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新訳版『道化の華』と『人間失格』

新訳版『道化の華』と『人間失格』

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アトランティック(米国)

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Text by Jane Yong Kim

1948年に出版された傑作『人間失格』が、現在も米国の若者たちの心を掴んでいる。そして、その前日譚にあたる『道化の華』の英語新訳が発売された。社会的ストレスを鮮烈に描いた太宰が、多くの読者を魅了し続ける理由を米誌記者が分析する。

ある憂鬱な青年が、自分は心底、社会から疎外されていると感じている。彼は、他人に自分をさらけ出せないことに悩み、道化を演じることを覚えた。そして彼は、昔から自分は「人間の資格の無いみたいな子供だった」と認める。家族とは距離を感じ、友人たちを遠慮なく批判する。

今日(こんにち)の社会で「大庭葉蔵」という人物に出会う読者は、彼の皮肉な孤立と辛辣な自己評価のうちに、おのずとアンチヒーローの印を見るかもしれない。葉蔵の痛烈な一人称の語りは、彼が登場する小説の揺れる背骨となっている。その小説とはすなわち、日本人作家・太宰治による『人間失格』である。

1948年に出たこの本は、現代日本文学の傑作である。本書は幼年期から青年期までの葉蔵を追い、そこで主人公は、自分の(そして社会の)欠陥を完膚なきまでに追跡してみせる。北米初版から10年後、米「ニューヨーク・タイムズ」紙はこの本を称賛し、「自己告発」「会話調で語られる破滅的な物語」と呼んだ。

『人間失格』はそれ以来、ミニマリストからカルト的人気を博し、芸術家たちに擁護され、映画やグラフィックノベルに翻案されている。太宰自身も人気の漫画シリーズにキャラクターとして登場してきた。

著者の波乱に富む苦悩多き生涯が(彼は『人間失格』出版の少し前に自殺している)、本の評判に影響したことは間違いない。しかし、冷笑的な自己認識こそが、本書がなお新たな読者層を獲得している理由かもしれない。

物語は1930年代の日本に設定されてはいるが、その主題は疑いなく、現代でも共感できるものだ。その閉所恐怖症的な、ほとんどパフォーマンスめいた自己閉塞的な語りは現代的で、心理的視野狭窄を探究してきた過去10年の小説と調和しているように思える。

そして、語り手の悲観的な人間観は、私たちの時代のストレス要因(本物であらねばならないプレッシャー、公的な人格を創造しなければならない重荷、他人のために自分の人生を演じる必要があるという感覚)と向き合う読者たちの心にも響くことだろう。

75年を経ても『人間失格』は、いまだに切迫感をもって読むことができる。ミュージシャンのパティ・スミスはかつてこう述べた──太宰は「死にゆく男のペースで書いた。未解決の状況の解決策を切望しながら」。
残り: 5135文字 / 全文 : 6225文字

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