KOKAMI@network vol.18『ハルシオン・デイズ 2020』柿澤勇人&鴻上尚史 インタビュー

左:柿澤勇人 右:鴻上尚史

 

2004年に鴻上尚史による作・演出で初演、2011年にはロンドン公演を果たしている舞台「ハルシオン・デイズ」。自殺サイトで知り合った4人の物語を、2020年版となる今回はTwitterのハッシュタグ「#自殺」から出会った4人の物語として、新たに紡ぎなおしていく。主演はミュージカル「フランケンシュタイン」の柿澤勇人、共演には南沢奈央、須藤蓮、石井一孝が名を連ねる。2020年の今だからこそと書き換えられた物語は、どのようなものになるのか。稽古が進められている最中の鴻上と柿澤に話を聞いた。


――今回の作品は「ハルシオン・デイズ」を2020年版に変えて上演されるということですが、どのようなきっかけで浮かんだアイデアなんでしょうか。

鴻上「いろいろ複雑に事情が絡み合っているんですけど、一番わかりやすいのはコロナ禍で大人数の芝居ができなくなって、僕自身2本芝居が中止になっていて、新作を書くって言うことも見えていない状況だったんですね。この作品の初演は、人間の盾っていうイラク戦争に反対する人間なんだけど、ふと、目に見えない敵である自粛警察と戦う幻想を持つ男はどうだろう?って浮かんできて。これは今やる意味があるな、という流れでした。今年の2月以降いろいろと中止になってきて、緊急事態宣言が再延長になったときに、本当に秋には上演できるのかな…っていう想いがあって。そんな頃にSNSの荒れ方を見ていて、厄介な時代になったな、と思っていたんですよね。だから、浮かんできたのは5月6月ごろのことかな。でも、初演よりも楽しいものにしたいし、エネルギーのあるものにしたかった。観て悲しい気持ちになるものにはしたくない。もともと僕の芝居は、劇場に来たときより、帰るときに元気になってほしいっていうのがテーマだからね。でも今回は特に、生きる、生きようぜ、っていう芝居になればいいな、とすごく思っています。」


――柿澤さんは、出演が決まった時にどんな印象でしたか?

柿澤「ちょうど鴻上さんと一緒にやるはずだった「スクール・オブ・ロック」が中止になって、その前にも「ウエストサイド・ストーリー」も中止になっていました。今年は舞台上に芝居することは無いんじゃないかな、と思っていたころに声をかけていただきました。舞台上に4人だけで、ミュージカルじゃなくてお芝居。それだけでもすごく惹かれました。嬉しかったですね、単純に。DVDで観させていただいて、すごくテンポもよくてエネルギーがあって、笑えるお芝居でした。」


――今回は2020年の現代を舞台にしたお話になるそうですね。

柿澤「今回はコロナのことがあって現代に話を移しますし、自死っていうこともテーマのひとつでもある。…そのことは今、ものすごくタイムリーなテーマになってしまっていますが、それより前にこの企画のお話をもらっていて、やるぞ、という気持ちになっていました。その後に、僕の近しい人の中に自死を選んだ、ということもあって、結構、僕の中にズンと来るものがあって…「鴻上さん、これ俺にできるかな」って相談したこともありました。正直、しんどかったんです。でも、鴻上さんから「そうじゃない、生きろ、死んじゃダメだ、生きなきゃいけないんだ。観てハッピーになる、とにかく生きろ、っていことがテーマなんだ」って聞いて、背中を押してもらいました。本当に、ちょっと待てちょっと待て、本当にこんなことが起きるのかよ、っていう感じだったので。」


――稽古で演じ始めて、どういう手ごたえですか?

