【特集・未来アスリート】立命大馬術部・坂中蓮実&田原まや、全日本学生賞典馬場馬術大会で連覇目指す

スポーツ報知
全日本学生賞典馬場馬術競技大会の大学別団体戦で連覇を目指す立命大馬術部の田原まや(左)と坂中蓮実

 立命大馬術部が2年連続大学日本一を狙う。昨年11月、「全日本学生馬術大会2022」で実施された「全日本学生賞典馬場馬術競技大会大学別団体戦」で初優勝した時の立役者、坂中蓮美(映像学部・3年)、田原まや(産業社会学部・3年)が今年も健在。日々続くハードワークを乗り越え、偉業に向けて人馬一体のステップを刻む。

 夜明け前から夜ふけまで、上賀茂の山あいにある馬場に熱気がこもる。京都市内を一望できる立命大・柊野総合グラウンド。そのエリアの中で最も高い場所に専用馬場が構えられ、少数精鋭の23人の部員が愛馬15頭とともに、馬術のすばらしさと感動を追い求めている。目標が「新たな歴史をつくろう」から「新たな歴史を積み上げよう」に変化した今年。「団体連覇は簡単なことではないけど、馬場馬術のメンバーでコミュニケーションを図り、切磋琢磨しながらもっと上を目指したい」。2人が声をそろえた。

 馬術は動物とともに行う唯一のオリンピック競技で、男女の区別なく、同条件で実施されるのが特徴。五輪では大きな障害物を飛越するさいのミスの少なさと走行時間で競う「障害馬術」、ステップなど図形を描くように演技の正確さと美しさを採点する「馬場馬術」、障害と馬場にクロスカントリーを加えた「総合馬術」の3種目が実施される。馬場馬術は「馬術のフィギュアスケート」とも呼ばれ、長方形のアリーナ内で「常歩」(なみあし)、「速足」(はやあし)、「駆足」(かけあし)の3種の歩き方をベースに様々な技やステップを繰り広げる。それぞれの得点を満点で割ってパーセンテージで表したものが結果となり、パーセンテージが最も高い人馬が優勝となる。団体戦ではチーム上位3人の合計成績で順位を決める。

 昨年のインカレ団体戦は田原が全体トップ。今春卒業した斎藤希美が4位につけ、坂中が7位。それぞれが持ち味を発揮して、総合成績で11連覇中の絶対王者・日大を合計得点率0・461パーセントの僅差で破り、創部104年目で初優勝を達成。一昨年まで2年連続準優勝だった雪辱を果たした。さらに、団体戦上位10選手で争う個人決勝で、田原はトップと0・235パーセントのわずかの差で準優勝。関西で唯一、すべての種目の団体戦に出場し、各種目を最少頭数3頭という限られた人馬で挑み、馬場馬術、障害飛越、総合馬術の3種目の総合成績で3位に入賞した。

 立命大の体育会では、相撲部が1917年(大正6年)創部と最古の歴史を誇り、馬術部は2番目に古い1918年(大正7年)創部。田原は「2年連続で2位だったので、OB、OGからプレッシャーがあった。日大は威圧感がすごかったけど、強い相手だからこそ戦いがいがあったので、個人個人で最善を尽くそうと誓い合った」と、昨年を振り返る。

 部員23人の中で半数以上が大学から馬術を始めた。経験者と未経験者で部費の差はあるが、それ以外に分け隔てはない。たとえ未経験者でも「馬がかわいい」、「馬の世話がしたい」など、馬としっかり向き合う気持ちさえあれば、入部を歓迎する。少しずつ上達し、1年目からでも大会に出場する選手もいる。主将の坂中は「様々な制約がある乗馬クラブより大学の方が気軽に始められる。道具も貸与してくれるし、先輩方のお下がりも譲ってくれるので、一般の学生でも大丈夫」と説明する。監督、コーチが指導に来るのは月に1、2度。「馬の状態を見ながら部員同士で徹底的に話し合う。この過程が大事」と2人は声を合わせる。自主性と仲間との信頼感が立命大馬術部の真ずいだ。

 しかし、毎日の生活サイクルは極めてタフだ。夜明け前の午前3時から4時頃までには全員が集まり、担当馬の様子を見ることから一日が始まる。餌をやり、厩舎の掃除、愛馬を洗ってブラッシングする手入れ、馬場の整地などを終えれば、あっという間に午前の授業が待つ。それでも当番を決めて昼夜を問わず、だれかが常駐して馬を見守る。夏から秋になる前の時期なら馬に乗るのは授業が終わった夕方の1時間くらい。副将の田原は「馬は体温が高く、暑さに弱い。大会で移動すると体重が減るほどなので、目が離せない。馬が疲労しないように気配りするのが、私たちの務め。馬の世話をしながら、個性がそれぞれ違う馬との付き合い方を学び、言葉では伝えられないので、思いが通じ合って動いてくれた時のうれしさは格別」と話す。夜中は携帯電話のカメラ機能で厩舎をチェックすることも欠かさない。体調がすぐれない馬がいる時は、厩舎に寝泊まりすることもある。

