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米カリフォルニア州にあるサン・クエンティン州立刑務所の死刑執行室Photo by California Department of Corrections and Rehabilitation via Getty Images

米カリフォルニア州にあるサン・クエンティン州立刑務所の死刑執行室
Photo by California Department of Corrections and Rehabilitation via Getty Images

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佐藤大介

佐藤大介

Text by Daisuke Sato

世界で死刑を廃止、または実質的に廃止しているのは144ヵ国・地域にものぼる。経済協力開発機構(OECD)の38加盟国をみても、死刑執行を続けているのは日本だけだ。

制度の見直しをしようとしない「死刑モンロー主義」は、もう限界に達している──『ルポ 死刑 法務省がひた隠す極刑のリアル』を上梓した佐藤大介氏が、米国と韓国を例に世界の潮流を読み解く。

廃止国は年々増加している


国際人権団体である「アムネスティ・インターナショナル」のまとめによると、世界で死刑を廃止している国(10年以上死刑執行のない「事実上の死刑廃止国」を含む)は144ヵ国・地域で、日本を含む死刑を存置する55ヵ国・地域を大幅に上回っている(2020年末現在)。

2020年に死刑を執行したのは18ヵ国・地域で、死刑執行数は少なくとも483件と、過去10年間で最も少ない数値となった。「少なくとも」としているのは、大量の死刑を執行している中国が情報を公開していないことや、同様に独裁政権による粛清などで死刑が横行しているとみられる北朝鮮の状況がわかっていないためだ。

中国や北朝鮮など民主主義のルールに則った政治システムが機能していない国では、死刑が独裁者の裁量や政治的キャンペーンによって利用されることから、これらの国のデータが明らかになれば、死刑執行者数は跳ね上がることが考えられる。


アムネスティでは、2020年の死刑判決と死刑執行に関する報告書で、死刑を取り巻く状況について「世界がパンデミックで機能不全に陥るなか、複数の国の政府関係者が健康対策をなおざりにし、死刑の判決と執行に執拗なまでに固執したことは、彼らの死刑適用の冷酷さをさらに浮き彫りにし、死刑廃止が喫緊の課題であることをあらためて示した」と記している。

その上で、死刑廃止国が2006年の128ヵ国・地域から2020年は144ヵ国・地域まで増えたことなどから、報告書では「死刑の廃止に向け世界が前進を続けている近年の傾向を裏付けている」と、前向きな評価も与えている。

そうした「近年の傾向」のなかで、注目すべきなのが米国の動向だ。

死刑存置国・米国の動き


米国では死刑が1972年にいったん停止されたが、1976年の連邦最高裁判決で復活した。米調査団体「死刑情報センター」によると、死刑復活から2021年3月までに1532人が執行されている。このうち1250人が南部の州に集中し、テキサス州は570人に上っている。

一方で死刑執行数は減少傾向にある。年別では1999年の98人が最も多かったが、2015年以降は20人台で推移し、2020年は17人だった。死刑判決も1996年の315件から、2020年は18件にまで減っている。

こうした背景には、相次ぐ冤罪がある。同センターによると、1973年以降で無実が証明され釈放された死刑囚は185人に上り、ずさんな捜査や裁判が浮き彫りになった。被告が有色人種の場合や、被害者が白人の場合に死刑判決が出やすいとの批判も根強い。2021年3月に死刑廃止法案に署名したバージニア州のノーサム知事(民主党)は「死刑の廃止は道徳的に正しい」と述べている。

冤罪や人種的な隔たりといった問題点を受けて、バイデン大統領は、2020年の大統領選に向けて発表した公約の中で「連邦レベルでの死刑を廃止する法律を成立させ、各州がこれに従うよう働き掛ける」と明記した。

米国では連邦政府の連邦法で死刑が規定されている一方、州政府はそれぞれ主権を持ち、州法を制定できることから、州によって死刑の存廃は分かれている。バイデン氏は、連邦政府レベルでの死刑廃止を公約とし、死刑囚には仮釈放のない終身刑を適用するとの明確な姿勢を示したのだ。検事出身のカマラ・ハリス副大統領も、検事時代から死刑には反対の立場を公言している。

