「現代型組織」の限界、なぜ変化することが苦手なのか
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サマリー:なぜ、トップの強い思いは伝わらないのか。なぜ、現場の危機感は共有されないのか。組織が変われない理由はさまざまであるが、その根源には「人間の性質」に根差す問題がある。リーダーシップ論、組織行動論の大家で... もっと見るあり、ハーバード・ビジネス・スクール名誉教授のジョン P. コッター教授とコッター社のメンバーによる最新刊『CHANGE 組織はなぜ変われないのか』(ダイヤモンド社、2022年)が日本の人事部「HRアワード2023」書籍部門 優秀賞を受賞したことを記念し、本書から一部を抜粋し、編集を加えてお届けする。第9回は、新しい「変化の科学」の第2の柱、現代型組織がどのように形成されてきたかに関する研究をひも解きながら、その限界と問題の原因について考える。 閉じる

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産業革命以降に出現した「現代型組織」の限界

 ここまで(連載第6回~第8回)、新しい「変化の科学」を構成する柱として、第1に個人単位の人間をテーマにした研究について述べてきた(詳しくは書籍『CHANGE 組織はなぜ変われないのか』を参照)。

 新しい変化の科学を構成する2つ目の柱は、現代型組織に関する学術的研究だ。ここで「現代型」という言葉を用いるのは、それが比較的歴史の浅い組織形態だからだ。そうした組織のあり方は(少なくとも政府や軍においては)大昔から存在するものと思われがちだが、実際に出現したのは、アメリカなどの先進国でもたいてい、19世紀後半になってからなのだ。

 現代型組織のあり方は、人類の長い歴史に基づく行動パターンや教訓を土台にしているが、それ以前の組織形態とは根本的に異なる点がある。産業革命以降に発展しはじめた新しいテクノロジーにより、生産と流通のコストが大幅に下がり、それまで存在しなかった大量消費市場が出現した。この新しい機会を生かすためには、規模が大きくて複雑性の高い組織を築く必要があった。

 当時、そのような形態の組織は、繊維や鉄道など、一部の分野で登場しはじめたばかりだった。この種の組織は、ひとつの場所で2~10人程度が働く昔ながらのやり方だけでなく、いくつもの場所で何千人もの人が働くやり方にも対応できるものだった。

 このような組織で複雑な調整をおこない、混乱を防ぐために、まったく新しいシステム、方針、構造、仕事のあり方が正式に導入された。事業計画は、一定の手順に沿って予算計画と一体で策定されるようになり、指揮命令系統と職務内容は、ピラミッド型組織の正式な組織図に明記されるようになった。

 また、財務コントロールなどのコントロール・システムが確立されて、あらゆる活動をモニタリングし、計画どおりの結果を実現することが目指されるようになった。計画どおりに運ばなかった場合に軌道修正できるように、新しい問題解決の手法とコミュニケーション方法も導入された。

 そして、複雑な組織を機能させるために、それまで存在しなかった職種──今日で言うところの「ミドルマネジャー」──が生み出された。「マネジャー」と呼ばれる人たちが「マネジメント・プロセス」を牽引するようになり、きわめて高い効率性と安定性が実現した。それ以前は、大勢の人が関わったり、地理的にさまざまな場所に分かれて働いていたりする場合、そこまで効率性と安定性を高めることは不可能と思われていた。

 こうした現代型組織は、変化することを苦手にしていた。たくさんの規則や方針、手続き、計画が備わっていて、強い標準化志向をもっているためだ。これらの要素は効率性と安定性を高めるうえでは不可欠なものだが、すべて変革の妨げになりうる。

 それでも、今日に比べて世界が変化するペースがゆるやかだったので、ほとんど問題はなかった。当時も、企業や政府は変化に素早く適応することに苦労していた(この時代、企業だけでなく、政府の規模も拡大し続けていた)。組織上の障壁や人間の性質により、変化の足が引っ張られていたのだ。しかし、今日で言うほど「素早く」変化することはほとんど求められていなかった──ごく最近までは。