赤城耕一の「アカギカメラ」

第57回:蘇るツァイスレンズ。ハッセルブラッド503CX+CFV II 50Cで再検証

ハッセルブラッド907X 50Cのお話は本連載でもすでに述べましたが、今回は手持ちのクラシックなハッセルVシステムレンズを、デジタルバック側、すなわちCFV II 50Cの力によって蘇らせようじゃないかというお話をします。

筆者と同年代の本誌読者には907XよりもCFV II 50C単体に興味があるという方が多いかもしれません。前回取り上げたレンズは1本だけでしたので、他のレンズはどうなのさという疑問を直接いただいたりもしたので、今回取り上げることにいたしました。

最初にお断りしておきますが、フィルム時代のハッセルブラッドVシステム用のツァイスレンズ群は、設計がかなり古いものです。半世紀前と言ってもおかしくないものもありますので、現行のXCDレンズと比較してどうのということはまず無意味なことでありますね。徹底した高画質を得るならば、907Xを外して、デジタルバックとして使用するのは得策ではありません。このあたりはオールドレンズファンならば説明は無用だと思います。

今回は5,000万画素あるCFV II 50Cの画像を正方形にトリミングして、レンズの中央部分を生かすことで、フィルム時代のハッセルブラッドの雰囲気をちょっぴりお届けしようと考えました。

ただでさえ44×33mmのセンサーをデフォルト設定で使用しても、レンズの周辺部は描写されない理屈になりますから、オールドレンズのパフォーマンスを全て見ないと気が済まないという人には許せないのかもしれませんが、あまり硬直して考えてしまうのもどうかと思います。

CFV II 50Cの5,000万画素のCMOSセンサー面、剥き出しですから取扱注意です。正直なところゴミはつきやすいですが、逆にクリーニングは素人にもできます。ただし慎重に行う必要はあります。

いや、これは屁理屈かもしれませんね。筆者もジジイなんで、ハッセルVシステムで撮影した写真を横長のアスペクト比で見たくないわけです。縦位置動画が生理的に許せないのと同じです(笑)。あ、断っておきますが、ハッセルVシステムも645のマガジンなどもあったんですけど、筆者は頑なにこれを使うのを拒否していました。今考えるとバカバカしいこだわりだったのですが。

これまでハッセルVシステムには本家ハッセルのみならず、他社からもデジタルバックが多数用意されていましたが、価格も仕様も業務用という側面が強いものでした。CFV II 50Cは機能、デザイン的にも洗練され扱いやすくなった印象があります。価格も大幅に下がったため、なんとか筆者にも入手できたというわけです。

とはいえちょっとしたデジタルカメラのフラッグシップ機は購入できるくらいの価格ですから、本来はすぐにアサインメント撮影にも積極的に導入して、モトを取ることを考えるべきでありますが、スタジオ撮影ならともかく、なかなかロケに持ち出そうという気にはなれないものです。

なぜならば、お仕事には効率重視という側面もあります。撮影者が頼みもしないのに猫の瞳にピントを合わせてしまう時代に、ハッセルVシステムで、フォーカスはMF、露出はマニュアルで、なんて使い方は相当な覚悟が必要です。ま、筆者も長いこと撮影を生業としているのでさほどのストレスではないかなあ程度です。でもラクではありません。

機材運びも含めてアシスタントさん2人くらいにサポートしていただきませんと、撮影する前にココロが折れてしまいそうでしたが、今回頑張って、手持ちレンズを取っ替え引っ替えして撮影したのでギャラあげてください。いや筆者を褒めてください。本当は例のごとく、重たい機材を持ち歩きたくないので、仕事場近辺のご近所で間に合わせて撮影しました。だからこそできたことなんですけど。