バイデン氏が連邦レベルでの死刑廃止を公約として打ち出したのは、トランプ前大統領への対抗軸を示すという意味もあった。トランプ前政権は2020年7月に、連邦政府として2003年以来となる死刑執行を再開。この年だけで10人、政権交代直前の2021年1月にも3人と立て続けに執行した。この中には、幼少期から継父らによる性的虐待を受けるなどし、重い精神障害があった女性死刑囚も含まれており、死刑執行には米国内外から大きな批判が起きている。


サン・クエンティン州立刑務所の死刑執行室 
Photo by California Department of Corrections and Rehabilitation via Getty Images


そもそも、連邦政府が年10人以上執行するのは過去約120年で初めての事態だった。トランプ氏は犯罪に厳しい姿勢を示すことで、次期大統領選に向けて保守層にアピールする狙いがあったとみられているが、駆け込み的な執行は議論を呼んだ。こうしたトランプ氏の「政治的」な死刑執行で、死刑に対して懐疑的な世論が増えたとの見方もある。

政権交代を経て、ガーランド司法長官が2021年7月、連邦レベルでの死刑の執行を一時的に停止するとの通知を公表した。トランプ前政権は2019年7月以降、死刑の執行に関する諸規則に変更を加え、変更後の規則に基づいて連邦レベルでの13人の死刑執行を行ったことから、変更された規則の見直しを行い、その作業が終わるまでの間は死刑の執行を停止するというのが通知の内容だった。

「一時停止」ではあるものの、ガーランド氏は2021年2月22日の上院公聴会で死刑の執行停止を支持する考えを示していることから、当面は連邦レベルでの死刑執行は行われない見通しだ。

製薬会社が執行用の薬物を販売拒否


一方、2021年5月と6月には、テキサス州で薬物注射による執行が行われるなど、州レベルでは死刑執行が続いている。だが、2020年に死刑を執行した州は5州にとどまるなど、死刑を続ける州は少数派になりつつある。

米国で死刑を廃止しているのは50州中23州で、過去10年間執行していない州を含めると36州になる。2021年3月にはバージニア州が南部州として初めて死刑を廃止した。バージニア州はこれまで113人を執行し、テキサス州に次ぐ多さだった。「死刑情報センター」のロバート・ダナム事務局長は「バージニア州の死刑廃止は、米国全体での潮流を示している」と指摘している。

「死刑存置」に区分されている州のなかには、死刑執行の最終的な権限を持つ知事が「執行しない」と明言しているケースもあり、州レベルでの廃止の動きは今後も進むとみられる。

米国での死刑に関する近年の動きは、次の表のようになっている。



2015年2月に、ウルフ知事が死刑執行停止を表明したペンシルベニア州では、現行の死刑制度は重大な欠陥を抱えており、死刑に関して充分な議論が尽くされるまで停止措置を続けるとしている。

「重大な欠陥」として、冤罪の可能性のほか、上訴審で刑の減軽事由が見つかったり、原審の判決プロセスに不備があったりして終身刑に減刑された死刑囚が複数いることや、経済的弱者や人種的に少数の人が、とくに白人を殺害した場合に死刑判決を受けやすいということを挙げており、社会的な差別の問題にも踏み込んでいる。

ウルフ知事は「われわれが死刑制度を続けるのであれば、被告人が起訴のすべての段階において適切な弁護が得られるよう、そして刑が公平かつ均等に適用され、無実の者を処刑するリスクが排除されるように、一段と対策を講じなければならない」と述べている。

また、ネブラスカ州では2015年5月、共和党のリケッツ知事が、死刑は犯罪抑止効果があるとして死刑廃止法案に拒否権を行使したが、州議会が誤判の危険性や執行用薬物の入手困難などを理由に賛成多数で覆した。ネブラスカ州は、議会で共和党が過半数を占める保守的な州で、こういった州での死刑廃止は1973年のノースダコタ州以来という。

死刑廃止の動きの背景には、死刑の制度的欠陥に対する批判のほか、電気椅子より「人道的である」として導入され、主流な執行方法となっている薬物注射への疑問もある。薬物による死刑執行は通常、麻酔剤の後に筋弛緩(きんしかん)剤が投与され、呼吸が止まるという過程をたどる。