柿澤「僕の役に関して、ものすごくピュアな人ですよね。ピュアがゆえに、コミュニケーションが取れなかったり、人を信じやすかったりして、病んで妄想に走ったりする。なんでそこに行っちゃったんだろう、って考えると、すごくキレイな人なんだろうな、と思いますね。一方で、客観的にみていると、かわいくもあり、かわいそうな人でもある。愛おしい人になるのかな? 合ってます?」

鴻上「合ってる合ってる。すごく、カッキーっぽいよ。」

柿澤「えー! 嘘だ(笑)」

鴻上「いやいや(笑)。やっぱりこう、ちょっと引き受けてしまうというか。そんなにいっぱい引き受けなくていいじゃん、っていうものをちゃんと引き受けちゃうような、その誠実さはカッキーにもあるよね。」


――それは「スクール・オブ・ロック」の企画が動いていたころからの印象ですか?

鴻上「「スクール・オブ・ロック」は実際のところ1曲しか練習できていないんだよ。でも一緒にやるって決まった時に、カッキーが出ている芝居を何本か見せてもらって、その時の印象かな。「ハルシオン・デイズ」の主役がちゃんとハマる役者だな、と。いろんなタイプの役者がいるし、やっぱり、ご陽気で能天気な役者さんだと合わないからね。この役はね。カッキーは誠実に悩んでくれるぞ、っていう感触があったので、オファーできた感じです。」


――実際、柿澤さんはそういうタイプですか?

柿澤「もちろん、どの作品でも悩むっていうか。どの役でも、どんな舞台でも、めっちゃ楽だった~なんてことは1回もない。どこかしら絶対に悩みはある。ただ、僕にとっては新しい役どころですね。なんか、どっちかに振り切れる役が多いんですよ。猟奇的な殺人者とか、幼児誘拐犯とか。と思えば、名探偵シャーロックホームズとかね。今年1本だけやれた役が板垣恭一さん演出の「フランケンシュタイン」で、1幕は天才科学者で屈折したところがある役。そういうのが多いんですよね。今回の役は、普通ではないですけど割とニュートラル。久しぶりな感じはしますね。」

鴻上「ん? 板垣の「フランケンシュタイン」なら初演を観たぞ?」

柿澤「Wキャストだったんで、アッキー(中川晃教)の回だったのかも。板垣さんって、鴻上さんの助手をされていたこともあるんですよね? 板垣さんからは「鴻上さんはカッキーに絶対に合うから」って言ってくれたんですよ。言いたいことも全部受け止めてくれるから、って。だから、「スクール・オブ・ロック」が無くなっちゃって、いつできるのかな…と思っていた時に来た話だったので、嬉しかったんですよね。」

鴻上「そういう話は今じゃなくて、もっと早くしといてよ(笑)」

柿澤「稽古場って、なんか話せないんですよね。カズさん(石井一孝)って、すっごいしゃべるじゃないですか。止まんないんですよ(笑)」

鴻上「確かにね(笑)」

柿澤「そこに俺も入っていっちゃったら、いつ終わるのかな…ってなるじゃないですか。」

鴻上「そこは、座長が正しいね。」


――稽古場の楽しい雰囲気が伝わってきます(笑)。板垣さんの言っていた通り、鴻上さんの演出は柿澤さんにフィットしている感じですか?

柿澤「そうですね。たとえば、須藤蓮くんは、本当にフレッシュで、今回が2作目。僕はあんまり本数とかは関係ないと思っているけど、鴻上さんが須藤くんがわからないところを徹底的に教えているのを見ていて、なるほど!っていうポイントが多々あるんですよ。そういうのは見ていて面白いですね。鴻上さんって、そうやって「こうだろ!」って教えるのって、どうなんですか? 疲れる? 楽しいこと?」

鴻上「そこは持って生まれた教師体質というか。育てることが宿命だと思っているので、全然気にならないね。でも、成長しなかったら疲れるよね。さんざんアドバイスしたのに、同じところで足踏みしていると、いい加減にしろ、って思うけど。でも、須藤くんはちゃんと成長しているので、成長してくれると全然疲れない。ヨシヨシってね。」

