生き物

シャチが船を攻撃する事例が急増、専門家も「このような攻撃は見聞きしたことがない」と困惑


高い知能を持つ海洋哺乳類のシャチは水族館の人気者であり、ホエールウォッチングの対象としても人気を集めています。シャチが人や船を攻撃する事例はほとんど報告されていませんが、2020年の中頃からヨーロッパとアフリカ大陸を隔てるジブラルタル海峡に住むシャチの群れが船を攻撃する事例が相次いでおり、専門家も「このような攻撃は見聞きしたことがない」と困惑していると報じられました。

'I've never seen or heard of attacks': scientists baffled by orcas harassing boats | Environment | The Guardian
https://www.theguardian.com/environment/2020/sep/13/the-tale-of-the-killer-whales

2020年7月29日、生物学を専攻する大学院生のビクトリア・モリス氏が乗ったスペインのボートが、ジブラルタル海峡で9頭のシャチに囲まれました。ニュージーランドで友好的なシャチの群れに慣れていたモリス氏はこの出会いに喜んだそうですが、やがてシャチがボートに体当たりを始めたため、喜びは恐怖に変わったとのこと。


シャチの衝突によってボートは180度回転し、舵(かじ)やエンジンが壊されてしまいました。乗組員は救命いかだを用意して沿岸警備隊に向けて救援を求めましたが、シャチは1時間以上にわたってボートへの衝突を続けたそうです。衝突の間、シャチがお互いに意思疎通するかのように大きな鳴き声を出していたため、モリス氏は乗組員と話すために叫ばなければなりませんでした。

およそ1時間半後にモリス氏らは救助され、ボートは沿岸までけん引されました。シャチに襲われたボートを調べたところ、下層の舵がなくなっていることが判明したほか、シャチの歯形も残されていることがわかりました。長年にわたりジブラルタル海峡に住むシャチの個体群を観察してきたRocío Espada氏は、「シャチがガラス繊維製の舵をもぎ取るのはクレイジーです。私はこれらのシャチが赤ちゃんから成長したところを見ており、彼らの人生を知っています。このような攻撃は見たことも聞いたこともありません」とコメントしています。


Espada氏によると、高い知能を持つシャチが船を追いかけることは珍しくないそうで、時には舵をくわえて船を引きずることもあるそうです。しかし、この行動はあくまでもシャチにとっての「ゲーム」であり、実際に舵を破壊したり船に衝突したりするケースは非常に珍しいとのこと。Espada氏は、シャチの攻撃は何かしらのストレスが原因かもしれないと示唆しています。

しかし、モリス氏が遭遇した事例は、ジブラルタル海峡に住むシャチが船を攻撃した唯一の例ではありませんでした。ジブラルタル海峡沿いの港街・バルバテの近海では、2020年7月下旬から8月にかけて、「シャチが船に衝突した」という事例がたびたび報告されています。一方、必ずしもシャチとの遭遇が攻撃に発展するわけではなかったそうで、シャチが舵をくわえたものの、それ以上激しくならなかった事例もあったとのこと。

モリス氏と話したクジラ目研究家のEzequiel Andréu Cazalla氏は、「これは非常に奇妙な出来事です。私は彼らが攻撃するつもりだったとは思いません」とコメント。他の世界中のシャチ専門家も同様の驚きを表明しており、シャチが何か強いストレスを受けていることが原因ではないかと考えています。


ジブラルタル海峡のシャチは個体数減少が顕著であり、残りの個体数は50頭程度に過ぎないそうで、今後も減少してやがては絶滅する可能性も指摘されています。Cazalla氏は、ジブラルタル海峡がシャチにとって「最悪の場所」であると述べています。

水運の主要なルートとなっているジブラルタル海峡には、ただでさえ狭い海域に多数の船が行き交っているだけでなく、シャチの姿を見るための観光船も通行しています。ホエールウォッチングの観光船は、シャチを追いかけるために速度や距離の規制を無視するケースもあるそうで、シャチの狩猟能力に悪影響を与えてストレスの要因になっているとのこと。

また、特にシャチにとって問題となっているのが主にマグロを狙った漁船です。ジブラルタル海峡ではマグロ漁が盛んですが、シャチもマグロを主要な食料としているため、2005年~2010年にかけてクロマグロの数が大幅に減少したことでシャチの個体数も激減しました。さらに、釣り糸や魚網によってシャチが傷付くケースも多いだけでなく、時には意図的に漁師がシャチを攻撃することもあると一部の自然保護論者は考えています。

漁師とシャチはともにマグロを追いかけるライバルともいえる関係であり、漁師が電気が流れる棒でシャチを驚かせたり、火の点いたガソリン缶を投げつけたり、背ビレを切りつけたりする話もあるとのこと。実際、ジブラルタル海峡に住むシャチの中には、不自然な傷跡を持つ個体も少なくないそうです。


しかし、以前からシャチに対しては強いストレスがかかる状況が続いていたものの、これまで何十年もわたってシャチは船を攻撃してきませんでした。いきなりシャチが攻撃的になった理由については、「新型コロナウイルスのパンデミックが影響しているのではないか」との推測もされています。

2020年に入って発生したパンデミックにより、ジブラルタル海峡でも漁やホエールウォッチング、商船の通行量が減少し、およそ2カ月にわたってジブラルタル海峡の海はかつてないほど静かだったとのこと。パンデミックが落ち着くと再びジブラルタル海峡では船の交通が増加しましたが、これが静かな海になれたシャチを刺激し、シャチが「腹を立てた」可能性があるそうです。

シャチが船を攻撃したという話が広まり、ジブラルタル海峡周辺の船乗りの間には不安が広がっています。しかし、「危険な存在」というレッテルをシャチに貼ることは、保護活動を困難にする可能性があるとEspada氏は懸念しています。

すでにスペイン環境省には専門家からシャチの保護計画が提示されており、「バルバテ近海では水中に騒音を発生させる活動を最小限にするべき」との提案もされています。また、モリス氏も海洋生物学についての研究を行うことに決めたそうで、多くの人々がジブラルタル海峡のシャチを保護するために活動しているとのことです。

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in 生き物, Posted by log1h_ik

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