ところが、主な調達先である欧州の複数の製薬会社が2012年ごろを境に、使途が処刑の場合の販売を拒否するようになった。このため、現在は米国内やほかの国から調達した薬物に頼っている。

だが、こうした薬物の品質は信頼できないなどとして死刑執行が延期されるケースが相次いでいる。実際、2014年7月にアリゾナ州で執行された薬物注射による死刑が、薬物投入から死亡まで2時間近くかかり「非人道的だ」との批判が噴出した。

議会での動きや執行をめぐるトラブルなどが明るみに出ることで、米国全体が死刑廃止に大きく傾くことも考えられる。こうしたことは、死刑執行でジャーナリストなどの立ち合いを認めず、執行の経緯も公表しない日本ではまず考えられないことだ。米国での議論からは、「人間の命を奪う」という刑罰を「密行主義」で行い、検証すらさせない日本の姿勢が、いかに問題であるかがわかるだろう。

「実質的死刑廃止国」韓国の事情


米国のほかに、死刑をめぐる動向が注目されるのが韓国だ。韓国には死刑制度があり2019年の資料では60人の確定死刑囚がいるが、1997年12月に金泳三(キム・ヨンサム)大統領が23人に対する大量執行を行って以来、死刑執行はなされていない。2007年末にはアムネスティによって「実質的死刑廃止国」に認定されている。

韓国が死刑執行を停止するようになったのは、1998年に金大中(キム・デジュン)氏が大統領に就任したことが大きい。

民主化運動のリーダーとして活躍していた金大中氏は、軍事独裁政権によって何度も逮捕・投獄され、死刑判決を受けた経験を持っていた。2007年10月、ソウル中心部にあるプレスセンターで開かれた、市民団体の主催による「死刑廃止国家宣布式」に参加した金大中氏は「誤判や独裁権力によって抹殺された命がどれほど多いか。死刑は犯罪を抑止しない。罪を犯した者の更生の機会も奪う制度には賛成できない」と訴えている。

「我々の人権運動史上、今日は最も意味のある日。人権先進国の仲間入りを果たした」とも述べ、死刑廃止に対する並々ならぬ思いを語っていた。死刑が時の権力によって恣意的に使われるという危険性を、金大中氏は身をもって体験していたのだ。

韓国死刑廃止運動協議会によると、韓国が成立した1948年から50年間で、処刑された死刑囚は902人(軍事裁判による死刑の執行を除く)。うち約4割が政治犯だったとされる。とくに朴正煕(パク・チョンヒ)、全斗煥(チョン・ドゥファン) 両元大統領による軍事独裁政権時代には、民主化運動を弾圧するために死刑制度が使われた。金大中氏も、その対象となった一人だ。

そうした金大中氏と、やはり民主化運動を闘った盧武鉉(ノ・ムヒョン)氏が、ともに大統領在任中に死刑制度に批判的な立場をとり、結果として執行がなされなかったのは不思議なことではない。軍事独裁政権下で逮捕・起訴され、死刑が執行されたり服役したりした人たちに対して無罪が言い渡されるケースも相次いでおり、民主化運動を経験した世代を中心に、死刑に対する拒否反応は強いといえる。

このほか、死刑など人権問題に対して敏感な欧州との貿易関係に支障を来(きた)さないために、死刑執行には消極的であるとの見方もある。凶悪な犯罪などが起きると、韓国でも「死刑を執行せよ」といった世論が高まる。

2010年2月には、憲法裁判所が「死刑は合憲」との判断を下している。だが、四半世紀にわたって死刑執行を行っていない韓国が死刑を再開すれば大きな国際ニュースになることは間違いなく、韓国が死刑を執行することはないという見方が支配的だ。