ディスタゴンC 40mm F4
巨大なレンズです。筆者手持ちのものはT*コーティングが施される前ですからかなり古いですね。503CXに装着して使用しましたが、疲れました。でも屋外ではなんとしても手持ち撮影をしないと気が済まないものですから、頑張ってみましたよ。
まったくもって失礼ながら、ハッセルSWCの38mmビオゴンレンズの印象から、本レンズの性能を軽んじて見ていたのですが、意外なことに問題なく使えそうです。フィルムだと気になった周辺画質がカットされるからでしょうか。多少、階調の再現が詰まったような印象ですが、画像処理で手当てできそうです。
デフォルトの設定でも、意外にシャドーが出るじゃないかと驚き。もう少し手を入れたくなりました。
CFV II 50C ディスタゴンC 40mm F4(F8・1/500秒)ISO 200
古いレンズですからまったく期待していませんでしたが、さすがのツァイスという印象です。少々、温調な感じはします。
CFV II 50C ディスタゴンC 40mm F4(F8・1/500秒)ISO 200
マクロプラナーCF T* 120mm F4
神話化された性能のマクロレンズですが、マクロ名があるくせにあまり寄れないという文句もよく聞きます。オトナのユーザーは黙ってプロクサーレンズなり接写リングを使います。開放からそれなりにコントラストがあり、しっかりした像の形成で好印象ですね。CFV II 50Cでは画角が狭くなりますが、それでも頑張って使うぜという気にさせます。描写の感覚的にはフィルムで使用していた時の印象に似ているという感想です。これが一番嬉しかったりします。Vシステムを使いたいという人は本レンズを入手しておいた方がいいと思います。
CFV II 50Cを使用しても線の細さを感じさせるのは素晴らしいですね。斜光線でディテール再現もありボケ味も悪くありません。
CFV II 50C マクロプラナーCF T* 120mm F4(F8・1/500秒)ISO 200
テスト撮影を繰り返して、お、これなら絞りを開いてもイケるかなあということで、撮影しましたが問題ないですね。フィルムでの印象と似ています。
CFV II 50C マクロプラナーCF T* 120mm F4(F5.6・1/500秒)ISO 400 モデル:三浦まり

前機種CFV-50cはバッテリーを本体に内蔵できなかったのでスリムさに欠けましたが、CFV II 50CはフィルムのA12マガジンを少し大きくした程度で、装着してもVシステムカメラの持つ雰囲気を壊しません。これは筆者の中ではかなりポイント高いですね。ライカと同様、ハッセルブラッドの開発エンジニアにも、かなりカメラ趣味的に濃い人がいるんじゃないかと思います。ぜひ一度お話をお伺いしたいものです。

120フィルムの専用マガジンA12(右)とCFV II 50Cを並べてみましたが大きさは違えど、そんなに違和感ないわけです。デザイン的にきちんと整合がとれています。

CFV II 50Cは1957年以降に発売されたほとんどのVシステムカメラに装着可能ということですが、例外があります。うちのハッセルブラッドSWCには三脚座が干渉し、取り付けることができませんでした。SWCで装着できるのはSWC/Mからとのことです、泣きたいです。でも筆者はなんとかCFV II 50Cを装着したくて、一時はSWC/Mや903とか905のSWCシリーズを探しましたが、これらを見つけ出しても、アサインメントに使える公算はかなり低く、断念しました。

ハッセルVシステムはレンズシャッターを採用した500シリーズやSWCシリーズはフルメカニカルですから、レンズシャッターとボディ内蔵のバックシャッターのメカニカルな連動に、最新のデジタルデバイスであるCFV II 50Cを組み合わせる苦労は相当にあったと思います。

Vシステムボディ側からCFV II 50Cに伝える連携は、ボディ側のシャッターを押したと同時に飛び出る板状のタイミングピンで行います。これはかつてフィルムマガジンにシャッターチャージを知らせるためのものでした。

メカ連動だからタイミングが悪ければ未露光などのトラブルが出て、使いものにはなりませんが、筆者の手持ちの500C/Mや500EL/Mなど古いハッセルVシステムカメラでも問題なく動作するのは嬉しかったですね。

CFV II 50Cから使用するVシステムのカメラボディを選択してセットします。あとはCFV II 50Cの電源を入れ忘れなければ撮影はフィルム時代と変わらないわけです。

もっとも、古いハッセルVシステムカメラではメンテナンスを怠っていたなどの理由から一連のシーケンスがうまくいかないこともあるかもしれませんから、注意は必要ですね。

さらにセンサー面の位置や規格の厳密さはフィルム時代と比べるとかなりシビアになっているはずですから、5,000万画素のポテンシャル、ツァイスレンズの最高性能を引き出すためには、CFV II 50Cに合わせてボディ、レンズをメンテナンスする必要が出てくるかもしれません。