柿澤「鴻上さんって役者でもあるから、見本が上手いんですよ。」

鴻上「それ、書いといてください。最近、全然役者のオファーないんですよ(笑)。カッキーはとても上手いんだけど、僕だってそれなりに上手いんですよ。でも、全然オファーが来ないけど。演出家だから、みんなビビってるんだと思うんだけど、役者の時はちゃんと聞きます。どんな変な演出されても、「はい」ってちゃんと聞くんだから。ぜひ使ってください(笑)」


――(笑)。さて、おしゃべりな石井さん、成長中の須藤さんのお話が出てきていますが、南沢奈央さんは稽古場ではどのような感じでしょうか?

柿澤「すごく真面目ですよね。鴻上さんが言う言葉をちゃんとピックアップして、処理して、芝居に出すっていう感じで。しっかり考えていることがあるんだと思います。でも、芝居の外だと、人見知りなんだろうな。僕もけっこう人見知りなんですけど、それ以上な感じですね。」

鴻上「人見知り同士が会話しているの、楽しいですよ。温かく見守っているんです。宇宙人同士がお互いを知り始めて会話しているようなね。」

柿澤「いや、思うんですけど、奈央ちゃんとは「俺ら2人はまともだよね」っていう共通認識が絶対あるんですよ。蓮くんが鴻上さんからいろいろなアドバイスを受けている横で、カズさんは壁に向かって延々と自分のセリフを唱えているんです。僕は台本を手放した方が立ち稽古の時は楽になるんですけど、カズさんは台本を持って確認するタイプ。でも、台本を持っているのに誰よりもセリフが出てこないんです(笑)。蓮くんは蓮くんで、自由人だから休憩時間になったらなんかフニャフニャし始めるし…。だから、奈央ちゃんとは俺らはまとも、って共通認識がきっとあるはず。」

鴻上「それはまあ、2人がまともっていうか、あとの2人がヘンすぎるっていう(笑)」

柿澤「やっぱヘンですよね(笑)」


――南沢さんとは「サバイバー・ギルド&シェイム」のときにも演出されていますね。その頃と比べて何か変わられましたか?

鴻上「もう4年も経っててビックリしましたよ。いや、上手くなってた。本人にはまだ言っていないけど。4年前はまだ、迷いがあったように見えたんだけど、大人になったんじゃないかな。もっともっといい女優さんになると思うよ。人見知りはもう、ずっと(笑)。だから、カッキーと並んで座っているのを、親戚のおじさんのような感覚で見ています(笑)」

柿澤「僕は本当なら、稽古後のメシ会飲み会も含めて演劇…ってわけじゃないけど。僕は酒飲みだから、僕にとってはそれが楽しいことなんだけど、今はそういうことができないから。じれったい感じはしますね。」

鴻上「そういう部分は須藤くんみたいに、ちょっと緊張して現場に来るような子にはちょっとかわいそうだよね。コロナ禍の前までは、僕は稽古初日に必ず飲み会をして、その後も何度か…酒飲みが居れば飲み会なんかは結構やるんだけど。今回は1回もできないからね。」


――今の状況ならではの難しい部分ですね。現代を舞台にするという部分で、ハッシュタグを通じて知り合うなどSNSが重要な部分になってくるかと思います。お2人はSNSについて、どのように捉えていらっしゃいますか。

鴻上「僕はもう、天国と地獄が同時にある存在っていうか。天国っていうのは、本当に知らない情報とかをすぐ教えてくれるところとかね。この間、オランダの友達が、じいちゃんが買った日本の虎の絵の屏風があって、横に書いてあるのは何なのか教えてくれ、って言われたんだけど、崩し字って何が書いているのかまったくわからないんですよ。それで、躊躇わずにすぐに写真撮ってSNSに上げて「詳しい人、教えてください」ってやったら、即座に誰の絵で、年号がいつで、中国の詩の一節で…とかバババッと教えてくれて。1時間もかからなかったですね。すごいのは、作者はコレって書いてあるけど、画風から見て模写です、っていうところまで分かったんです。なんてすごいツールなんだ!って思うけど、同時に炎上とかがあったりね。僕なんか、炎上上級者なのでね(笑)」

