カスタマイズ可能な人工キャプシド完成
さて、ペプチドの玉はできましたが、中に何かを入れたり、外側に何かをつけたりして、ウイルスのような機能を持たせることはできませんでした。化学的な構造として難しかったのです。そこで松浦さんは、原点のトマトブッシースタントウイルスに戻ることにしました。その骨格をつくっているペプチドを合成すれば、それだけでキャプシドに似たものができるのではないかと考えたのです。
当時、タンパク質を研究している人の多くが、その考えに否定的だったと松浦さんは振り返ります。「そんな、たかがペプチド断片で、こんなウイルスっぽい複雑なものができてたまるかっていうことを言われたことがあります。でも、それはやってみないとわからないと思ったので、とりあえず学生さんにやってもらったんですね」
すると、できちゃいました。世界初の「人工ウイルスキャプシド」です。報告したのは2010年でした。
それは中空の玉で、粒径は30〜50ナノメートルくらい。オリジナルのウイルスキャプシドより少し大きめです。「どうしてもペプチドだけなので、なんかきゅっとならないというか、ゆるい感じだと思います」と松浦さんは言います。とはいえ前回のペプチドの玉よりは、ずっとカスタマイズ性がありました。
ペプチドは1本のひもですが、その両端は同じではなく性質が異なっています。専門用語では「N末端」「C末端」と呼びます。ペプチドを構成するアミノ酸の配列を示すときは、N末端側からC末端側に書いていくのが通例になっています。つまり方向性があるとも言えるでしょう。
これらの末端に、またアミノ酸をつなげればペプチドは長くなっていきますが、それぞれ異なった化学物質をくっつけることもできます。化学用語では「修飾する」と言います。人工ウイルスキャプシドでは、パーツになっているペプチドのN末端が内側に、C末端が外側に向いていました。ということは玉の中と表面を、それぞれ異なった物質で修飾できるのです。
mRNAワクチンのような役目も果たせる
例えばN末端にDNAをくっつければ、そのDNAを内包した人工キャプシドができます。先にキャプシドをつくってから、中にDNAを入れるのではなく、ペプチドが勝手に集まってキャプシドができた時には、もうDNAも入っているのです。天然のウイルスも、感染した細胞の中で自分の部品をつくり、それが自然と集まってキャプシドを形成しますが、同時に遺伝物質も内包された状態になっています。
松浦さんは、実際にM13ファージというウイルスのDNAを、人工キャプシドに入れました。これだけで本物のウイルスのようになるわけではありませんが、一歩、近づいたという感じです。DNAの代わりに緑色蛍光タンパク質(GFP)を入れれば、光るキャプシドもできます。
人工キャプシドの中には、同様にしてmRNA(メッセンジャーRNA)を入れることもできます。mRNAというのは、細胞内のタンパク質工場であるリボソームという小器官に「こういうタンパク質をつくれ」という指示を出す核酸です。松浦さんが入れたのは「赤色蛍光タンパク質」をつくらせるmRNAでした。
その人工キャプシドをヒトのがん細胞にふりかけてみたところ、ウイルスのように細胞内に入って分解し、中のmRNAを放出しました。その結果、赤色蛍光タンパク質がつくられて、細胞は赤く光るようになったそうです。
これ、どこかで聞いたような話ですね。ファイザー社やモデルナ社の新型コロナワクチンは、ウイルスの「スパイク(突起)」になるタンパク質をつくらせるmRNAが主成分です。それが脂質でできた粒子に入っており、私たちの細胞内に届けられます。するとリボソームでつくられたスパイクタンパク質が、細胞の外に出てきます。これに免疫系が反応して、ウイルスに対する抗体ができるわけです。
つまり人工キャプシドは、コロナワクチンで言えば脂質でできた粒子の代わりになりえます。mRNAばかりでなく抗体そのものや、タンパク質でできた薬なども入れられるでしょう。
また「EPR効果」といって、10〜100ナノメートルくらいの粒子は腫瘍組織に集まりやすく、正常な組織には届かないことが知られています。なので人工キャプシドは、がん細胞だけを狙って薬を効かせることに役立つかもしれません。