 このように馬匹(ばひつ)管理は馬術部の根幹をなしている。水道、電気、ガス代などは大学からの補助があるが、管理に必要な維持費の7割くらいは部費と、部員のアルバイトでまかなわれるという。日々のエサや飼料の馬糧費は1頭につき1か月で3000円から5000円くらいはかかる。馬房の寝床に使用するおがくずやわらも、健康を保つために毎日掃除して交換が必要だ。蹄(ひづめ)の調子を整える装蹄代は1回で1万円以上かかり、年間15回ほど行わなければならない。2人は「京都競馬場のパドックや厩舎の掃除のアルバイトをしたり、馬の世話が終わった夜に居酒屋で働いたりすることも。寝る時間もないくらい」と打ち明ける。

 さらに競技会には格式ある必要最低限の正装が不可欠だ。「私の場合だと長靴(ブーツ)が7万円で、割れたりする帽子が 15万円ほど。シャツ、ジャケット、ネクタイ、乗馬ズボンに手袋などを含めると優に30万円は超える」と田原。それでも、自炊もできないような忙しさを極め、寝食を忘れるほど馬術に熱中するのは「馬との信頼関係を築けた時のうれしさと達成感は、ほかのスポーツや日常では味わうことができないから」。馬術には何ものにも代えがたい魅力がある。

 2人が馬術を始めたのは、ともに小学2年の時の乗馬体験だった。坂中は三重大教育学部付属小・中学から津市の高田高に進み「乗馬クラブ クレイン 三重」で経験を積んだ。田原は「神戸乗馬倶楽部」で基礎を学び、水泳などにも励んだ神戸甲北高の時は長野県飯田市にある「乗馬学校エクイテーションスクールジャパン」の「E S J飯田本校」に「競技会に出たい一心」で通った。月に1回数日間、本格的に馬術を学ぶレッスンで、名古屋まで新幹線に乗り、そこからはバス。夏休みには20数泊もして腕を磨いた。高校3年の2020年、全日本ジュニア馬場馬術大会ジュニアライダー選手権大会で優勝。坂中も同年、全日本総合馬術ジュニアライダー選手権大会で2位に輝いた実績を持つ。その世代では将来を嘱(しょく)望された選手だ。「関西に残って馬場馬術の強い大学で、社会に向けて知識をもっと身につけたい」(田原)、「馬術を続けながら将来の勉強もしたい」(坂中)と、2人は未来を見据える共通の思いを持って立命大に進んだ。

 寸暇を惜しんで行う日々の馬の世話と練習で、馬術に必要な背筋、腹筋、腰回りや内もも、肩、ひじ、足などの強化は、自然に培われているそうだ。「食事に気を使う暇もないけど、筋力トレーニングをする必要もないほど、馬との生活でしっかりと補えている」と田原。馬の上下の揺れに合わせて鞍に立ったり座ったり、前後左右の揺れを自分の体幹で吸収しなければならない。また、常に足の内側にある下半身の筋肉を使って、馬に合図を送る必要がある。そして馬とのコミュニケーション能力。「後は体幹強化に尽きるかな」と田原はうなずいた。

 多様な人材が集う馬術部では、半年に一度、京都市内にある「みつばち菜の花保育園」と、馬を利活用した社会貢献と地域活動の一環として園児を招き「馬との触れ合い活動」を行っている。部員がそばにつき、園児の安全を確保しながら、厩舎見学や実際にニンジンをあげたりもする。「馬はよく分かっているので子どもたちには優しい」と坂中。田原も「回を重ねるうちに馬に慣れてくる子どももいる」という。鼻筋をなでるとすべすべで温かいことを知ることや、健康的で癒しの効果があることを園児たちは自然に学ぶ。「今後は実施する回数を増やして、より地域に愛され、応援される馬術部になれたら」と2人は意気込む。

 万全の状態でV2へ。団体戦連覇がかかる全日本学生馬術大会は11月1日から、兵庫県三木市の三木ホースランドパークで始まる。7月に行われた関西学生賞典馬場馬術大会の選手権大会で坂中は、女子でただひとり出場し、男子に競り勝ち優勝。女子選手権大会は田原が制し、団体Vも飾った。「レベルが上がってきたからこそもっと上へ行きたい。昨年の個人2位のこともあるので、メンタルを鍛えてどちらも優勝」と目標を口にする田原。坂中も「全員の力を合わせて勝つ」と誓う。

 田原は卒業後、「世界最強の馬術王国」と呼ばれるドイツをはじめ、欧州へ海外留学し、馬術を究めて世界レベルでの活躍を目指すという。一方、坂中は趣味にとどめ、大学で学ぶ映像のプロデュース力を生かして広告関係の仕事に就く考えだ。それぞれの夢へ向かう前に「大学日本一」の栄冠を今年も必ずつかむ。

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