柿澤「何でそんなに炎上するんですか?」

鴻上「もう、いくつか…語るだけで恐ろしいことになる(笑)。最近だと、コロナ禍があって自粛要請をするならば休業補償がセットだ、って言ったら「普段偉そうに言っているのに、結局金か」って言われたりね。ものすごい反発が来ました。結構、心が折れましたね。「演劇なんか無くなってもいい、全部が無くなっても次の日には大学で新しい劇団が生まれているから」なんて書いている人がいて、なんかこう、蓄積っていうことをまったく無視するんだな、と。
まったく演劇を知らない人が「結局、金か」なんていうのはまだわかるんだけど、演劇のことを少しは分かっている人が言っている感じがしたんだよね。俺たちがこんなに努力していることが、なんの評価にもなっていないんだな、って思って、そのコメントは本当にグサッときたね。SNSは便利な分、グサッと来るときは本当にグサッとくる。


――柿澤さんはいかがですか?

柿澤「僕はあんまりやりたくない方なんです。一応、スタッフと一緒にやっているアカウントがあるんですけど。ずっと会社から、Twitterやろうって言われてたんですけど、嫌だって言ってて。ボロが出そうって言うか、お酒飲んで下ネタとか言っちゃったりしそうなんで。」

鴻上「ダメだ、それはダメだ(笑)」

柿澤「職業的にも、あんまり普段どうしているかとかを言いたくないというか。別にイメージを大事にしたいとかでもないんですよ。普段はジャージとかで過ごすような人間ですし。でも、SNS上の自分って結局、本来の自分じゃないような気がしていて。どうしても、お客さんに対するメッセージとか、そっちに特化ちゃうというか。昔からやってないんですよね。そもそも、アナログ人間なのかも。ログインの仕方とか、教わるんですけど、1回やってみてもういいや、ってなる(笑)」

鴻上「パソコンも持ってないの? ネットをさまよったりしない?」

柿澤「あるにはあるんですけど、ほとんど使わないですね。大学生の時に買ったやつですし。だから、ケータイでちょっと調べものするくらいです。エゴサーチっていうより、作品のこととかですね。DM?とかも、良く分かってないです(笑)」


――最後に、公演を楽しみにしている方へメッセージをお願いします。

鴻上「僕はとにかく、このコロナ禍の今に、元気になる作品になっていると思っています。ただただ夢物語のようなファンタジーよりも、ちゃんと現実に対してガッツリ取り組んだ上でエネルギーをもらえる作品のほうが、僕は元気になる。そういう作品を作ろうと、日々頑張っております。今回の4人も、よくこれだけ個性の違う人が集まったな、と。それぞれのキャラクターにも、すごく合っているんですよ。ここまで合ってると思わなかったな。すごくパワーアップした作品になったと思いますね。」

柿澤「単純に久々の舞台だし、劇場に来て、観ていただいて、劇場って楽しいな、芝居って楽しいなって僕自身も思いたいし、皆さんにもそう感じてほしい。そういう気持ちが根本にあります。いろいろ抱えた4人が集まるわけですけど、人が集まるとこんなバカみたいなこともあるし、いいこともあるし。3人が4人でメシ食うだけでも、こんなに面白いんだとか、そういうところを楽しんでもらいたいですね。なんで僕らが楽しくできるのかって、ちょっと僕らのバックヤードのような部分になるシーンがあるんですよ。そこが、僕らがリアルにできるところでもあるんです。観終わった時に、明日も生きよう、頑張ってまたいつか舞台に来よう、そんな気持ちで終われたらと思います。」

 

インタビュー・文/宮崎新之