特集麻布台ヒルズ

Yoshitomo Nara

奈良美智|インタビュー「僕の彫刻が、麻布台ヒルズに集う人々の日常の一部になることがとてもうれしい」

麻布台ヒルズの中央広場にアーティスト 奈良美智の彫刻作品《東京の森の子》がパブリックアートとして恒久設置される。誰でも見て、触れることができる高さ7m超えの作品は開業の超目玉となりそう。作家の奈良に話を聞いた。

interview & Photo by Corey Fuller
text by Mari Matsubara
illustration by Geoff McFetridge

Azabudai Hills Artist Introduction|奈良美智

孤独感と人恋しさ

《Dead Flower 2020 Remastered》 2020年
アクリル絵具、綿、キャンバス 145.5×145.5 cm

——奈良さんの代表作である、大きな瞳でじっと上目遣いにこちらを見返す子どもの絵は世界的に高い評価を受けました。作品世界を読み解くために、まずはご自身の子どもの頃について伺いたいのですが。

 
奈良 僕が育ったのは青森県弘前市で、地方都市としては大きいほうですけれど、実家はちょうど街と草原の境の、家並みが途切れる場所にありました。小学生ぐらいまでは家の周りに自然がいっぱいありましたが、中学に入ってからは近所にどんどん家が建つようになりました。今ふりかえると、自分の核になっているのは自然の中で育った少年時代なんです。その後、美術の教育を受けますけれど、そういう学びを全部通り越して、子ども時代の記憶がどんどん前面に出てきて、それを基に創作しているという感覚があります。

日本の美大と大学院を卒業した後、ドイツのデュッセルドルフに渡って美術を学び、ケルンにスタジオを構えて、結局ドイツでは12年間暮らしました。最初は誰も知り合いがいないし言葉も通じず、孤独な日々を過ごすなかで思い出したのは、子どもの頃に過ごした青森の気候でした。日が暮れるのが早く、ほとんど毎日のように厚い雲に覆われた、暗くて寒くて長い青森の冬。それは他の人にはない特有な経験であり、あの青森での記憶が自分の創作の核になっているんだと、ドイツにいる間にあらためて気づかされました。

《Midnight Tears》 2023年
アクリル絵具、キャンバス 240.5×220 cm

一般的に皆さんが思い描く僕の作品って、ちっちゃな子どもが意思の強そうな目つきで睨んでいたり、いたずらっぽい視線で見返していたりする、あのシリーズだと思います。無垢な感情とちょっと意地悪な感情が入り混じっている子どもの絵。僕の中では、それは孤独感や疎外感の表れだと思っているんです。僕自身が、どこに行っても仲間に入れなかったり、入りたくても誰も声をかけてくれなかったりする少年だったので。ご覧の通り、僕の絵はほとんどの場合、画面の中に一人しか登場しません。学生時代には2〜3人描くこともありましたが、いつの間にか一人しか描かなくなりました。背景は単色になり、地平線も水平線も消滅してしまって。昔は全身を描いていたのが、顔だけが証明写真みたいに大きくなってきたり。そこには疎外感を覚えるのと同時に孤独が好き、でも人恋しいという自分自身のアンバランスな精神が投影されていると思います。そういう矛盾は僕だけじゃなく、誰もが感じることだと思いますが。

展示風景:N’s YARD(栃木) 撮影:森本美絵

自分と向き合っていると、自分を取り繕っている殻や表層的な部分をどんどん削ぎ落としていって、最後には感情だけが残ります。ふだんは格好つけたり、平静を装っていたりするけれど、最終的には裸になり、残った感情と対話しながら自分は作品を作っているのだと最近になって気付きました。集団心理に流されず、みんなが右に行くけれど、自分は左に行きたいんだと、自分の感情に正直になるということですね。それがあの子どもたちの意思の強いまなざしに反映されているかもしれない。

——子どもの頃、自然いっぱいの環境で育ったということも、作品に影響していますか?

奈良 はい。青森って、みなさん知っての通りリンゴが有名ですが、それこそ周りはリンゴ農家が多く、リンゴ畑の中で育ったような感じです。農家にとって天候は非常に大事で、天気とうまく付き合っていかなければなりません。だから、なんとなく自分の中にも自然と仲良く付き合いながら暮らす感覚が、幼い頃から身についていたのかもしれません。

都会の中で見えない何かと交信する

《森の子》2017年 ウレタン塗装、ブロンズ 500.4×139.7×158.8 cm
展示風景:N’s YARD(栃木) 撮影:森本美絵

——今回、麻布台ヒルズの中央広場に置かれる作品として《東京の森の子》を制作した動機をお聞かせください。

奈良 自分の創作の核に子ども時代があると先ほど言いましたが、特に思い出すのは夜、家の周りには街灯もなく、真っ暗な中で星だけが本当に綺麗だったこと。夏には家の屋根の上に上がって、ずっと流れ星を眺めていました。そのうち自分が真っ黒な宇宙に浮かんでいるような錯覚を覚え、宇宙人や、人間ではない何者かと交信できるんじゃないかと想像したり。星や、死んじゃったおじいさん、おばあさんに語りかけたりするのがすごく好きだったんです。そういう世界を託したのが《東京の森の子》です。