韓国では、国会に死刑廃止法案が上程されたことはあるが、実質的な審議に入ることなく廃案となってきた。だが、長期間にわたって死刑執行がなく、執行再開も難しいなか、新たに「死刑制度廃止特別法」を制定すべきとの議論が起きている。この特別法は、死刑制度を廃止する代わりに、減刑や仮釈放を認めない終身刑を導入するという内容だ。死刑廃止を実現させる一方で、死刑を求める世論を納得させるため、代替刑としての「終身刑」を設けるというのは、日本の死刑廃止議連が試みた内容と同じだ。

ソウル中央地方法院の法廷 Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images


さらに、死刑執行がないなかで、法務当局も処遇環境の見直しを進めている。

2008年からは、収容されている確定死刑囚の集団処遇(独房ではなく、雑居房に収容すること)を可能とし、刑務所に移送して刑務作業を認めるなど、徐々に柔軟化している。2012年6月に日弁連死刑廃止検討委員会のメンバーらが視察で訪韓した際、韓国の法務当局は「長期間収容されることで自暴自棄にならないよう、多様な教化プログラムを考えている」と説明していた。

また、韓国政府は2020年11月の国連総会で、死刑執行の停止を求める決議案に初めて賛成票を投じている。韓国の通信社、聯合(れんごう)ニュースによると、韓国法務省は「韓国が国際社会から『事実上の死刑廃止国』と認識されていることや、決議案の賛成国が増え続けていることなどを踏まえて賛成した」という。
 
韓国で死刑が停止しているのには、金大中氏が死刑囚から大統領になったという、極めて特殊な背景がある。それだけに、日本との単純な比較は難しいが、金大中氏の死刑制度に対する批判には経験に基づいた深い説得力があり、欧州との経済的関係から韓国が死刑再開に慎重な判断をしたというエピソードは興味深い。確定死刑囚の処遇を変化させているという柔軟さについても、日本の硬直化した処遇と比較すると雲泥の差があり、そうした点からも学ぶことは多いと言えるだろう。

世界の潮流に逆行する日本


世界各国の約7割が死刑を廃止、または事実上廃止しているなかで、日本は少数派に属している。そうした中、米国が連邦レベルでの死刑執行を停止したことから、先進国主体の経済協力開発機構(OECD)加盟国(38ヵ国)で通常犯罪に対する死刑執行を続けているのは、日本だけと言うことができる。

米国では、薬物注射による死刑執行の際にトラブルが発生し、それが死刑に関する議論を巻き起こした。死刑に関する情報が広く公開されているから起きた現象であり、米国とは対照的に死刑の情報開示に消極的で、極めて閉鎖的ななかで執行を続けている日本では、そうした議論の種をみいだすことも難しい。

2020年12月16日、国連総会は「死刑の廃止を視野に入れた死刑執行の停止」を求める決議を賛成多数で採択した。賛成は123ヵ国で、反対の38ヵ国を大幅に上回る圧倒的多数での採択だった。同様の趣旨の決議は2007年以降、ほぼ2年に1度のペースで採択されているが、日本は一貫して決議に反対している。米国などが反対票を投じたが、その中には中国や北朝鮮といった、民主主義による政治や司法のシステムを持っていない国も含まれている。総会決議には拘束力はないものの、国際社会が死刑制度に対してどのような考え方を持っているか、少なくともその潮流を示したかたちとなった。

日本政府は国際人権諸条約の締約国として、国連総会決議を尊重する国際的な義務を負っている。死刑廃止を是とする国が着実に増えていっているなかで、死刑執行を続け、国連総会で反対票を投じ続けることは、世界の潮流に明らかに逆行している。

「死刑に対する世論が割れ」ており「凶悪犯罪が起き続けている」のは、日本に限った現象ではない。死刑を廃止したり、国連総会で死刑廃止決議に賛成票を投じたりした国は「各国の事情」だけで判断したとは言えないだろう。

「主権の侵害であり内政干渉となる」と国連総会の委員会で死刑廃止決議に反対した死刑大国・中国の主張と、民主主義国家である日本の主張が、国際社会から同じ次元にみられていいのだろうか。日本が、自国の問題として国際社会の動きに背を向け、制度の見直しをしようとしない「死刑モンロー主義」は、もう限界に達している。

※ この記事は『ルポ 死刑 法務省がひた隠す極刑のリアル』からの抜粋です。

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