ)は、《中距離にある対象を指す》《聞き手の領域にある対象を指す》という、どちらも重要な2つの役割を持っているのです。

それでは《非現場指示》の中称は、どのような意味を表わすでしょうか。

(e)
この間、札幌でラーメンを食べたんだけど、なんか、それ、イマイチだったんだよね…。
ラーメン屋を思い出している

「それ」で指すと、「これ」で指したときの《目の前にあるような感じ》が消え、あくまで文章の中に存在する先行詞と《客観的に照応させる感じ》になることを確認してください。「それ」は《非現場指示》でも、中立的な指し方をするのです。したがって、特に目立ったニュアンスを出したくないときは、中称(それ)が選ばれやすくなります。

遠称(あれ)

山登りをしている太郎と花子。頂上に着いて、景色を眺めています。

(f)
太郎「あれ、スカイツリーだよね?」
花子「そうね、ずいぶん遠くからも見えるのね」
遠くのスカイツリーを見ている

太郎と花子から遠距離にあるスカイツリーを、遠称(あれ)で指しています。ただし、遠称の場合は、中称とは違って《独り言でも使える》ことを確認してください(ちなみに、近称も独り言で使えます。独り言で使いにくいのは中称だけです)。

それでは、遠称は《非現場指示》では、どのように使われるでしょうか。

(g)
太郎「昨日、喫茶店で食べたケーキあれ、おいしかったね」
花子「そうね、あれ、また食べたいな」
ふたりでケーキを思い出している

このように、《非現場指示》の遠称(あれ)は、記憶内の対象(ケーキ)を指します(記憶指示といいます)。記憶内にある対象は、過去の出来事や事物です。過去は、現在から見て《遠い》イメージを持っているので、遠称(あれ)が記憶指示に転用されるわけです。

実は(g)で「あれ」を使えるのは、花子の記憶内にも「ケーキ」があるときだけです。太郎は「昨日、一人でケーキを食べに行ったんだけど、×あれ、おいしかったよ」とは言えませんね。基本的に「あれ」は、話し手と聞き手の《共有知識》を指すのに使われます。

ただし、「この間、札幌でラーメンを食べたんだけど、あれ、おいしかったなあ」のように、独り言っぽく《思い出》を指すときは、聞き手が知らなくても「あれ」が使えることがあります。

以上、「これ」「それ」「あれ」の使い分けを見てきました。「こ~」「そ~」「あ~」の3つだけで、あらゆるものが指せるなんて、指示詞というのは良く出来ていますね!

(表1)

現場指示 非現場指示(文脈指示)
近称
(これ)
(a)近距離にある対象を指す

二人でスマホを見ている

(b)目の前にあるような臨場感を伴って先行詞を指す

おいしいラーメンを思い出して語る

中称
(それ)
(c)中距離にある対象を指す
(d)聞き手の領域にある対象を指す財布を指さす、ジュースを手に持っている
(e)客観的に照応させる感じで先行詞を指す

ラーメン屋を思い出している

遠称
(あれ)
(f)遠距離にある対象を指す

遠くのスカイツリーを見ている

(g)記憶内にある対象を指す

ふたりでケーキを思い出している

書いた人

金井勇人

金井勇人

KANAI Hayato
かない はやと●埼玉大学大学院 人文社会科学研究科 教授。
埼玉大学にて外国人留学生に対する日本語の授業、および大学院生に対する日本語学の授業を担当している。主著に『なにげにてごわい日本語』(共著、すばる舎、2011)、『わかりやすく書ける作文シラバス』(共著、くろしお出版、2017)などがある。

参考文献・おすすめ本・サイト

  • 金水敏・田窪行則 編(1992)『指示詞 (日本語研究資料集 第1期 第7巻)』ひつじ書房