【アントニオ猪木自薦名勝負】<10>対アンドレ・ザ・ジャイアント

スポーツ報知
アンドレ・ザ・ジャイアント戦「アントニオ猪木デビュー60周年記念Blu‐ray BOX」より(C)2021テレビ朝日/新日本プロレスリング

▽アンドレ・ザ・ジャイアント戦(1976年10月7日・蔵前国技館、1986年6月17日・愛知県体育館)

 プロレスラー・アントニオ猪木は1960年9月30日に東京・台東区体育館で大木金太郎を相手にデビューした。このほど発売された「アントニオ猪木デビュー60周年記念Blu―ray BOX」(発売元・東京サウンド・プロダクション、販売元・TCエンタテインメント、税込1万9800円)では、「アントニオ猪木自薦名勝負集」26試合が紹介されている。その”最後の”自薦名勝負を厳選して紹介する。

 ▽格闘技世界一決定戦 対アンドレ・ザ・ジャイアント(1976年10月7日・蔵前国技館)

 ▽IWGP公式リーグ戦 対アンドレ・ザ・ジャイアント(1986年6月17日・愛知県体育館)

 「アントニオ猪木自薦名勝負集」26試合のうち、唯一2試合も選ばれているのが“世界の大巨人”アンドレだ。1試合目はプロレスラー同士なのに「格闘技世界一決定戦」と銘打たれた。猪木がボクシング世界ヘビー級王者のムハマド・アリと日本武道館で引き分けた1976年6月26日に、アンドレは米ニューヨークのシェアスタジアムでボクサーのチャック・ウェップナーに勝利している。言うなれば、猪木は”世紀の凡戦”と言われたアリ戦を払拭するために、トーナメントの勝ち上がりのようにアンドレとの”世界一決定戦”を演出。そして流血レフェリーストップで勝利した。

 ちょうどその10年後にアンドレから初めてギブアップを奪ったのが2試合目。写真でも分かるように猪木は髪が短い。この時は写真週刊誌が全盛期で、スキャンダル写真を撮られたことでみそぎの丸刈りをした直後だったからだ。アントニオ猪木の60年はあらゆる時流とプロレスし続けてきた歴史だった。=終わり=

 

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