ディスタゴンCF T* 50mm F4 FLE
FLE(フローティング機構)内蔵の広角レンズですが、フローティングは、手動方式で、フォーカシングしたのちにフォーカスリングの距離指標を読み取り、フローティングのダイヤルに同じ距離を合わせるという、面倒な方式が採用されています。フツー自動でやらねえかこれ、って思いますが、仕方ありません。
結論を言えば、いずれの撮影距離においてもとても良い感じです。CFV II 50Cに負けていないというか、特に階調の繋がりの良さが光ります。当初FLEのない前機種を所有していたことがあるのですが、それよりも明らかに画面中央部も優れています。
ワイド感はないのは当然ですが、なかなか使いやすいですね。レンズがさほど大きくないこともありがたいです。
CFV II 50C ディスタゴンCF T* 50mm F4 FLE(F11・1/500秒)ISO 400
中心部のディテール再現は良好ですし、歪曲収差がよく補正されています。このくらい写れば風景写真にも使えますね。
CFV II 50C ディスタゴンCF T* 50mm F4 FLE(F11・1/500秒)ISO 400
プラナーCF T* 80mm F2.8
ハッセルVシステムレンズでおそらく製造本数が一番多いのではないかと思われるレンズです。前回の連載登場時はCタイプのものを使用していますが、結果的には今回の個体の方が優れておりました。少し新しいレンズということもあるのかもしれませんし、個体差かもしれません。ただ、デザイン的にはCタイプのものが優れています。
ものすごく解像力が高いのかと言われると困るのですが、開放からの象の整い方が優れているのは、球面収差がアンダーに振れているからという話もあります。絞りこむとピシッときますが、XCDレンズにはかなわないでしょうし、絞り込んでも少々軟らかい再現です。
安定感のあるイメージです。この条件ならもう少しコントラストあってもいいかなとは思いますが、足りないと感じても調整は容易ですね。一見すると解像力が弱そうですが、中央の秒針の針が指している位置もわかります。
CFV II 50C プラナーCF T* 80mm F2.8(F8・1/500秒)ISO 200
徹底したシャープネスという感じはなく、フィルム時代のハッセル画像を思い出しました。
CFV II 50C プラナーCF T* 80mm F2.8(F11・1/500秒)ISO 200

筆者の手持ちのハッセルVシステムカメラをいくつか試したところ、厳密にみればフォーカシングの精度に関して、CFV II 50Cと相性の良いもの、いささか怪しいものがあったことは事実です。

フィルム時代の組み立てや、ボディとマガジンの組み合わせの公差がいかに緩いものだったかがわかりますが、120フィルムの裏紙による平坦性の悪さを含めて、おおらかだったと考えるべきでしょうか。

今回はそうした精度的なリスクを背負う意味でも、撮影条件は屋外の明るい場所、しかも絞り込んで余裕を持たせています。開放絞りを積極的に使用して、レンズの味云々を徹底追求したい人は、撮影方法を変えて撮影する必要があるでしょう。

なんとしても厳密なフォーカシングを行いたいという場合は、CFV II 50Cはライブビューも可能なのでCFレンズではシャッターダイヤルを「F」位置に、ボディ側のシャッターをT位置に設定すればモニターでフォーカシングも可能になります。ピーキングも使えますが、少々大雑把なようなので、フォーカスを厳密に追い込みたい場合は、表示画像を拡大するなどして慎重に対処すべきでしょう。

背面のモニターをチルトさせておけば、ウエストレベルファインダー撮影でもすぐに目を移して撮影画像の確認ができますね。なかなか便利です。タッチスクリーン方式なので設定はすばやく行なうことができます。

フィルム時の画面サイズはアスペクト比1:1、56×56mmのスクエアでした、CFV II 50Cはセンサーが44×33mmですから、単純に正方形にトリミングしますと33×33mmになりますね。センサーサイズに合わせたV専用のスクリーンには1:1のフレーム表示もありますのでこれを利用して撮影しました。

Vシステムカメラ専用のCFV II 50Cのスクリーンです。初期の500C以外はこれに交換したほうが、フレーミングはしやすくなります。破線は1:1フォーマットのためのものです。視野率はどうだろう85%くらいですか。でも撮影画像をみれば答え合わせはできるので特に問題は感じません。

結果はご覧の通りです。レンズの個体差かどうかはわかりませんが、正直、これは性能的にどうよというものもありました。筆者は中判カメラでもなるべく手持ちで撮影したいので、ほとんどの撮影は原則として1/500秒の最高速シャッターを切っています。それでも手ブレに関しては怪しいコマもあったというのが正直なところであります。

