ウガンダにあるレストラン「YAMASEN」のスタッフ集合写真

和食:日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産として登録されたのが2013年。日本の食文化が海外でも注目されるようになり、海外で和食を提供するレストランが増えてきましたが、ほとんどの出店は海外駐在中の日本人も多く住む大都市に集中しています。

2018年10月、ウガンダの首都カンパラにハイエンド層をターゲットに、手まり寿司など本格的な創作和食を提供するレストラン、日本料理店「YAMASEN(やま仙)」がオープンしました。

ウガンダの日本料理店「YAMASEN」の外観

日本料理店「YAMASEN(やま仙)」の夜間外観(画像提供:COTS COTS LTD.)

なにゆえウガンダで日本料理店を始めようと思ったのか?そして実際、ウガンダ人に和食はどのように受け止められているのか? 現地のレストラン運営を担う総料理長ら日本人メンバーが一時帰国したタイミングでお話を伺いました。

ウガンダは「アフリカの軽井沢」

まず、ウガンダとはどういう国か簡単に紹介しましょう。正式名はウガンダ共和国(Republic of Uganda)で首都はカンパラ。面積は24.1万平方キロメートルと本州と同じくらいの広さです。人口は4,286万人で、現在約300名の日本人が暮らしています。

主要産業は農林水産業でコーヒーや、カカオなどを輸出しています。外務省のWebには「1980年代後半まで経済は混乱したが、1987年以降世界銀行・IMFの支援を得て構造調整政策を積極的に推進し、マクロ経済が安定。比較的高い成長率を維持している」とあります。

カンパラの街中、建物が立ち並ぶ風景

ウガンダの首都カンパラの風景(画像提供:COTS COTS LTD.)

日本料理店「YAMASEN(やま仙)」(以下、「YAMASEN」)は、首都カンパラの米国大使館や国際的なNGOの事務所があるムェンガ地区の複合施設「Tank Hill Park」に「高級日本食レストラン」として入っています。
「YAMASEN」を含む複合施設を建設し運営するのは、COTS COTS LTD.という日本人によって現地に設立された会社です。

代表の宮下芙美子さん(以下、宮下さん)は、2012年に農業ベンチャー「株式会社坂ノ途中」の社員として初めてウガンダを訪れ、2014年に現地法人の代表となりました。その後、COTS COTS LTD.の代表としてウガンダで食材調達や渉外を担当しています。
宮下さんにウガンダの首都カンパラはどんな場所か聞くと「暑いイメージを持つ方が多いと思いますが、平均気温は25℃。湿度もなく過ごしやすく、アフリカの軽井沢と言われています!」と意外な答えが返ってきました。

COTS COTS LTDメンバーの集合写真

右端後ろ、学生時代にウガンダに滞在したことがあるテレイン一級建築士事務所(東京都新宿区)の小林一行さんが建物の設計や施工を担当。小林さんの奥様とお子さん(前列)も合流し、久しぶりに「COTS COTS LTD」関係者が顔を合わせた(ライター撮影)

暑い国のイメージがあるアフリカですが、首都カンパラはエアコンもいらず、年間を通じてTシャツとジーンズで過ごせてしまう快適な場所なのだとか。「治安も良く、リゾート気分で過ごせます。気候に関して言えば、日本より楽な感じです」と話してくださいました。

ウガンダへは、日本から中東やヨーロッパ経由のフライトで約20時間かかります。やはり遠いですね!そんな場所で日本料理店を経営するには、どんな課題があるのでしょうか。

どうせなら、ウガンダで存在感の際立つ和食レストランを作りたい

COTS COTS LTD.のメンバーでウガンダを拠点にしているのは、食材調達や渉外を担当する宮下さんと、「YAMASEN」の総料理長をつとめる山口愉史さん(以下、山口さん)、店舗のサービスを統括する酒井樹里さん(以下、酒井さん)の3名です。

YAMASENウガンダメンバー3名が椅子に座っている

ウガンダから一時帰国した「YAMASEN」の現地日本人メンバー3名。左から酒井さん、山口さん、宮下さん(ライター撮影)

総料理長の山口さんと宮下さんはご夫婦。ウガンダの日本大使館で婚姻届を出したそうです。

(「YAMASEN」ができる前、かつ婚姻前に)1人でウガンダに駐在していた時、彼氏が京都で和食の料理人をしているとまわりに話したら、絶対にウガンダでお店をやった方がいい!となったんです。いくつか候補地がある中からマーケティング調査をしてウガンダを出店地に決めたというより、ウガンダありきで計画が立ち上がったのが実際のところ。主人は、ウガンダに来るか来ないかの選択肢しかなかったのです(笑)。」(宮下さん)

