イタリアンレストランのオーナーがこよなく愛する伊独合作車。1966年式フォルクスワーゲン・カルマンギア
クルマには、国民性や文化、思想など、時代ごとにあらゆる要素が反映されているように思う。
例えば、近年の日本車を例に挙げると、猛暑日を記録するような真夏の日本でも音を上げるようなことはほとんどないし、いまさらその事実に驚く人も皆無だろう(機械にかなりの負荷が掛かる状況だけに、実はすごいことだと思うのだが…)。そしてドイツ車であれば、日本の高速道路では考えられないような速度でも安全かつ快適にアウトバーンを巡航する性能が必須だろう。
そしてイタリア車であれば、何よりもデザインが優先されるに違いない。絵画、彫刻、建築、そして工業製品…。あらゆるモノが美を追究し、他国では決して真似のできない世界観を形成していることは誰の目にもあきらかだ。
今回は、そんなイタリアという国に魅せられ、美味しいと評判のイタリアンレストランのオーナーとして腕を振るう方の愛車を紹介したい。
「このクルマは、1966年式フォルクスワーゲン・カルマンギア(以下、カルマンギア)です。手に入れてから約3年、古いクルマだけにオドメーターの走行距離は不明です。私が所有してからは約3万キロ走りました。通勤の足としてほぼ毎日乗っています。現在、このカルマンギアの他にシトロエンの商用バンであるTYPE H(『アッシュ』)を所有しています」
カルマンギアは1955年にデビューした。ボディサイズは全長×全幅×全高:4140x1634x1330mm。排気量1192cc、空冷水平対向4気筒OHVエンジンの最大出力は30馬力。駆動方式はRR(リアエンジン・リアドライブ)だ。愛らしいフォルムの「タイプI」ことビートルがベースでありながら、カルマンギアは美しいクーペボディのフォルムを纏っており、人気を博した。デビューから2年後の1957年にはカブリオレ仕様も追加されたほどだ。
イタリアンレストランのオーナーといえば、愛車もイタリア車…と勘ぐってしまいたくなる。しかし、カルマンギアはフォルクスワーゲン社のクルマであり、れっきとしたドイツ車だ。なぜこのクルマを愛車に選んだのか?クルマ好きであれば誰もが尋ねたくなるだろう。
「このクルマの前にはフォルクスワーゲン・ タイプI ビートル(以下、ビートル)に乗っていたんです。ふとしたきっかけで乗り換えることになり、選択肢となったのがカルマンギアでした。元々は白い個体が欲しかったんですが、なかなか程度の良い個体がなく、たまたま縁があったのが現在の愛車です。ちなみに、私の兄も2台のビートルを所有しています。少なからず兄の影響を受けているかもしれないですね(笑)。私はいま42歳ですが、18歳のときにハーレーを手に入れ、4気筒OHVエンジンの音と振動がたまらなく好きということが関係しているかもしれません。もちろん、アルファ ロメオやフェラーリにも惹かれますが、現代のモデルよりも、私が生まれる前に造られたような、1960年代~70年代のクルマに興味がありますね。インジェクションよりキャブレターの方がしっくりきます」
そんなオーナーの愛車遍歴を伺ってみた。
「ハーレーを載せるために購入したダットサンでトラックにハマり、シボレー1500、アストロなどのアメ車を所有していた時期もありましたし、ローバーミニに乗っていたこともあります。燃費や維持費など、大排気量のアメ車と比較してこれほど維持費が掛からないものかと驚きましたね(笑)。ローバーミニは、消耗品を交換するだけでクルマ全体がシャキッとすることにも感動しました。私のイメージでは、日本車というとある程度の年数を乗った時点で賞味期限切れ…のような印象があるんです。仕事でイタリアに行きますが、現地ではフルレストアされた個体からボロボロのものまで…あらゆる古いフィアット500が元気に街中を走っていますよ。日本とヨーロッパでは、クルマに対する考え方が根本的に違うのでしょうね」
イタリア車が愛車遍歴に含まれていないことはちょっと意外に思った。こちらがそう感じたことをオーナーも敏感に察したようだ。
「カルマンギアって、イタリアのカロッツェリアである『ギア』がデザインを手掛けているんです。製作したのはドイツの『カルマン』なので『カルマンギア』と名付けられたんですね。純粋なイタリア車ではないけれど、イタリアの美意識が反映されていることは確かです」
冒頭でも記したとおり、オーナーはカルマンギアの所有者でもあり、イタリアンレストランのオーナーでもある。ここに至るまでは決して順風満帆ではなく、さまざまな紆余曲折があったようだ。
「現在のお店をオープンさせたのがちょうど10年前、リーマン・ショックが起こった直後、2008年の秋でした。この時期にオープンすることに関してあらゆる人に反対されましたよ。正社員として働いていると、そのお店の考え方や方向性に合わせる必要がありますよね。しかし、自分でお店を開けば理想を追求できる。それに、100年に一度の不況なら、かえってそれがチャンスに思えたんです。いま思うと無謀でしかなかったんですが…。あと、私自身が『凝り性』な性格なんですよ。料理をするのが好きで好きで仕方がないんです」
