複数のファッションブランドがいまだに、ほとんどもうけにつながらない芸術的な動画広告に大金を投じている。高級ブランドはとくに、ここ数年アートフィルムにご執心だ。しかしその背景には、切実な理由があった。
複数のファッションブランドがいまだに、ほとんどもうけにつながらない芸術的なショートフィルムに大金を投じている。高級ブランドはとくに、ここ数年アートフィルムにご執心だ。この1年間でそうしたフィルムに資金を投入したブランドのなかには、グッチ(Gucci)、ケンゾー(Kenzo)、ミュウミュウ(Miu Miu)、ガレス・ピュー(Gareth Pugh)、ルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)がある。
アーティスティックな短編映像には、50~100万ドル(約5500万円~1億1000万円)の制作費と1~4カ月の制作期間が必要だ。複数の場所でロケが行われ、多数のセレブやモデル、大物監督が起用され、高度な視覚効果が多用される。相当の投資を必要とするプロジェクトだというのに、効果はあまりはっきりしない。再生回数はそこそこ。作品は通常、YouTubeに投稿され、各ブランドのWebサイト上にも埋め込まれるが、そのリーチは平均で1000~5000程度だ。
成功例は数少ない
2016年8月に公開されたケンゾーの作品「マイ・ミュータント・ブレイン(My Mutant Brain)」は、珍しく再生回数900万回を叩き出した。表向きは香水シリーズ「ケンゾー・ワールド(Kenzo World)」のプロモーションのために制作されたこのショートフィルムでは、女優マーガレット・クアリーが瀟洒なホテルでワイルドに踊り狂う。3分以上経ってから、ようやく香水が登場する。
Advertisement
一方、グッチの2017年秋冬コレクションの宣伝用動画の再生回数は、有名な写真家グレン・ルックフォードが監督を務めたにもかかわらず、ケンゾーにははるかに及ばない92万7000回だった。昔懐かしいスター・トレック風の世界観は魅力的だが、購買意欲をかきたてるかどうかは別の話だ。
「グッチの動画は大好きだが、プロダクトが最新のトレンドというよりはコスチュームのような印象を受ける。動画で見たアイテムを店頭で探しているという客が来たことはない」と、ある百貨店バイヤーは匿名を条件に語った。動画に登場するアイテムの買い付けを増やしたこともないという。
商品よりも出演者
2017年にリリースされたほかの動画は、人気の面でさらに後塵を拝している。それぞれの再生回数は、ルイ・ヴィトンが27万7000回、ガレス・ピューは5万回、ミュウミュウはわずか6500回だ。
作品の長さはふつう1~10分程度だが、こうしたフィルムのほとんどはエキセントリックで凝った雰囲気。よくあるCMのように、あからさまに消費者受けを狙った要素はあまりない。各ブランドの今年のテーマは、エイリアンの侵略(グッチ)、身体変形(ガレス・ピュー)、樹木にインスパイアされたダンス(ケンゾー)だ。
ナターシャ・リオン監督によるケンゾーの別作品「カビリア、チャリティ、チャスティティ(Cabiria, Charity, Chastity)」が9月14日にリリースされたときも、記憶に残ったのは、ファッションアイテムではなくマーヤ・ルドルフ、マコーレー・カルキン、フレッド・アーミセンなどの出演者だった。メディアが取り上げたのも、出演者のことだった。
それでも資金を投じる理由
最初に挙げたケンゾーの作品のように、香水などの小さなアイテムについて大きなストーリーを表現する動画のほうが、消費者にとっては響くのかもしれない。「あのフィルムは本当にクールで、実際あの香水を買いたくなった」と語ったのは、ファッションプロジェクトに携わるフリーの映像作家、ケイシー・コールバーグ氏。また先に登場した匿名バイヤーも、「この場合は、ただ画面上にガラス瓶ひとつを映すのではないから、プロダクトの印象がずっと記憶に残る。ひとつのアイテムに焦点を絞ることで、そのプロダクトが際立つ」と話した。
またVICE傘下のデジタルエージェンシー、キャロット(Carrot)の最高クリエイティブ責任者を務めるティム・ノーラン氏は、ブランドにとってはこうしたフィルム全般が、ランウェイ以外でのストーリーテリングの一手段であり、資金を投じる価値があるものだと語った。同氏によると、ランウェイショーのみからそうしたストーリーを読み解くことは難しい。オーディエンスはBGM、ステージデザイン、コレクションのあいまいな関係を自発的に結びつなければならないからだという。
「フィルムでなら、消費者にもっと近づいてストーリーテリングを行える」と、ノーラン氏は述べた。加えてフィルムは、多数の記事やソーシャルメディア投稿のひとつよりも、記憶に残りやすい。「フィルムはうまく使うと、オーディエンスにとって写真よりもリアルでインタラクティブなものになりうる」と、コールバーグ氏も同意した。
利益と創造性のジレンマ
こうした意見はどれも一理あるとはいえ、記憶に残りやすく、便利なストーリーテリングの手段だからといって、売上につながるとは限らない。消費者のブランド認知度が上がったからといって、消費者に手の届く価格帯になるわけではないし、そもそも何を買ってほしいのかはっきりしないフィルムも多い。
だがクリエイティブディレクターのロクサナ・ゼガン氏が指摘するように、ランウェイショーもお金になるわけではない。「創造性をマーケティングの問題に矮小化することはできない」と、同氏は主張した。「すべてを投資利益率で判断してしまうと、この世はとてつもなく退屈な場所に成り下がる」。
一方でゼガン氏は、ブランドはアートフィルム制作のチャンスを、有名な監督ではなく若い多彩なアーティストに開放し、彼らを広く支援すべきだと提案した。
またインフルエンサーに頼りすぎても、空虚な印象になりねない。俳優ジェイデン・スミスを起用した最近のルイ・ヴィトンのフィルムが、その例だ。「あの場合インフルエンサーはただのノイズであり、ビジュアルの汚染だ」と、ゼガン氏は切り捨てた。
Jessica Schiffer(原文 / 訳:ガリレオ)