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2022.12.16

ベストセラー作家マシュー・サイドが語る「革新が生まれやすい社会と、生ませない社会」

マシュー・サイド

卓球の元イギリス五輪代表にして、人気作家、テレビのリポーターも務める売れっ子といえば、マシュー・サイドだ。

ベストセラー『失敗の科学:失敗から学習する組織、学習できない組織』(有枝春訳)に続き、『多様性の科学 画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』(ともにディスカヴァー・トゥエンティワン)も売れている。ロンドン在住のサイドに話を聞いた。


──なぜ、テーマを「失敗」から「多様性」にシフトしたのですか。

マシュー・サイド(以下、サイド):私自身が多様性の恩恵を受けているからだ。私は英国生まれだが、父はパキスタン出身で、母はウェールズ人。2つの異なる考え方や文化的伝統のなかで育った。多様性のおかげで創造性が増し、当然だと思われていることに疑問をもつこともできる。

また、失敗と多様性はコインの裏と表でもある。複雑な世界に失敗は付きものだが、そこから学び、考えを改め、意思決定やイノベーションの力を高める必要がある。その際役立つのが、異なる情報源や視点、認知モデルだ。社会が複雑化するなか、多様性は不可欠だ。

──第1章では、米中央情報局(CIA)の失態について書いています。「CIA職員は、個人単位では高い洞察力を備えているが、集団では物事を見抜く力がない。そして、このパラドックスの中にこそ、多様性の不可欠さが見て取れる」と。

サイド:CIAは、世界中から迫りくる脅威を察知するのが仕事だ。宗教的な過激主義化の力学も社会的背景も異なるなか、異種の脅威を見抜く必要がある。それには、異なる視点から成るチームが必要だ。

だが、アナリスト一人ひとりは非常に知的でありながら、採用に偏りがある。主に中流層のリベラルなアングロサクソン系白人男性で、プロテスタントだ。誰もが同じように考え、同じ失敗をし、同意し合うばかりでは正しい答えを見いだせない。集団的思考に陥ってしまう。

米同時多発テロを防げなかった理由は多々あるが、根本的理由の一つは、CIAがイスラム教のコンテキスト(言葉で表されない情報・空気)を読み取れなかったことだ。ひげを生やし、ローブをまとって洞窟で暮らす「アルカイダ」の指導者ウサマ・ビンラディンは、CIAの目には非常に原始的に映り、「テック超大国」米国の脅威になるなどとは考えもしなかった。

──第3章では、世界屈指の登山家ロブ・ホールが1996年5月、一般登山家チームを率いてエベレストに登頂後、遭難した事件が紹介されています。

サイド:同章で論じたのは、「ヒエラルキーの危険性」だ。経験も知識も豊富だったホールは、「私の決定がファイナルだ」と宣言。情報共有の遮断が数々の選択ミスを招いた。山の天気は変わりやすいため、分別ある決定を下すには、異なる情報を融合する必要があったのだが。

厳格なヒエラルキーの下では、部下がリーダーを恐れて異論や情報を共有しないため、結果的にリーダーひとりの考えになってしまう。部下が情報を共有できる環境をつくり出すことが重要だ。

「心理的安全性」は、多様性を機能させるために不可欠な要素だ。情報を共有し、討論したり異論を唱えたりし、摩擦や率直さ、オープンさを通して、よりよい決定を下すには欠かせない。

よきリーダーは非常に謙虚であり、チームの声に耳を傾ける。ホールの事例から学べることはリーダーの重要性だ。部下が自分の考えを言えないような、エゴの強いリーダーは問題だ。リーダーが謙虚で「聞く耳」をもち、心理的安全性が確保されていれば、部下は声を上げ、世界一優れたチームづくりができる。
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インタビュー=肥田美佐子 イラストレーション=オリアナ・フェンウィク

この記事は 「Forbes JAPAN No.099 2022年11月号(2022/9/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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