全国各地で毎日のように飲食店がオープンしては姿を消している。一昔前のクルマをいつの間にか見掛けなくなるように、飲食店も日々、新陳代謝が行われている。そして、そのなかでも生き残るのはホンのごくわずかだ。ちなみに、飲食店がオープンしてから10年後に残っている店舗は約1割ともいわれる。自分自身の理想を追求しつつも、長きにわたり支持されることは並大抵のことではないのだ。
「オープンしてから数年間は、宣伝してもなかなかお客様がいらっしゃらなくて苦しかったですね…。転機となったのは、あるメジャーなロックフェスティバル会場にキッチンカーを持ち込んで出展を決めた矢先、不慮の事故に遭ってしまい、片手が使えなくなってしまったんです。これは料理人にとって致命傷です。ロックフェスティバル会場にはスタッフが向かってくれたお陰で何とか乗り切れましたが、お店は半年間の休業を余儀なくされました。この間に離れていった従業員もいましたね…。振り返ってみても辛い時期ではありましたが、これを機に店舗自体をリニューアルしようと決め、内外装の雰囲気からワイン・料理まで、イタリアの世界感を前面に押し出しました。結果としてこのリニューアルが功を奏してお客様がいらしてくれるようになり、お店が軌道に乗ってきたんです」
「イタリアンレストランのオーナー」という肩書きは、一見すると華やかに映るかもしれない。しかし、同業態の店舗は日本全国に山ほどある。さらに、ポジティブな情報もネガティブな情報も一瞬で拡散される時代だ。1人でも多くの人に「イタリアンレストラン=オーナーのレストラン」と思ってもらえるために、常に絶品の料理を提供し、細やかなホスピタリティを提供しつづける必要がある。生半可な気持ちでは務まらないだろう。
「お店の経営が苦しかったときは、友人から譲ってもらったクルマに乗っていた時期もありましたよ。こうして、無事にオープンから10周年を迎えられたのは本当にありがたいことなんです…。そうそう。私はこのカルマンギアで通勤しているのですが、どこかでその噂を聞きつけて、実際にカルマンギアのオーナーさんが来店してくださったんです。これは嬉しかったですね」
オーナーとこのレストランにとって、幸運を運んでくれる存在ともいえるカルマンギア。どのようなモディファイを施しているのだろうか?
「私が手に入れたときは、定番ともいえる『ポルシェタイプのホイール』を履いていました。それを敢えてスチールホイールに交換しました。あとは、ボロボロだったステアリングをリプロダクション品に交換したり、痛んでいた内装の表皮を思い切って白から赤に張り替えました。黒いボディカラーと相まって、とてもかっこ良くなりましたね」
そんな愛しのカルマンギア、気に入っているところを挙げてもらった。
「何といってもデザインです。あとは、エンジンですね。空冷4気筒のエンジン音や振動がハーレーに通ずるところがあり、そこが好きなポイントかもしれません。暖機運転もきっちり行いますよ。常にきちんとコンディションを維持しておきたいんです。実は最近、全面的にエンジンをリフレッシュしたんです。ウェーバー製のキャブレター40パイを2基掛けし、ピストンシリンダー、カムシャフトもリフレッシュを兼ねて交換しました。まだ慣らし運転の段階なので、自宅に帰るときは少し遠回りして距離をかせいでいます(笑)」
最後に、このクルマと今後どう接していきたいかオーナーに伺ってみた。
「このカルマンギアが本当に気に入っているので、長く乗り続けたいです。ゴム類など、一部欠品している部品もありますが、多くはまだまだ入手可能です。できるだけオリジナルに近い状態を維持しつつ、すぐに乗れるコンディションを保ちたいですね。錆も目立ちはじめているので、いつかボディもきちんと修復してあげたいです」
古いクルマというと、雨の日にはガレージにしまいこんで乗らないという人が少なくない。それはそれでありだと思う。しかし、今回のオーナーのように、ガンガン乗りつつ、メンテナンスとコンディションの維持に対する努力は欠かさないという付き合い方も「あり」だ。
黒いボディカラーに赤い内装を組み合わせたカルマンギアが停まっているレストランを見つけたら…。そこは屈指の人気を誇るイタリアンレストランだ。通り過ぎてしまったら、Uターンしてでも立ち寄ってみてほしい。きっと、どこか少年っぽさを残した笑顔が印象的なオーナーが優しく迎えてくれることだろう。
<取材協力:Ristorante Moderato (リストランテ モデラート)/群馬県太田市>
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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