新・ノラの絵画の時間

西洋美術史・絵画史上重要な画家たちの代表作品と生涯をまとめました。

ロヒール・ファン・デル・ウェイデンの生涯と代表作品(3) 初期フランドル派の画家ウェイデンの中期の絵画のまとめ

 

 

ロヒール・ファン・デル・ウェイデン(Rogier van der Weyden 1399/1400 - 1464)の中期と代表作品

 

 ロヒール・ファン・デル・ウェイデンは、15世紀の初期フランドル派(ネーデルランド派)の最重要画家の一人で、フランドル・ルネサンス(ネーデルランド・ルネサンス)の開祖ロベルト・カンピンの弟子でした。

 

 若い頃のファン・デル・ウェイデンの経歴は記録がないためにまったく明らかになっていませんが、ブルゴーニュ領ネーデルラントのトゥルネー(現在のベルギー)で活躍していたロジェ・ド・ラ・パステュール(Rogier de la Pasture)と同一人物だと考えられています。

 

 ロジェは35歳の時に一家でブリュッセルに移住し、その後、オランダ語の名前である「ロヒール・ファン・デル・ウェイデン」に改名したようです。

 

 今回は35歳でブリュッセルに移住したのちのロヒール・ファン・デル・ウェイデンの代表作をまとめました。

 

 

ロヒール・ファン・デル・ウェイデンのブリュッセル時代(1435年〜1450年)の代表作品

 

・1435年、ロジェ・ド・ラ・パステュール一家はブリュッセルに移住しており、この地でさらにピーテル(1437年)とヤン(1438年)の二人の息子が生まれました。その後、ピーテルは画家に、また、ヤンは金細工職人になっています。

 

 ロジェの生まれたトゥルネーは、フランス語圏だったのに対し、ブリュッセルはオランダ語圏でした。そこで、ロジェは名前をフランス語の「ロジェ・ド・ラ・パステュール」からオランダ語「ロヒール・ファン・デル・ウェイデン」に変えたと考えられています。

 

 ちなみに「パステュール」はフランス語で「牧場」を意味し、「ウェイデン」もオランダ語で「牧場」を指します。したがって、「ロジェ・ド・ラ・パステュール」も「ロヒール・ファン・デル・ウェイデン」を「牧場のRogier 」という意味になります。

 

 

1435 The Descent from the Cross(十字架降架)

 この作品はロヒール・ファン・デル・ウェイデンが、ルーヴェンのギルドの依頼で制作した祭壇画です。彼の代表作であり、初期フランドル絵画の傑作の一つと言われています。ウェイデンはこの作品で人気を不動のものとしました。

 

 

 背景は国際ゴシックの流れをくむ金色ですが、影を描きこむことによって人物が浮き出て見え、レリーフのように立体的な感じに仕上がっています。

 

 さらに、十字架から降ろされたキリストの周りの人々の嘆き悲しむ様子が、その表情や仕草から直接見るものに伝わってきます。人物に動きがあるにも関わらず、構図を三角形にまとめているため、全体として落ち着きがあります。素晴らしい出来栄えです。

 

 前回も書きましたが、ロヒール・ファン・デル・ウェイデンの作品の特徴は、人間の感情を表情や仕草で表現しているところにあります。ウェイデンは、初期フランドル派で最初に人間の情動を表現しようとした画家です。

 

 また、この作品では、泣いている両側の女性(クロパの妻マリアとマグダラのマリア)の頬に涙が見られます。この作品は涙を描き入れた最初期の絵画でもあります。

 

・1436年、ロジャーはブリュッセル市の公式画家(Stadsschilder)となりました。当時のブリュッセルはブルゴーニュ公家の宮殿があり、文化と経済の中心地でした。、ブリュッセル市の公式画家は大変な名誉職だったようです。

  

1436 Pietà 

 

1437 Saint Hubert Altarpiece(聖人フベルトゥス祭壇画)

 この作品はもともと三連祭壇画だったようですが、中心のパネルが無くなってしまい、両翼のパネルのみになってしまっています。ストーリーはオランダの聖人フベルトゥスのお話です。

 

 左パネルでは、法王セルギウス1世が、眠っている間に天使から、ランベルト司教が殺され、代りに聖フベルトゥスによって彼が司教に任命されることを告げられています。右パネルでは、聖フベルトゥスが教会の移設のため墓から掘り出されています。

 

 

 

 1442 Miraflores Altarpiece

  この三連祭壇画は、左から右にキリストの人生を描た珍しい作品です。左パネルで誕生したキリストが、中心で死んでしまい、右パネルで復活しています。右パネルの背景部分では、復活して墓場から抜け出したキリストがこちらに歩いてきています。復活したキリストと驚いたマリアの仕草がとてもユーモラスで、良い作品です。

 

 この作品の左パネルの窓にはレンズ状のガラスがはめ込まれています。このガラスのデザインはヤン・ファン・エイクがよく用いたものです。本当にファン・デル・ウェイデンの作品なのか怪しいですね。

 

 

 

 

 

1443 Christ on the Cross with Mary and St John

 中央に磔刑のキリストとすがりつくマリアが描かれています。右手にひざまづいているのは依頼主の夫婦でしょう。

 

 左パネルにはトレードマークの軟膏の壺を持つマグダラのマリアが、また右パネルには、これまたトレードマークの聖顔布を持つ聖ヴェロニカが描かれています。

 

 ちなみに、聖ヴェロニカは、十字架を背負ってゴルゴダの丘を登るイエスに、汗を拭くようヴェールを差し出した女性です。イエスが汗を拭いたヴェールには、彼の顔が浮かび上がりました。貸したヴェールに顔が浮き出てきたら嫌です。クリーニングでも落ちそうもないし、気持ち悪いですよね。聖ヴェロニカもちょっと迷惑顔にも見えます。

 

 

1445 Bladelin Altarpiece

 この作品も三連祭壇画です。両翼のおじいさんはローマ皇帝アウグストゥスです(窓の紋章が双頭の鷲担っている)。正直言ってとてもつまらない出来栄えの絵ですな。見ていてうんざりしてしまいます。

  

 

 

 

1445 Seven Sacraments Altarpiece

 教会の中でキリストが磔刑になっている珍しい作品です。中央パネルの重要な人物は大きく、サイドの人物は小さく描かれています。

 

 キリスト教の重要人物が教会内に顕現するという意味で、この絵はヤン・ファン・エイク「教会の聖母」(下図2枚目)に似通っています。教会の構図もほぼ同じです。

    ただ、ヤンが教会の窓を通して差し込む光を正確に捉えようとしているのに対して、ウェイデンは教会の中を均質の光で描いています。

 

 おそらくこの作品は「教会こそイエス・キリストである」という暗喩を含んでいるのでしょう。

 

 

  

 次回はロヒール・ファン・デル・ウェイデンの晩期、1450年以降の人生と作品です。ロヒールは、娘を失い、1450年にローマ巡礼の旅に出ました。ローマでは、大変な歓待を受け、多くの権力者からの依頼を受けました。

 

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