食のやりすぎ“推し”伝説

缶ビール「ザ・モルツ」が消える! 最新作「サントリー生ビール」と飲み比べ

フードアナリストの独自視点で、知られざるフードや銘酒を深掘りするコラム連載企画「食のやりすぎ“推し”伝説」第3回は、サントリーの新作ビールにまつわる“モノ語り”を紹介します。

今回の“モノ語り”の肝は、2023年10月1日に予定されている酒税の改定です。改定後は、ビールの価格が実質安くなるいっぽう、第3のビール(新ジャンル)の価格は高くなります。各メーカーは近年、この改定を想定してビールに注力しているのですが、さっそく4月4日にサントリーから新製品「サントリー生ビール」が発売されました。

「サントリー生ビール」の公式サイトより

「サントリー生ビール」の公式サイトより

この背景には、サントリーの缶ビール「ザ・モルツ」が競合製品の「アサヒスーパードライ」「キリン一番搾り生ビール」「サッポロ生ビール黒ラベル」とのシェア争いに苦戦している状況があったと言えるでしょう。

ちなみに、「ザ・モルツ」はプレミアムビールカテゴリーの「ザ・プレミアム・モルツ」のことではなく、レギュラービールカテゴリーのものを指しています。

そんな「ザ・モルツ」は、「サントリー生ビール」の販売に集中するため、2023年3月いっぱいで缶タイプの製造終了が発表されました(業務用の瓶や樽は継続販売)。

左が「ザ・モルツ」で、右が「サントリー生ビール」。デザインからしてガラッと変わりました

左が「ザ・モルツ」で、右が「サントリー生ビール」。デザインからしてガラッと変わりました

そこで本稿では、「ザ・モルツ」と「サントリー生ビール」を飲み比べて、味がどう異なるのかをレポート。また、個人的には「ザ・モルツ」の終売に驚いたこともあり、改めてその歴史とともにどんな製品だったのかも紹介します。

サントリー成功のシンボルとも言える「モルツ」

「サントリー生ビール」の特徴は多方面で紹介されているので、本稿では先に「ザ・モルツ」について改めて解説します。

まず、その終売に驚いた理由から。そもそも、筆者は「ザ・モルツ」が歴史深い製品であるとともに、名称としての「モルツ」はサントリーのプライドのような存在だと認識していました。

歴史をさかのぼってみましょう。

サントリーのビール事業は、1963年に産声を上げました。以来、数々のブランドが生まれては消え、「ザ・モルツ」の前身「モルツ」は1986年に誕生。それでもビール事業は受難の時代が続きますが、起爆剤となったのが2003年にデビューした先述の「ザ・プレミアム・モルツ」です。2008年、ビール事業は開始から45年を経て黒字に転じました。

「サントリー生ビール」新商品発表会の資料より

「サントリー生ビール」新商品発表会の資料より

「ザ・モルツ」と「ザ・プレミアム・モルツ」

「ザ・モルツ」と「ザ・プレミアム・モルツ」

そんな「ザ・プレミアム・モルツ」は、名称からしてDNAに「モルツ」が入っているでしょうし、「モルツ」はサントリービールの成功シンボルとも言っても過言ではないでしょう。

そして、「モルツ」の英語表記「MALT'S」は「モルト(大麦麦芽)の」という意味ですが、モルトはウイスキーに欠かせない原材料。そうです。サントリーは、今や「世界五大ウイスキー」に名を連ね、世界一と評される銘柄も多数存在するジャパニーズウイスキーを生んだ企業。これらのことから、筆者は「モルツ」がサントリーのプライドのような存在だと考えていたのです。それに、サントリーが手掛ける第3のビールのロングセラー「金麦」も英訳すると、「金(ゴールド)麦(モルト)」的な意味合いですよね。

以上のことから、「ザ・プレミアム・モルツ」は残すものの、レギュラービールカテゴリーから「モルツ」を撤退させることは、サントリーとしても苦渋の決断だったでしょうし、筆者としても驚きだったわけです。

余談ですが、サントリーは日本初の発泡酒ビール「HOP'S(ホップス)」を1994年に発売しています。それはやがて市場から消えてしまいましたが、「ホップ」推しの製品だったのでそこに驚きはありませんでした。

「ザ・モルツ」はUMAMIのビールだった

前置きが長くなりましたが、ここからは「ザ・モルツ」がどんな製品だったのかを解説しましょう。

最大の特徴は「UMAMI(うまみ)」。「ザ・モルツ」は「モルツ」の進化版として2015年に登場し、持ち前の苦味やコク、甘みが複層的に感じられるようにアップデートされましたが、このおいしさを「UMAMI」と表現し、「UMAMI グッとくる‘うまみ’」と缶にも表記していました。

ビールの仕込み釜を連想させるカッパー色のパッケージや、大麦のイラストも印象的

ビールの仕込み釜を連想させるカッパー色のパッケージや、大麦のイラストも印象的

味覚設計で参考にしたのは、「ザ・プレミアム・モルツ」と「ザ・プレミアム・モルツ マスターズドリーム」です。両製品で使われている希少な「ダイヤモンド麦芽」を一部で使用するとともに、発酵制御技術も上位品を手本に「UMAMI発酵製法」として新採用。さらに独自の「HHS(高温高圧蒸気)製法」で加工した麦芽を使うことで、爽快で飲み飽きない味に仕上げられました。

泡立ちも“神泡”ゆずりのクリーミーさ

泡立ちも“神泡”ゆずりのクリーミーさ

なお、後述の解説で重要になってくるのが原材料です。「ザ・モルツ」は麦芽とホップ(ほかに水や酵母)で醸造。これは「ザ・プレミアム・モルツ」や「ザ・プレミアム・モルツ 〈ジャパニーズエール〉香るエール」も同じです。

