コラム:米朝首脳会談を「成功」と呼べる理由

コラム:米朝首脳会談を「成功」と呼べる理由
6月12日、外交は、最終的には機能する。だがそれはプロセスとしてであって、イベントとしてではない。写真は12日、シンガポールで握手するトランプ米大統領と北朝鮮の金正恩氏(2018年 ロイター/Jonathan Ernst)
Peter Van Buren
[12日 ロイター] - 外交は、最終的には機能する。だがそれはプロセスとしてであって、イベントとしてではない。核問題を巡る外交には、ビッグバン理論はあてはまらない。
もし今後、朝鮮半島の平和に向けた前進が何もなければ、最悪の場合、これまでの米朝の応酬や南北首脳会談、そしてシンガポールでの米朝首脳会談自体が、尻すぼみに終わった過去の対話の繰り返しになってしまうだろう。
だが今回の場合、転換点となる可能性の方が高そうだ。
今回の米朝合意は、あいまいで非核化に向けた具体的なコミットメントを欠いているため、トランプ米大統領の「敗北」だと批判するのは簡単だ。
だがそうした批判は、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が、核やミサイル発射実験の凍結、米国人拘束者の解放、弾道ミサイル実験場の閉鎖、そして新たな実験場を開設することなく主要核実験場を閉鎖することなどに合意したことを無視している。
北朝鮮が、ほんの少し前まで核実験を強行して、暗い戦争の恐怖を撒き散らしていたことを忘れてしまうのは簡単だ。
過去のより詳細な合意や外交努力に照らして、シンガポールでの米朝首脳会談が失敗だったと断じることは、過去の合意がすべて失敗に終わった現実を無視している。
米国務省で長年北朝鮮問題を担当したジョセフ・ユン北朝鮮担当特別代表が退任し、「トランプ政権の朝鮮政策を担う幹部人材の空洞化」だとの厳しい批判が起きたのは、ほんの数カ月前だ。
駐韓米大使の空席についても、同様の指摘を招いた。米国務省の職員も大幅に減った。(「トランプ政権は、他国と交渉する能力を失った」と書いた記者もいた。)米シンクタンクの外交問題評議会は、朝鮮半島で戦争が起きる確率は5割だ予想していた。
朝鮮半島における成功は、冷戦と同様、戦争がだんだん遠ざかっているという感触が継続するかどうかで決まる。
シンガポール首脳会談の成功は、両国が再び会い、その後も会談を重ねることを約束したことにある。2015年のイラン核合意は、核兵器自体を含む訳でもないのに交渉に20カ月かかった。冷戦時代の条約は、政権をまたいだ何年もの努力を要した。
次の段階に進む約束以上のものを期待するのは、歴史を知る見方とはいえない(金委員長が会談後、核兵器を荷造りして国外に搬出するなどと考えた人がいようか)。最初のデートで、不満のすべてをぶちまける人などいないだろう。
シンガポール会談では、いまや誤りだと証明された「言葉のあや」から距離を置くべきだということも示された。トランプ大統領と金委員長は狂人ではなく、時に好戦的な2人の発言は、言葉以上のものではない。両首脳は今後、融和的で前向きな行動と、国内強硬派向けの荒っぽいジェスチャーとのバランスをとる必要があるだろう。
とはいえ、今回の外交攻勢が北朝鮮の策略だという見方の信憑性は薄れた。「大国と対峙する小国がはったりをかけることはまれだ」と、あるキューバミサイル危機の研究者が指摘している。「彼らにそんな余裕はない」
うまく操作すれば、今後の進展に結びつく要素はすでに存在する。その要素には、自分が主権を維持しつつ孤立した国に未来をもたらした中国指導者トウ小平氏のような存在だと思い描いているかもしれない、若く、西側の教育を受け、多言語を話す北朝鮮の指導者も含まれる。
「われわれは過去と決別すると決めた」と、トランプ大統領と並んで共同声明に署名した金委員長は語った。
平壌では、変革機運が高まっている。米ドルや中国元で潤い、外国メディアの情報にも接しやすくなった準市場主義経済では、消費に慣れ親しんだ中間所得層が拡大し、変化を求めている。
これに、北朝鮮には協力しないというこれまでのルールを破る意思を持つ米大統領という条件が重なる。よく見れば、条件は半分以上整っていることが分かるだろう。
もう1つ、過去と異なる重要な要素は、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の存在だ。