ディスタゴンCF T* 60mm F3.5
なぜかVシステムの60mmは種類が多く、F5.6やF4というレンズもありました。結果から申し上げますと実用にはなるのですがあまり感心しません。どこかピリッとこないというか、コントラストはあるのですが、細かいところまでの仔細な解像感を感じないのです。三脚を使用して慎重に撮影したものもありますが、印象が変わらずですし、フィルム時代からあまり良い印象がありませんでしたから、もっともこれは個体の問題かもしれません。機会があれば別の個体で試してみたいところです。
ヌケは悪くないのですが、フォーカスの合焦点はもっとピリッといきたいところです。遠距離よりも至近距離の方が性能はいいみたいですねえ。
CFV II 50C ディスタゴンCF T* 60mm F3.5(F8・1/500秒)ISO 400
どこか全体にユルいわけです。個体差かなあ。手ぶれかなあと悩ましく。ただ何を撮影しても印象が変わらないのだから、やはり実力かなあ。
CFV II 50C ディスタゴンCF T* 60mm F3.5(F8・1/500秒)ISO 400
ゾナーCF T* 180mm F4
どうしてこのレンズを導入したかは忘れました。250mmは使いそうもないので、発売されたと同時に飛びついたというところでしょうか。昔は少しは筆者のフトコロも余裕があったのでしょう。レンズ設計としてはVシステムのツァイスとしては新しい部類に入ります。このため性能面の安心感は大きいですね。
ただ、どうしても手持ち撮影したい筆者なので、今回はレンズシャッターのスピードライト全速同調の利点を生かして、撮影時にすべてスピードライトを使ってみました。このためレンズ本来の描写の雰囲気はあまり伝わらないかもしれないので申し訳ないのですが、フィルム時代に須田一政さんの真似をしてハッセルを使用していたことを思い出しました。
絞りの五角形がハイライトの点には出ますねえ。これは宿命でどうしようもありません。合焦点はビシッときます。スピードライトを使いシャドーを起こしています。
CFV II 50C ゾナーCF T* 180mm F4(F8・1/500秒)ISO 400
街中にあるオブジェの一部を切り取りました。これもスピードライトでシャドーをカバーしています。金属の質感の再現は悪くないです。被写界深度は浅いですね。
CFV II 50C ゾナーCF T* 180mm F4(F8・1/500秒)ISO 400

しかし、スナップや人物撮影ならばそれなりに使えるということはお分かりになると思いますし、コントラストが多少低いなどのレンズ側のネガな要件は、画像処理時に追い込めそうです。ここではレンズ本来の性能を見るために、レベル補正など最低限の調整しかしていません。

ハッセルVシステム交換レンズを積極的にお使いになるという方々ならば、レンズ個々の特性などはおおよそお分かりになるのではないかと思います。このあたりは撮影者側もおおらかな気持ちで臨みたいものです。

ゾナーCF T* 150mm F4
ディスタゴン50mmとプラナー80mm、そしてこのゾナー150mmを揃えればハッセルVシステムの3種の神器となると昔から言われておりました。一見すると平凡なレンズのようでいて侮れない存在なのです。モチーフを選ばない万能性能で、何を撮影しても満足できます。ボケ味もいいですね。この印象はCFV II 50Cでも変わりませんでした。よほど基本性能が優れているのでしょうか。
かつて購入にあれだけ苦労したこのレンズも中古市場では冗談ではないかと思うほど廉価に売られているので、Vシステムユーザーは絶対に購入された方がいいと思いますよ。Cタイプでも大丈夫かと思います。
マクロプラナー120mm並みに素晴らしい再現性。これならアサインメント撮影でも問題なかろうという感じです。日陰の条件なのにコントラストありますね。
CFV II 50C ゾナーCF T* 150mm F4(F8・1/500秒)ISO 400
実直な描写です。おばあちゃんの手の皺も見えます。歪曲収差も良い感じで補正されています。この印象もフィルムと同じでした。
CFV II 50C ゾナーCF T* 150mm F4(F8・1/500秒)ISO 400
赤城耕一

写真家。東京生まれ。エディトリアル、広告撮影では人物撮影がメイン。プライベートでは東京の路地裏を探検撮影中。カメラ雑誌各誌にて、最新デジタルカメラから戦前のライカまでを論評。ハウツー記事も執筆。著書に「定番カメラの名品レンズ」(小学館)、「レンズ至上主義!」(平凡社)など。最新刊は「フィルムカメラ放蕩記」(ホビージャパン)