「もんた&ブラザーズ」もんたよしのりさんが大動脈解離で死去、72歳 「ダンシング・オールナイト」が大ヒット

スポーツ報知
もんたよしのりさん

 ヒット曲「ダンシング・オールナイト」で知られるロックバンド「もんた&ブラザーズ」のボーカル・もんたよしのりさんが18日、大動脈解離で死去した。72歳だった。22日、所属事務所が公式ブログで発表。葬儀は本人の意志で親族のみで執り行われた。

 10月18日は水曜準レギュラーを務めるFM COCOLO「MARK’E MUSIC MODE」(月~木曜・後5時)に生出演する予定だったが、欠席していた。

 最近も精力的に音楽活動を行っていた。8月29日にスペシャルライブ(神戸チキンジョージ)を開催。9月26日にはNHK「うたコン」に生出演し、作詞・作曲を手がけた西城秀樹さんの「ギャランドゥ」と「ダンシング・オールナイト」をパワフルに歌っていた。

 もんたさんは中学時代にビートルズを聴いて衝撃を受け、音楽活動に興味を示した。報徳学園高ではハンドボール部に入部するが、2年時に中退。三宮(神戸市中央区)のダンスホールに連日通い、R&B、ソウルを歌唱。10以上のグループを渡り歩き、パワフルな歌声とステージングから「神戸のジェームス・ブラウン」の異名を取った。特徴のあるハスキーな歌声は、この時に喉をつぶしてできたものだった。

 20歳の時に上京。1971年に「この足の鎖ひきちぎりたい」でソロ歌手としてデビューしたが、鳴かず飛ばず。寝具・インテリア販売店を営む実家の家業を継ぐため、郷里の神戸へと帰った。

 NHKのドキュメンタリー番組「青春・スターの条件」の起用が決まり、再起を賭けて77年に再び上京した。北島音楽事務所に入り、都内のアパートにこもって楽曲制作に没頭し、100曲以上を制作。この時に「ダンシング・オールナイト」が完成し、80年に「もんた&ブラザーズ」として同曲で再デビューした。

 ハスキーボイスと印象的なギターのイントロ、抜群のメロディーがウケ、10週連続チャート1位の大ヒットを記録。160万枚以上を売り上げ、1980年代で最も売れた楽曲になった。日本レコード大賞金賞、日本歌謡大賞放送音楽特別賞、全日本有線放送大賞などを受賞。NHK紅白歌合戦にも初出場した。

 83年に親交のあった西城秀樹さんのために「ギャランドゥ」を楽曲提供。同曲はキャッチーな歌詞でヒットし、西城さんの代表曲の1つになった。

 84年に「もんた&ブラザーズ」を解散し、音楽活動を休止。俳優として活動し、「燃える勇者」で映画初出演した。84年に本名の門田頼命名義で映画「愛しき日々よ」に主演し、報知映画賞新人賞を受賞。87年には劇団四季「ジーザス・クライスト=スーパースター」に出演した。

 「ダンシング・オールナイト」の大ヒットの裏で“後遺症”に悩まされた。心身をリフレッシュさせるため、85年からバックパッカーとしてアジア、アフリカ諸国を旅した。96年にはマラリアに感染し、生死をさまよったこともあった。

 「もう一回、このメンバーと喜びたい」。2007年には23年ぶりに「もんた&ブラザーズ」を復活させた。09年に窪塚洋介らとレゲエユニット「MONTA,BIG BEAR&卍 LINE」を結成。21年にデビュー50周年を迎えていた。

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