安藤優子「日本の女性たちよ、“わきまえないオンナ”になろう!」
画像を見る 女性でも男性でも個人がリスペクトされる社会をめざしていきたいと語る安藤さん

 

■「家庭長」なんて持ち上げて、家事、育児、介護すべてを女性に無償で押しつけた

 

社会で女性が活躍することを封印せざるをえないような、自民党の女性認識を象徴する言葉がある。

 

「’70年代の日本型福祉社会論のなかに「女性はすぐれた『家庭長』である」という認識が示されているんです。自民党の研修叢書にも〈家庭長は家庭内安全保障を担う大変重要な役割〉と、はっきり書かれています。

 

夫が安心して働ける状態を作り、子供を元気に育てて、そしておじいちゃん、おばあちゃんの面倒をよく見て豊かな老後環境を作って差し上げる。それらを全部担うのが、家庭長である女性である、と。

 

ひどいもんですね。家庭長なんて持ち上げて、すべてを女性に無償で押しつけたわけです。自助がうまくいけば、公助は極めて低減され、この女性の活躍により日本の福祉予算は低減されるんです。

 

安倍政権に始まり、次の菅政権では、もっと明確に「自助・共助・公助」と言葉にして掲げられたので、私はひどく落胆しました。ここにも、イエ中心主義の影響が出ています。実際に先の文書には、〈家庭長はパート・タイムで働く方が無理がない〉とあります。

 

もちろん、パートや非正規を選ぶ人がいてもいい。私が言いたいのは、国の押し付けではなく、個人の選択に委ねる社会であってほしいということ。

 

現実に、このコロナ禍の今、日本の福祉予算の低減に寄与すべく一生懸命にパートタイムでやってきた女性たちが、その仕事を失っています。

 

そこに至って、やっぱり自助だよと突き放されたら、やってられないですよね」

 

■「誰もが個人として認められている」10代でのアメリカ留学でも光景が原点

 

彼女が、「個」を大切にする社会や民主主義について考えるとき、いつも根っこにあるのが10代で体験したアメリカ留学だ。

 

「私が留学したのは’76年で、ちょうどジミー・カーターさんが選ばれた大統領選挙の年でした。

 

「私のホストファミリーのベイリー家は6人も子供がいる大家族で、食事どきには年上の兄姉の元カレや元カノまで集まって、いつも政治談議に花を咲かせていました。

 

日本の核家族の真逆で、イエや血縁は関係なくて、それを“エクステンディッド(拡大する)ファミリー”と言いますが、だから肌の色の違う私も排除されない。そんな誰もが個人として認められ、つながっている光景の記憶が、その後もずっと、私の中に鮮明にあるのだと思います」

 

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