2021.01.03
ヒマラヤ山脈「ローツェ」登山中に青ざめた「人間の遺体」の存在感
写真家・石川直樹『地上に星座をつくる』より
石川 直樹
記憶に残るローツェの色
頂上に数分間だけ滞在した後、下山を開始した。懸垂下降で降りながら置き去りになった遺体に別れを告げ、ロープを頼りに慎重に下っていく。
クーロワールの壁の切れ間から、エベレストが何度も見える。長い時間をかけて登ってきたローツェ・フェイスがまな板を立てたように真っ直ぐに切れ落ちている。
遠くから見る、エベレスト(左)とローツェ(右)。(写真:石川直樹)
ぼくは足を前に出しながら、この瞬間はもう二度と経験できないんだ、と何度も思った。泣きたいくらい苦しいのに、それでもまたこの空間に身を置きたいと思ってしまう自分がそこにいた。
山頂を目指しているとき、プラ君はずっと後ろにいて、ぼくは前を見てひたすら登っていればよかった。誰の背中も追わなかったせいか、ぼくの中のローツェは無色透明だった。雪の白と岩の黒だけの透明な世界。山に登るというよりも、空に向かって透きとおった斜面を登っているような感覚。
命を削って、風の入口を探す旅。これでヒマラヤは一区切りだと思っていたが、どうやら簡単に足を洗えそうにない。
いまぼくは心の底から言える。ローツェは、本当にいい山だった。