主演映画「夕方のおともだち」が公開中の村上淳

主演映画「夕方のおともだち」が公開中の村上淳

2022.2.22

48歳男盛り ムラジュン「早すぎる終活開始」のワケ

勝田友巳

勝田友巳

明日の見えないコロナ禍で シンプルに備える

 
村上淳、男盛りの48歳。長男虹郎も大活躍で、親子で全速力かと思いきや、意外なことに「いまのテーマは終活です」。人生100年時代、いささか早すぎやしませんか。コロナ禍で見つめ直したムラジュン流人生論、聞いてみた。
 

コワモテのヤクザも気の弱いサラリーマンも、インディペンデント系の作品を中心に引っ張りだこ。バイプレーヤーとして毎年何本もの作品に出演し、ペースは少しも衰えない。山本直樹のマンガを原作に、盟友広木隆一監督と組んだ久々の主演作「夕方のおともだち」も公開中だ。はたからはいよいよ全開と見えるのに。
 
「て、皆さんおっしゃるんですけど。でも舞台や映画では、2年後、3年後の話が当たり前」。加えてコロナ禍である。「夕方のおともだち」は、企画段階で「ぜひぜひやりたい」と思ったものの、延び延びになるうちに役の年齢とずれてしまい、棚上げに。そして企画から7年後。「肉体的にも、ある種のだらしなさまでいけたなと思って、広木さんに『あれをやらせてもらえませんか』と」。満を持しての撮影だったのに、コロナ禍である。公開まで3年もかかった。
 
まさかと思うようなことが現実化している。「右往左往するしかないです。公開どころか、明日のロケ先すら分からない。ただでさえ、『あの話なくなりました』っていうのが日常の世界なのに」。行く末を考えるのも当然ではある。
 

©2021「夕方のおともだち」製作委員会

60、70代はイバラの道

「今までの村上淳の肉体、精神のアプローチで、アクセルを踏めるのってあと数年ですよ。十数年ではないです。10代は役の幅が狭い。30、40代になると、お父さんも演じられるようになってぐっと広がる。でも60代、70代では、総理大臣ができるか、リア王ができるかと、幅はまた狭くなる。そう考えるとイバラの道だぞと思って」
 
俳優人生をまっとうするのに必要なものは何か、見つめ直した。具体的な終活とは。
「一つは、よりシンプルに。生活、モノ、考え。そして、漠然とした何かに備える。コロナ禍で、明日の撮影のリスケ(予定組み直し)って普通にあり得るし、逆に、急に呼ばれる可能性もある。その中で、常に人にお見せできる、一定のエンターテインメントのマインドを保ちながら、オフでもいなきゃいけない」。いわば常在戦場で現役を続けるための、終活なのである。
 
10代でモデルとして芸能界に身を置き、1990年代の若者文化のアイコン的存在となった。20代で俳優に進出してからは、イメージにとらわれることなく、自在に役を演じてきた。「ぼくの俳優人生って、4割ぐらいぬれ場で4割ぐらい人をドツいてて、2割ぐらい良いお父さん」。しなやか、かつ軽やか。そして自由。「垣根とか偏見とか、ゴリゴリの固まったものが、どれほど人生の邪魔をするか。脳みそは柔らかくしといた方がいい」
 

©2021「夕方のおともだち」製作委員会

「夕方のおともだち」でハードMの水道局員

それでも「夕方のおともだち」のヨシダヨシオは、ちょっと特殊だったかもしれない。地方の地味な水道局員だが、実はハードM。縛られムチ打たれ、海中に放置されるのが快楽なのだ。
 
「SMっていう強烈なレイヤーはありますけど、実は繊細な、生きる営みの中での心の交差に焦点を当てているんです。山本さんも広木さんも、ハードなSMを特別視していない。ヨシダは同僚に無理やり誘われたのがきっかけで、マゾヒスティックな快楽を知る。でも、SMクラブをカラオケやゴルフに置き換えたら、誰にでもあり得ることじゃないですか。言葉にできない何かを描くための映画だと思ってます。言葉にできるなら映画にする必要ないと思うんで。10人が10人、違う印象を持つような作品が好きなんです」
 
役を演じながらもさめている。冷静さを失わずに熱狂する。この映画でも、女王様を演じる菜葉菜とのラブシーンの中で感情が揺れ動く長い場面をワンカットで演じた。
「アクションシーンと変わらないです。前張りが見えちゃいけないといった制約をクリアしつつ、いかに感情を乗せて自由に振る舞うか。それは俳優に課せられた宿命だと思う。徹底して冷静です」。俳優の仕事を技術的に説明してみせる。「肉体や魂をスライスして、経験値から掘り返す。喜怒哀楽を細かく直角に切って、使う。朝イチで飼い犬3匹に『いってきますねー』なんて言ってたのが、30分後にはもう『ぶっ殺す』と人に拳銃向けてる。変な職業だなあと、毎回思います」
 


虹郎はスクリーンに愛されているから、まだやれる

その〝変な職業〟に長男虹郎も就いて、親子で共演もする。
「虹郎のことは、にこやかに見てます。同業者としては、100年以上続く映画の流れから、そうずれないところで答えを出し続けてるのを見て、うれしいなと思う。ただ親としては、虹郎が人生を満喫してくれたら満足なんで。役者って、つらいことの方が圧倒的に多い。限界だなと思ったら引かせます。スクリーンに愛されてる感じはあるから、まだやれるんじゃないですか」
 
身も心も軽く、後顧の憂いもない。いざ60代、70代。どんな男に。
「今と変わんない方がいいですね。30代あたりで、冗談のように言ってたんですよ。10代の子に『どけよジジイ』って現場で早く言われたいなって。ちゃんとジジイになれてるし、これからちゃんと、おじいちゃんになれればいいんじゃないですか。目立たないけど堂々としてる人でありたいというかね」
 

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

宮本明登

毎日新聞写真部カメラマン