コラム:「安いマネー」に終止符、露呈する世界の債務問題
Hugo Dixon
[ロンドン 3日 ロイター BREAKINGVIEWS] - 2008年の世界金融危機は、過剰債務の危険を世界に教えたはずだった。しかしその後、債務は膨れあがった。国際通貨基金(IMF)によると、2007年時点で世界の総生産(GDP)に対する政府、企業、家計債務の比率は195%だったが、2020年末には256%に達している。
世界はこの債務の山を支えるのが難しくなってきた。インフレ抑制のために金利は上昇し、新型コロナウイルスのパンデミックとエネルギー危機で成長は打撃を受け、投資家はリスク回避志向を強めているからだ。このことは、とりわけ欧州、中国、「グローバルサウス(南の発展途上国)」の経済を締め付け、内政と地政学上の悪影響をもたらすだろう。
債務が拡大した原因は3つある。第1に、政府は金融システムを救済した。次にパンデミックに際して家計と企業を支えた。そして今、ガス・電気料金の高騰による打撃を和らげるために財政対応を行っている。
<QEによる債務膨張>
債務の膨張を可能にしたのは安いマネーだ。西側諸国では、中央銀行が国債などの資産を買う量的緩和(QE)の形でマネーが供給された。不況を防ぐためにQEを使ったのは正しいが、安いマネーは鎮痛剤の役割を果たしてきた。多くの政府は財政均衡を気にかけなくなり、企業と新興国市場も借り入れを増やした。
借り手がこのマネーを生産的投資に回していれば、問題はなかったかもしれない。しかし実情は、大半が非生産的な投資と消費に振り向けられた。
中国の過剰な不動産建設が、非生産的投資の代表例だ。IMFによると、中国の債務の対GDP比率は2007年から倍増した。これは中国経済を窒息させ、世界銀行がこのほど同国の成長率見通しを5%からわずか2.8%に下方修正した一因ともなった。
一方、欧州各国政府がパンデミックとエネルギー危機に対応して巨額の支援策を実施したことは、借金による消費の典型例だ。政治家たちは、最も大きな影響を被る人々に補助の対象を絞る努力をほぼ怠ってきた。
この借金の生産性の低さは、データで確認できる。国際金融協会(IIF)の債務政策部門を率いるソンジャ・ギブス氏によると、過去10年間で世界の債務は90兆ドル増えたが、GDPは20兆ドルしか拡大していない。
人為的にコストを抑えられたマネーは、リスクの高い行動を後押しした。投資家はレバレッジを駆使して高いリターンを追い求め、短期借り入れによって長期資産に投資した。先週、イングランド銀行(BOE、英中央銀行)によって事実上救済された英年金基金は前者の好例だ。変動金利、もしくは短期間だけ固定金利の住宅ローンを借りて住宅を購入する英国の習慣は、後者の事例だ。安いマネーの時代に幕が降りようとしている今、他の諸問題も浮上してくるだろう。
<債務慣れした新世代政治家>
インフレ制御のために遅ればせながら金利を引き上げているのは、中銀だけではない。放漫な借り手を戒める債券投資家、いわゆる「債券自警団」が長い眠りから目覚めつつあるのだ。
BOEが介入を余儀なくされた先週の英国債の急落は、先進国における債券自警団の目覚めを示す最初の大きな兆しだ。投資家はトラス新首相への信頼感を失った。トラス氏が減税に加え、消費者のエネルギー料金高騰を和らげるために債務を増やす方針を打ち出したことと、英国の欧州連合(EU)離脱によって英国経済の見通しが既に悪化していたことが原因だ。
しかしリスクテークに前向きなトラス氏の姿勢は、債務を増やしても問題は起こらないと考えて育ってきた世代が政治家になったことを証明している。こうした政治家は、財政収支を均衡させれば有権者から政権の座を追い出されると恐れている。中銀は、金融政策を引き締め過ぎれば景気後退(リセッション)が深刻化し、金融危機を引き起こしかねないと懸念している。しかし中銀が政府の操り人形になれば、投資家から厳しく罰せられるだろう。
危ういのは英国だけではない。イタリアとギリシャは債務の対GDP比率が高いため、特にリスクが大きい。両国の債務は持続不可能だと投資家が結論付ければ、ユーロ自体が新たな売り圧力にさらされるかもしれない。
<通貨は私、問題はあなた>
諸外国と異なり、米国はこの問題からある程度守られている。シェールガス資源を有するため、エネルギー危機に際してはどちらかと言えば勝ち組だ。しかもドル高のおかげで他国に比べればインフレの高騰が抑えられるだろう。
しかしドル高は米国以外のほぼすべての国を苦しめる。インフレ率を押し上げ、ドル建て債務を持つ国の負担を増す。過去に米国の財務長官が欧州の大臣らに対し、「ドルはわが国の通貨だが、あなたがたの問題だ」と述べてから50年余り。この格言が再び当てはまる時代が訪れた。
グローバルサウスは、新たな債務危機の入り口にいる。発展途上国は食品・エネルギー価格の高騰によって特に厳しい影響を被る。投資家のリスク回避姿勢も途上国に打撃をもたらしている。高利回り国のドル建てソブリン債は現在、米国債との利回りスプレッドが10ポイントを超えている。IIFによると、これは過去10年間の大半の期間の2倍近い。
スリランカ、ガーナ、エジプト、パキスタンの各国は既に債務問題を抱えてIMFの支援を仰いだ。IMFの記事によると、低所得国の約60%は債務返済に支障を来している、あるいはその危険がある。
今のところ、1980年代の中南米債務危機や90年代末の東アジア通貨危機ほど深刻な状態には至っていない。しかも西側の大手銀行は80年代に比べて新興国市場に対する債権額が小さい。しかしその裏側として、債権は多くの債券投資家に分散されており、その中で中国が大きな債権国となっている。こうした債権者の分散状態は債務再編を困難にする。他の債権者も痛みを分け合うと確信できない限り、棒引きに応じようとする債権者はいないからだ。
途上国は、富裕国の行動の犠牲になったと感じて怒りを爆発させかねない。途上国は世界に安いマネーを垂れ流さず、新型コロナワクチンを大量に確保せず、洪水やエネルギー危機の原因も作らなかった。自分たちの国に特に甚大な被害を及ぼしている気候変動も、自分たちに責任があるわけではない。それなのに、10年以上に及ぶ「ただ」同然のマネー供給が引き起こした問題が、欧州や中国と同様にわが身を襲おうとしているのだ。
(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」
Opinions expressed are those of the author. They do not reflect the views of Reuters News, which, under the Trust Principles, is committed to integrity, independence, and freedom from bias.