2022年2月11日金曜日

ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ「適度に道を開けて逃がしてやるのだ」(本伝第33話)

キャゼルヌの指揮の下、苦戦を続ける自由惑星同盟軍。頼みの総司令官ヤン・ウェンリーの帰還は早くても四週間後と絶望的な状況の中、銀河帝国軍は更に攻勢をかけてきました。移動可能なガイエスブルク要塞の特性を生かした戦術により、副将ミュラー提督の艦隊がイゼルローン要塞の背後に周り、ついに外壁を破ることに成功したのです。

ミュラーは間髪入れず、穴を開けた外壁からイゼルローン要塞内部に侵入を試みます。しかし、ここである男が立ち上がります。元銀河帝国の宿将でラインハルトとの戦いに敗れて亡命していたメルカッツ提督です。彼はヤンに身許を預けた後、表立った活動は控えていましたが、同盟軍最大のピンチに対し、自らの役割を全うしようとしたのでした。

メルカッツはまず、アッテンボローやフィッシャー、グエンら同盟軍の将帥達の支持をとりつけ、封じ込められていたイゼルローン艦隊を出撃させることに成功します。そして、イゼルローン要塞の浮遊砲台群との見事な連携で、ミュラー艦隊を包囲することに成功しました。形勢は逆転し、今度はむしろミュラー艦隊が殲滅の危機にさらされることになります。

この場面でのメルカッツの振る舞いも見事だったと思います。彼は、「適度に道を開けて、逃がしてやるのだ」と副官シュナイダーに指示し、窮鼠と化したミュラー艦隊の反撃による被害を最小限に抑えたのでした。そして、彼が与えた逃げ道から逃走する敵軍に対し速やかに追撃をかけ、戦力を削ぐことに成功しました。

ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ「適度に道を開けて逃がしてやるのだ」(本伝第33話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第33話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学んだのは、相手の逃げ道をすべて塞いではいけない、そして、与える逃げ道はこちらの都合の良いものにする、ということでした。

相手の逃げ道をすべて塞いでしまうと、今回のような場合、恐らく敵の総力を上げた反撃に遭い、無用な損害を出していたことは疑いありません。また、そもそも出撃の目的がイゼルローン要塞内部に侵入を図る敵を一掃することでしたから、ミュラー艦隊を包囲殲滅する必要はありませんでした。そのため、包囲した際に逃げ道を残しておくことは、メルカッツにとって、当初から想定していたことだと思います。もちろん、追撃も最初から視野にいれていたことでしょう。

同様の場面は、ビジネス現場でも起こりえます。誰かを説得せねばならなくなった場面では、よくできる人ほど、理論上のすべての選択肢を封じ込め、相手をやりこめてしまいたくなるものだと思います。しかし、それをしてしまうと、説得はできたとしても、その相手との関係が破綻してしまう可能性が高くなります。それよりも、十分説得ができる程度に戦果を上げたら、相手に少しでも華を持たせて議論をクローズする方が、より多くのものを手にすることができます。ただ打ち負かすのではなく、議論後の関係性までも想定して、相手の逃げ道を用意したシナリオを組むことが有用だと思います。

部下との関係でも同様のことは起こりがちです。部下に対して自分の方が仕事ができることが多いでしょうから、部下のやることなすこと全てが物足りなく見えてしまうことがあります。そしてそんな時、部下の言い訳までも予想して、逃げ道をすべて塞いで打ち負かしたくなることもあると思います。プライドもありますので。しかし、その状況が続いてしまうと、部下は疲弊し、自分から離れていくか、潰れてしまうか、どちらかの結末になってしまいます。それは、自分にとって大きな損失となります。部下そのものを失うだけでなく、そういった形を部下を潰した人間だと周囲に認識されてしまうからです。

もちろん、時には完全包囲をして逃げる隙を一寸も与えない必要に迫られる場面もあるでしょう。しかし、そこまで徹底せざるを得ない場面は、人生の中でそれほど多くはないはずです。常に相手に逃げ道を用意できるような、余裕と戦略眼をもった人間であることが、世の中でうまく生きていける秘訣なのではないか、と思います。

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