僕は特に針葉樹のような、とんがっている木が好きなんです。その木々の一番てっぺんがアンテナの役割を果たして、夜になると宇宙全体と交信し、キャッチしたものを根っこを通して地中深くに増幅させている、そんなイメージです。あのアンテナがある限り、僕らは都会にいても、どこにいても何かを掴み取り感じることができるんじゃないか。そんなことを考えて作った作品です。

——麻布台ヒルズは「自然との共生」を一つの理念に掲げています。その中に作品が置かれることの意義をどのように考えていますか?

奈良 自然、自然ってよく言いますが、日本の森林って実は植林されたものが多くて、原始時代からそのまま残る原生林はほんのわずかです。でも、それは逆に捉えれば、自然と人間がずっと近くで共生してきた証しでもありますよね。だから、現代においても都市の中に公園や緑地を人工的に設けて、人が住む場所と自然とが関わりを持てるようにしたり、うまい具合に人間と自然が共存できるスペースがあればいいなと、僕は思っています。けれど、実現するのはなかなか難しいことだし、そういう場所が都会にはほとんどないですよね。よほど強い意識を持って取り組まなければ、成し遂げられないでしょう。麻布台ヒルズでは、超高層ビルの足元に広いスペースをとって、そこに植物だけでなくモニュメントやアートも取り入れられました。そういう形で自然と共存できる都市計画を考えることは、都会にいる人間がしなければならないことの一つではないか、と思っています。

小さなコミュニティから世界を変えていく

奈良美智 《あおもり犬》 2005年 フッ素樹脂塗装、GRCモルタル、鉄筋コンクリート
850×670×900 cm 所蔵:青森県立美術館

——ところで、現代社会においてアートはどんな役割を果たしていると思いますか?

奈良 それは難しい質問ですね。広い世界を把握したりコントロールしたりすることはできないけれど、どこかですべての要素がつながっているのは確かだと思います。でも自分はもっと狭い世界、言い換えれば小さなコミュニティの中を充実させたいと考えていて、そのことがゆくゆくは本当の意味で世界を変えていくことにつながると信じています。

情報化社会になって世界の様相を瞬時に知ることができるようになりましたが、結局はインターネットを通してしか見えていないんですよね。ネットがない時代には情報が届くまでにもっと時間がかかりましたが、本当に大事なことが伝わってきていたように思います。ところが今は大事ではないことも簡単に、あっという間に伝わってくる。情報量が増えた分だけ、知らなくてもいいものや無駄な情報が実は多いのだと思います。1年前に主流だったことが、あっという間に過去のものになっていくけれど、人々が足で歩いて伝えたものは絶対にそんなふうに風化しないんです。

僕は、人が実際に歩いて行き来できるぐらいの小さなコミュニティが充実していれば、何かがきっと変わると想像しています。社会に対してアートに何ができるのかは僕には全くわかりませんが、小さなコミュニティの中なら、何かができるという確信はあります。実際に昨年の夏には、北海道の洞爺湖畔で子どもたち30人を集めて1カ月間ワークショップをし、一人ずつと交換日記のような絵を描き続けました。子どもたちが描いたものに僕がちょっと付け足したり、一緒に描いたりするんです。その間、自分の作品は一枚も描けませんでしたが、自分のスタジオに籠もって絵を描くよりも、もっと目に見えないものを得られたと思います。それがいつか違う形で僕の作品に現れるでしょう。

撮影:コリー・フラー

——作品は今後何十年にわたってここで働く人、住む人、訪れる人の目に触れますね。

奈良 絵画は正面から見るのに対し、立体作品は360度どこからでも見られるという面白さがあります。中央広場を散策する間に鑑賞者の視点が移動し、《東京の森の子》の横顔や後ろ姿などいろんな面を発見できること。そしてこの作品がここに集う人々の日常の風景の一部になることが、僕はとても嬉しいです。

子どもの頃に富士山が見える場所で育った人は、大人になってもその風景をたびたび思い出すことでしょう。同じように、この高さ7メートルを超える作品が、誰かにとっての生活の記憶の一部になったらいいなと思います。今、この作品がどう見られるかということよりも、これから10年、20年先、麻布台ヒルズで人生を送る方々にとってどのような存在に育っていくだろうということに興味があります。

profile

奈良美智|Yoshitomo Nara
1959年青森県生まれ。愛知県立芸術大学美術学部美術学科油画専攻、同大学院修士課程修了後ドイツにわたり、国立デュッセルドルフ芸術アカデミーで学ぶ。94〜2000年ケルンで活動後、帰国。現在は栃木県那須市を拠点とし、アートスペース「N’s YARD」を開設。国内外の美術館で個展多数。撮影:川尻亮一 Courtesy:一般財団法人奈良美智財団