「いかにいいトスを上げられるか」俳優歴５７年・小野武彦の演じる美学　「シェアの法則」で名バイプレーヤーが映画初主演

　俳優生活５７年になる小野武彦（８１）が「シェアの法則」（久万真路監督、１０月１４日公開）で映画に初主演している。誰もが知る名バイプレーヤーとして存在感を発揮。自身の人柄と重なる部分もあるのだろうが、人情味を感じさせる市井の人を数多く演じてきた。半生を語る小野は、「演じること」に揺るぎない美学ともいうべき哲学を持った人だった。（内野　小百美）

　「今作は群像劇。『俺が主役だぞ！』という感じではなくて。ドラマや舞台での主演はありますが、映画だけなかった。光栄でうれしいんだけど主演気分は心の隅に少し、ですね」。小野は照れ隠しのように語り始めた。

　「シェアの法則」で演じたのは税理士兼シェアハウスの大家。妻の入院で慣れない大家業を手伝うも、考えが古く頑固なため、住人と衝突する。しかし、現実に向き合う中、少しずつ変わっていく。一見、普通の人間だが、逆に感情の細かなゆらぎの表現が求められる難しさ。「実際にこの撮影が始まると、共演者と一緒に作っているんだ、と再確認しました。（クレジットは）主演だけど、いつもとそんなに変わりないかな、と思ったり」。変な気負いもなく、自然体で役に臨んだ。

　引っ込み思案な子どもだったという。それが、小３の時、児童演劇に熱心だった先生から「あの子にやらせてみたい」と指名されたのが、お芝居が好きになるきっかけだ。先生は才能の片りんを見たのかもしれない。自宅近くに日活撮影所があったことも影響している。

　「昭和３０年代。週に何度か石原裕次郎さんが乗った外車を見た。撮影所の外にいても活気づいているのを感じた」。気になる俳優さんの経歴を調べると、新劇出身者が多かった。「やっぱり、きちんとした学校で演技の勉強しないといけない、と思ったんですね」。こういうところに、物事に向き合う誠実さをうかがわせる。

　当時、難関で知られた俳優座養成所（１５期生）に入った。同期の現役俳優に前田吟、村井國夫、栗原小巻ら。３年間基礎を学び、文学座へ。「指導者に恵まれた。文学座では杉村春子先生、大好きな先輩だった北村和夫さんなど。役の構築の仕方を教わりました」

　原点は演劇だが、自身の認識のされ方を考えた時、「テレビが本籍だと感じる」。露出が増えていく７０年代。「大都会」（日テレ系）に長年レギュラー出演した。バイプレーヤー人生の初期から演じる極意、醍醐（だいご）味、その奥深さに目覚めていく。「脇役へのジレンマ？　全然ないですよ。脇役ならではのおもしろさがある。『大都会』など渡哲也さんとは数え切れないほど共演しましたが、渡哲也は２人いらないんです。４番バッターが９人いても野球は勝てないでしょ？」

　取材の受け答えの柔軟さからも、こちらの意図を敏感に読み取る人だと分かる。中には小野と言えば「踊る大捜査線」（フジ系）での「スリーアミーゴス」を思い出す人もいるかもしれない。北村総一朗、斉藤暁との３人の掛け合いから生まれるコミカルでトボけた味わいで親しまれた。しかし、北村も劇団昴の看板俳優で斉藤も自由劇場の出身と、演劇で実力を磨いた人たちだ。

　「アミーゴスと言われるのは、ほとんどなくなりました。あれが始まったのが９７年。その時に生まれた人は２６歳。２０代のスタッフなんか知らない。そういうものですよ」。時の流れを冷静に見つめる。そして印象深い言葉を発した。「相手役の照り返しで自分の役は生まれると思っています。こちらはいかにして、主役（相手役に）にいいトスを上げられるか。そういうところが、やっぱりおもしろくてね」。小野が、信頼される俳優であり続けるのは「演じる」美学ともいうべき哲学を持っているからだった。

　◆シェアの法則　同タイトルの舞台（作・岩瀬顕子、劇団青年座で上演）の映画化。東京の一軒家に暮らす夫婦（小野、宮崎美子）は妻主導で自宅を改装し、シェアハウスの大家になった。が、全てを仕切っていた妻が入院。代わりに頑固で人付き合いの下手な夫が臨時の管理人になるも、事情を抱えた住人たちとの交流は円滑にいかず、次々に問題が起きる。同時に妻や息子のことを、自分がどこまで理解できていたのか、自問自答し始める。貫地谷しほり、浅香航大、鷲尾真知子らが共演。１０７分。

　◆小野　武彦（おの・たけひこ）１９４２年８月１日、東京都生まれ。８１歳。俳優座養成所（１５期生）、文学座を経て７０年代より映像の仕事が増える。７６～７９年の日テレ系ドラマ「大都会」は３シリーズでレギュラー出演。ＮＨＫ大河ドラマ「新選組！」や「王様のレストラン」「踊る大捜査線」（ともにフジ）、「科捜研の女」（テレビ朝日）など。舞台の近作では「にんげん日記」「海の木馬」。妻は元薬剤師で、２人いる娘のうち、長女は産婦人科医をしている。