京都生まれの山口さんは、京都市内の日本料理店で修業後、先代からの店を引き継ぎ、京都市中京区に「やま仙」という店名で独立していました。ところが2015年にその店を閉じて一念発起、ウガンダに拠点を移して、お店の立ち上げから携わりました。

2014年に初めて1週間ほどウガンダに下見に行き、ここでやろうと決めたんです。海外でやってみたいという思いはもとからありましたし、誰もやっていないところでやったら面白いし、バリューになるだろうと」(山口さん)

そうはいっても、生まれ育った京都の日本料理店とウガンダではあまりに環境が違いすぎて、戸惑うことも多かったのでは?

ウガンダで日本料理店をオープンするにあたり、最も苦労したことは「語学力」ですと苦笑い。英語の日常会話がほとんどできない状態で現地に移り住んで3年間。今ではウガンダ人スタッフに日本料理を教えるまでの英語力になりましたが、食材調達やメニュー開発以上に苦労したのが、言葉の問題だったそうです。

日本料理レストランYAMASENの内観

「YAMASEN」の内観。天井が高く、光がたっぷり入り開放的(画像提供:COTS COTS LTD.)

山口さんという日本人料理人を総料理長に迎えたことで、ウガンダで「本格的な日本食」の提供が実現します!

在住日本人が少ない途上国では、こぢんまりと家庭料理を提供する和食レストランの出店が多いですが、私たちはそういう店は最初から想定していませんでした。どうせやるなら、その国の市場で圧倒的な存在感を発揮できるようなかたちでやりたいという強い想いをメンバーで共有していました」(宮下さん)

ただ小さく日本料理店をやるのではない。その先に、大きな目標を見据えた上で「YAMASEN」はオープンしたのでした。

ウガンダにあるレストラン「YAMASEN」の内観。木のテーブルとイスがあり、大きな窓から外が見える

「YAMASEN」の個室は2部屋。これは最大20人収容の個室(画像提供:COTS COTS LTD.)

そうは言っても、ウガンダの首都とはいえカンパラは日本料理店の経営に適した環境とは言えません。特に、鮮魚や新鮮な野菜を定期的に入手することが困難で、衛生状態も気になります。運良く東アフリカでアルコール手指消毒剤の現地生産・販売を開始していたサラヤ株式会社から「東アフリカにおける食品衛生事業」のモデルケースとして出資を得ることができました。

現在、寿司に必要な魚介類は2日かけて東に接するケニアの漁港から内陸国のウガンダまでトラック輸送。野菜や米は自社農園で栽培したり、提携農家と契約栽培したりして確保。高品質な生鮮野菜や生鮮魚介類を安定して調達するための独自のフードバリューチェーンは、少しづつ構築されつつあります。

盛り付けられたカルフォルニアロールの画像

ローストビーフロールは寿司に馴染みのないウガンダ人のお客さまにも人気。醤油と塩ダレとともに提供(画像提供:COTS COTS LTD.)

横一列に並べられた色鮮やかなにぎりの画像

醤油をつけすぎるお客さまが多いため、にぎり寿司はそのまま食べられる状態で提供。まぐろやサーモンのほか、生魚を食べ慣れないお客さまも手を出しやすい蒸し鶏やローストビーフも(画像提供:COTS COTS LTD.)

木の箱に等間隔に美しく並ぶ手まり寿司

彩りが美しい人気メニューの「手まり寿司」(画像提供:COTS COTS LTD.)

野菜とフライドチキンの写真

フライドチキンYAMASEN風。3時間漬け汁でマリネしたあと蒸し上げ、オーダーを受けてから熱々の油を表面に回しかけることで、表面の皮だけをパリッと揚げる。提供時間の短縮とヘルシーさが狙い(画像提供:COTS COTS LTD.)