北朝鮮はトップダウンの体制であり、そのように対応すべきだとワシントンを説得し、首脳会談の可能性をそもそも意識させた立役者は、文大統領だった。4月27日の南北首脳会談で、シンガポール会談に向けた主要な交渉事項が確定された。5月24日にトランプ氏が米朝会談の予定をキャンセルすると、文大統領はワシントンと南北軍事境界線にある板門店を往復して、再び会談の機運を軌道に乗せた。戦争を巡る不安な言論が渦巻く中、大舞台で見せた卓越した外交手腕だった。
過去の核交渉の歴史で、このような仲介者が存在した例はない。
誠実な仲介者であり、文化的、言語的、歴史的そして感情的なつながりを持つ朝鮮の同胞、そして米国の同盟国、さらに金氏とトランプ氏双方に対する非公式アドバイザーという多様な役割を文大統領がこなし続けることが、次の段階に向けた鍵となるだろう。文氏自身が、過去に交渉を破綻させてきた問題を解決させるための媒体となるだろう。
シンガポールで「起きなかったこと」もまた重要だ。
トランプ大統領は、大盤振る舞いはしなかった。実際のところ、振舞うような大盤はトランプ氏の手になかった。米国は、米韓合同軍事演習の停止に同意したが、これは過去にも戦略的に凍結されたことがあり、今後いつでも再開できる。いずれにせよ、本当の抑止力は、朝鮮半島外にある。米ミズーリ州の基地から飛ぶBー2戦略爆撃機と、太平洋深くに潜むミサイル搭載の潜水艦だ。
トランプ氏は、金委員長に力を与えることもしなかった。敵と会うことは、譲歩ではない。外交は、米国が他国の指導者に振りかけることのできる魔法の正当性パウダーではない。首脳会談は、好むと好まざるとにかかわらず、今や核保有国となった国を金一族が70年にわたり支配してきたという現実を受け入れたものだ。
平和プロセスを始めるのに首脳会談を選んだトランプ氏の決断も尊敬に値する。首脳会談を、「よく振舞った」国に与える褒章のように考えること事態、傲慢極まりない。
歴代政権によるそのような考え方の積み重ねが、水素爆弾や米国を射程に収めるミサイルで武装した北朝鮮を誕生させ、戦争状態を永らえさせてきたのだ。その意味ではトップダウン方式は、前に進むのに有効な方法だ。(中国の歴史がそれを実証している。)
今回の米朝首脳会談を一蹴するのは、極めて簡単だ。北朝鮮は欺き、トランプ氏はツイートで応じる、とうそぶいておけば済む。次の段階を注意深く読み解くことはもっと難しい。
米国は、非核化のインセンティブを与えなければならない。
2015年のイラン核合意が、1つの例だ。イラン側が核物質の実験や生産、貯蔵量の削減を段階的に進めるのと並行して、制裁が緩和され、通商が拡大し、資産凍結が解除された。
もう1つは1991年、ベラルーシとカザフスタン、ウクライナによる核兵器の申告と破壊、そして最終的な廃棄に対し、米国が経済的支援で報いた例だ。これには、失業した核科学者がよそに知識を売る事態を防ぐため、新たに職を紹介することも含まれた。
だが何よりもトランプ大統領は、イラクやリビア、そして特にイランに対する過去の事例を踏まえ、自分を信頼するよう金正恩氏を説得しなければならない。なぜなら、要求の核心部分は、非常に特別なものだからだ。これまで、自国で開発した核兵器を完全に放棄した例は、少数派の白人政権時代の南アフリカしか、歴史上例がない。それも、アパルトヘイト(人種隔離政策)の全廃が決まる段階になって初めて実現したことだった。
もしトランプ大統領が、左派の助言を受け入れていたら、過去の大統領と同様、自国から一歩も出ずに終わっただろう。もし彼が右派の助言を聞いたなら、会談の部屋に突進して「核を手放せ。以上だ。それで済む」と言い放ち、和平プロセスは本当に失敗していただろう。
北朝鮮は自国の存続を確実にするために核兵器を開発した。もし米韓が北朝鮮にこの兵器を放棄させたいのなら、それに代わって体制保障となるものが必要だ。
今回の首脳会談により、土台が整った。トランプ氏と文氏、そして金氏が、その問題の解決に向けてどう動くかが、次に起きることの鍵となる。
*筆者は米国務省に24年間勤務。著書に「We Meant Well: How I Helped Lose the Battle for the Hearts and Minds of the Iraqi People」など。
*本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
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