「サントリー生ビール」は原料も「ザ・モルツ」と異なる

いっぽう、新作の「サントリー生ビール」は、麦芽とホップのほかに、コーングリッツ(トウモロコシの外皮や胚芽を除去し、主にでんぷん部を挽き割りにしたもの)や糖類も使用しています。さらに、糖化工程において仕込釜で麦汁を煮出す「デコクション」を3回実施する「トリプルデコクション製法」を採用。この製法を行うと、一般的に甘みやコク深さ、まろやかさが豊かになると言われており、パッケージに書かれた「トリプル生」はこの「トリプルデコクション製法」から来ているものなのです。

350ml缶と500ml缶、ともに赤い文字で「トリプル生」と書かれています

350ml缶と500ml缶、ともに赤い文字で「トリプル生」と書かれています

泡立ちはこちらもしっかりしています

泡立ちはこちらもしっかりしています

ただ、「トリプルデコクション製法」は、サントリーでは「ザ・プレミアム・モルツ マスターズドリーム」や、糖質ゼロの「パーフェクトサントリービール」でも採用されており、正直真新しい製法ではありません。個人的には、麦芽とホップ以外の副原料を使っていることのほうが「踏み込んだな!」と感じました。

「ザ・モルツ」と「サントリー生ビール」の栄養成分表記に違いはほぼなく、100ml当たりのエネルギーは43kcalと同じ。アルコール度数もともに5%です

「ザ・モルツ」と「サントリー生ビール」の栄養成分表記に違いはほぼなく、100ml当たりのエネルギーは43kcalと同じ。アルコール度数もともに5%です

「踏み込んだな!」と感じた理由は、「ザ・モルツ」からの流れを変えたことがひとつ。また、これにより“純粋な”大手4社のレギュラー代表銘柄は「キリン一番搾り生ビール」だけになったからです。“純粋な”というのは、ビール大国・ドイツの“ビール純粋令”において「ビールは麦芽、ホップ、水、酵母のみを原料とする」と定められていることに由来しています。

何はともあれ、競合の「アサヒスーパードライ」と「サッポロ生ビール黒ラベル」は、麦芽とホップのほかに米、コーン、スターチなどが使われているいっぽう、現在の「キリン一番搾り生ビール」は麦芽とホップのみを使用しています(2009年までは副原料を使っていました)。

「サントリー生ビール」の味わいイメージ

公式による「サントリー生ビール」の味わいイメージ

一般的に、米、コーン、スターチなどを使うとすっきりした味になりやすいと言われており、特に日本人の大多数が好むビールの味作りには適した副原料なのかなと思います。「モルツ」の名を捨て、過去を否定してまで挑んだ「サントリー生ビール」。まさにこれこそサントリーの「やってみなはれ精神」の産物と言えるでしょう。

「ザ・モルツ」は濃厚でしっかり、「サントリー生ビール」は淡麗ですっきり

最後に、お待ちかねのテイスティングで味を比べてみましょう。

まずは「ザ・モルツ」から。「ザ・プレミアム・モルツ」ほどではないにしろ、香りが華やかでフルーティー。味わいはコク深く余韻も豊かで、ウリである「UMAMI」をしっかりと感じます。

まろやかな口当たりとともに、ホップの華やかな香りと麦の甘みが広がります

まろやかな口当たりとともに、ホップの華やかな香りと麦の甘みが広がります

そして次に「サントリー生ビール」を試飲。なるほど、これは確かに大胆な変化だと言えるでしょう。フルーティーなアロマはやや息をひそめ、香りにはより苦味を感じる複雑な方向性に。味としての苦味も前に出ており、シャープな爽快感もしっかり。ビールならではのすっきりとしたキレが印象的で、クリアなおいしさに進化したと言えるでしょう。

こちらも口当たりは滑らかでスムース。後味はキリッとしていて、口内をすっきりさせるウォッシュアウト効果も強そうです

こちらも口当たりは滑らかでスムース。後味はキリッとしていて、口内をすっきりさせるウォッシュアウト効果も強そうです

あえてわかりやすくたとえるなら、「ザ・モルツ」は濃厚でしっかりしており、赤ワイン的で肉料理に合いそう。「サントリー生ビール」は淡麗ですっきりしており、白ワイン的に肉、魚、野菜と幅広くマッチ。特に居酒屋メニューには、バッチリ合うと思います。

「ザ・モルツ」のおいしさは特にコクに由来。いっぽうの「サントリー生ビール」は爽快でキレもしっかりしており、より飲み疲れなく楽しめるビールだと言えるでしょう

「ザ・モルツ」のおいしさは特にコクに由来。いっぽうの「サントリー生ビール」は爽快でキレもしっかりしており、より飲み疲れなく楽しめるビールだと言えるでしょう

冒頭でも述べたように、2023年10月に酒税が改定されるため、秋以降はビールの販売動向がよりクローズアップされるでしょう。そのなかで「サントリー生ビール」がシェア争いにどこまで切り込んでくるのか、引き続き目が離せない製品です。

中山秀明
Writer
中山秀明
食の分野に詳しいライター兼フードアナリスト。雑誌とWebメディアを中心に編集と撮影をともなう取材執筆を行うほか、TVや大手企業サイトのコメンテーターなど幅広く活動中。
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牧野裕幸(編集部)
Editor
牧野裕幸(編集部)
アイテム情報誌「GetNavi」や映画雑誌の編集者を経て「価格.comマガジン」へ。電動シェーバーやロボット掃除機といった白物家電のほか、加熱式タバコやホビー、フード、文房具、スポーツ、ファッションを担当しています。
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