ウガンダのポテンシャルとカルチャーギャップを埋めるための試行錯誤

ウガンダの1人当たりGNI(国民総所得:Gross National Income)は600米ドル。首都カンパラはそれよりは高いと言っても、平均的な月給の水準は平均100ドルです。「YAMASEN」の一人当たりの客単価は30〜40ドル。夜になると高い天井の空間に光があふれ、外観の美しさを際立たせ、カンパラの富裕層がドレスアップして訪れる高級店として存在感を高めています。

ウガンダは発展途上国ではありますが、首都カンパラは国際機関のオフィスが多くおかれているので都市サイズの割には欧米人人口が多いです。経済格差はありますが、ウガンダ人の中でも中間富裕層が順調に育ってきているので、今後も市場性は十分期待できます」(宮下さん)

YAMASEN内で現地の人が日本酒を注いでもらっているところ

はるばる日本から輸送される日本酒のファンも多い。写真は純米吟醸「南部美人」(画像提供:COTS COTS LTD.)

「YAMASEN」で働く日本人は3人のみ。他は全て現地人スタッフで対応しています。

レストラン立ち上げ前からスタッフの採用、教育にあたったのが料理長の山口さんとサービスを統括する酒井さん。

いい人材を見つけるため、200人は面接しました。サービススタッフに関しては経験というよりキャラ採用。履歴書はあてになりません。素直で、正直で、ポテンシャルがあり、新しく挑戦しようしている人材、私たちと一緒に成長できる人材を選びました」(酒井さん)

酒井さんは、2009年に青年海外協力隊員としてウガンダに赴任して2年間滞在した経験があり、ウガンダ人の気質や生活習慣にくわしいですが、カルチャーギャップのある中で日本のおもてなしや食文化を伝えるのは容易ではないと言います。

一番驚いたのは道具に対する意識の違いです。自分の道具ではなくお店の道具だから扱いが雑になるのも理由のひとつでしょうが、刺し身を切りつける柳刃包丁で、平気で肉を叩いたりするんです(笑)。包丁は日本から持って行きましたが、全部刃が欠けてしまいました…」(山口さん)

YAMASENのエントランス

YAMASENの店内の様子。レストランの入り口には大きな暖簾がかけられている(画像提供:COTS COTS LTD.)

ウガンダ人の彼らが思っているハイエンドのサービスと、私たちが目指すサービスにはギャップがありました。彼らは、『お客さまの椅子をひく』ことをマニュアルとして徹底するようなガチガチのサービスが高級店にふさわしくて良いと思っていましたが、私たちはスタッフひとりひとりの魅力やおもてなしの心が伝わる接客をして欲しいと考えています」(酒井さん)

日本とウガンダの間にある考え方のギャップを埋めるために、どのような伝え方や努力をしているのでしょうか?

酒井さんは「頭ごなしに命令するのではなく、彼らのプライドを傷つけないようにしながら、私たちがなぜそれをしたいか、なぜそれがいいと考えているのか、繰り返し説明しています」と教えてくれました。

海外で日本食文化を伝えるために必要なのは、やはり地道なコミュニケーションの積み重ねなのかもしれませんね。

YAMASENオープン前の研修シーン

レストランの建設作業の遅れもあり、開店を待つ期間中ずっとスタッフ研修は継続され、その期間は計5カ月にも及んだ(画像提供:COTS COTS LTD.)

通常、カンパラの高級レストランでは、チップはそのテーブルのサービスを担当した人のみが受け取ります。これは欧米と同様の習慣です。しかし「YAMASEN」では、もらったチップはまとめ、掃除や皿洗いのスタッフも含めた全員で山分けしています。

自分の担当テーブル以外はサービスしない、自分の利益にならないことは手助けしない、といった個人プレイの弊害を避けるだけではなく、店全体がチームとしてお客さまに価値を提供しようという姿勢を大切にしているからです。これは、カンパラの飲食店では新しい試みになります。

今後「YAMASEN」のサービスが評価されることは、サービス業の地位が低いウガンダで、サービス業に携わる人に新たな希望を与える可能性をも秘めています。

ウガンダの上と下の経済圏をつなぐ役割を果たす

「YAMASEN」で提供する日本料理は、輸入調達している日本酒や調味料以外はほとんど現地で調達しています。ウガンダは気候も安定しているのでさまざまな農作物の生産に適し、日本料理に不可欠な日本米(コシヒカリなど)も現地で田植え、稲刈りをしてまかなえているそうです。

首都カンパラの市場には、色鮮やかなさまざまな野菜が並ぶ

首都カンパラの市場にはさまざまな野菜が並ぶ(画像提供:COTS COTS LTD.)

日本でも生産者の顔が見えて、素材のストーリーや背景に思いを寄せたレストランがトレンドになっています。ウガンダの富裕層は農村出身の方も多いので、親和性があり価値観になじむと思いました」(宮下さん)

しかしながら、小規模生産が中心で、生産者と消費者を結ぶ輸送網が整備されていないなど、食材をめぐるバリューチェーンが不十分な状況です。前職で、有機野菜を栽培する農業ベンチャーの現地法人代表を務めていた宮下さんは、独自のアプローチで高品質な食材の生産〜調達〜輸送からレストランで提供という流れを生み出そうとしています。

収入のピラミッドの上部をしめるごく一部の人と、その下の大勢の存在を、お皿の上のお料理で結ぶ役割を『YAMASEN』が果たせればと思います」(宮下さん)

日本からサポートしているメンバー2名

日本からサポートしている清水政宏さん(左)と水野太郎さん(右)。ウガンダとは毎日チャットツールやメールでやり取りをしている(ライター撮影)

COTS COTS LTD.のメンバーで、日本側で資金調達や財務計画を担当している清水政宏さんは「自分たちの経済活動の中で、ウガンダ人スタッフが成長し幸せになるのは喜ばしいです。収益性があり、新たな経済圏を作れるのはたぶんアフリカだけと思います」と、「YAMASEN」を通じた新規事業の魅力を語ってくれました。

和食をウガンダに紹介するだけにとどまらず、地域農業の発展、食材流通の安心安全の発展、飲食業のサービス向上など、さまざまな面での貢献に意気込む「YAMASEN」がこれからウガンダでどんな存在感を発揮していくのか、楽しみです。

海外出店を考えている日本人へのメッセージ

ウガンダで日々奮闘されている3人に、これから海外でレストランを開業したいと考えている人に向けたメッセージを最後に伺いました。

宮下さんは、「オープンから日も浅いある日、急に電圧が不安定になり電球がパンパンと音を立てて消えました。電子機器は煙を上げるし、被害はかなりのものでした。そんなことが途上国では普通に起こります(笑)。でも、買い物も不自由する状態でウガンダに来た料理長の山口が、今ではお客さまからアフリカ大陸で1番のレストランだと称賛されるほどのものをつくりあげている。そんな可能性の広がりは海外でチャレンジしないと得られないです」と海外でのチャレンジで得られる可能性の大きさと手応えを語ってくれました。

山口さんと、酒井さんは「日本での経験やバックグランドが、海外では全て活きます!(自分ではたいしたことないと思っても)どんな経験でも必ず活きてきます!」とエールを送ってくれました。

「YAMASEN」の引きの外観写真

「YAMASEN」の昼間外観(画像提供:COTS COTS LTD.)

YAMASENのテラスでBBQが行われている様子の写真

「YAMASEN」の開放的なテラスで行われるBBQは現地で人気を集めている(画像提供:COTS COTS LTD.)

とても和やかで、互いを尊重しているチームYAMASENの皆さま。今までに紛糾したことはあるのか尋ねると「日々紛糾です」と笑われてしまいました。理解が揃わないことは当たり前。それをどう乗り越え、自分たちの目的を叶え、同時にウガンダの発展にも寄与するのか。

遠いウガンダで、日本のスピリットで奮闘している方々がいると知るだけでパワーをもらえます。「YAMASEN」がアフリカ大陸で1位の日本料理店となり、さらなる夢に向けて歩むのを応援したいです。

<「YAMASEN」オープンまでの道のり>

2015年
COTS COTS LTD.設立。日本料理店「YAMASEN」の資金集めスタート。共同創業メンバー(宮下さん、山口さん)

2015年
京都の店を閉じ、ウガンダに拠点を移して総料理長として開店準備に入る(山口さん)

2017年 1月
商業施設Tank Hill Parkの建築開始 (小林さん)

2017年
COTS COTS LTD. に参画 (酒井さん)

2017年
COTS COTS LTD.がSaka no Tochu East Africaの事業を承継。共同代表に就任(宮下さん、清水さん)

2018年 1月
日本料理店「YAMASEN」現地スタッフ採用及び研修スタート

2018年 6月
商業施設Tank Hill Park内に日本料理店「YAMASEN」レストラン棟完成

2018年10月
日本料理店「YAMASEN」グランドオープン

■取材協力

店舗名 やま仙/YAMASEN Japanese Restaurant
公式Facebook
公式Instagram
住所 Tank Hill Road, Muyenga, Kampala, Uganda
営業時間 12:00~15:00、18:00~23:00
休業日 火曜日
企業名 COTS COTS LTD.