一般的には夏に食べるお菓子として親しまれている「水ようかん」ですが、福井県では、水ようかんを冬に食べる風習があります。窓の外の雪景色を眺めながら、こたつに入ってみかんとお茶と水ようかんを食べることが、冬のお楽しみだといいます。

今回は、東京・青山にある福井県のアンテナショップ「ふくい南青山291」にて行われた「ふくいブランド講座」で、福井のユニークな食文化である「冬に食べる水ようかん」についてお話を伺ってきました。
お話くださったのは、株式会社カリョーの代表取締役社長である新谷雅嗣さんと、郷土料理研究家・フードプロデューサーの佐々木京美さんのお二人。株式会社カリョーは、製菓・製パン・デザートの原材料から包装品、製造設備までトータルに提供している総合卸売業で、新谷さんは福井の代表的食文化である「冬水ようかん」を全国に広めるべく、多方面で活躍されています。

福井の水ようかんの歴史とは?

福井の水ようかんのルーツには諸説あるようですが、江戸時代の丁稚奉公(でっちぼうこう)から始まったといわれます。

当時、福井は滋賀と近いため、近江商人の町だった近江八幡などに丁稚奉公へ行く人が多かったようです。丁稚さんが福井に里帰りするときに、ご主人からもらったお給金でお土産を買おうとしても、高いものは買えません。本練りのようかんは最高級の和菓子なので庶民の口にはなかなか入らないものでしたが、丁稚さんでも手の届く価格帯の手土産として、近江あたりでは小麦粉を足した蒸しようかんが作られました。それが福井では、水を足して水ようかんになったという説もあります。

そうしたようかんは「丁稚さんが里帰りに買って帰ったから」また「丁稚さんでも買える値段のようかんだから」などの理由で、「丁稚ようかん(でっちようかん)」と名付けられました。福井の水ようかんは、店によっては「丁稚ようかん」とも呼ばれ、広く親しまれています。

さまざまな水ようかんの写真

今回「ふくいブランド講座」で試食した水ようかんの箱一覧。ところどころ「丁稚ようかん」と書かれたものもあります。特に地域性や、特徴的な違いはなく、言い方は店によってバラバラだそうです。

昭和30年頃までは、水ようかんはどこの家庭でも手作りされていました。今の60代、70代くらいの世代の方は、お母さんの作ったおやつの思い出として残っているそうです。

その当時の材料はこしあんを乾燥させた粉末状の小豆、寒天、砂糖。すべての材料を混ぜて、アルミの弁当箱やホウロウの型に流し、固めるだけとシンプルですが、作るのはなかなか難しく、ちょっと失敗すると二層になってしまいます。分離した水ようかんを食べたという思い出話を聞くこともよくあるそうです。

お皿にのった水ようかんの写真

「ふくい南青山291(青山)」「食の國 福井館(銀座)」でも11月〜3月の期間中は水ようかんを購入することができます(画像はふくい291公式サイトより引用)

高度経済成長期になると世の中がどんどん忙しくなり、より上手に作れる人が地域の分をまとめて作るようになっていきました。それがやがて発展してお店になったといいます。

福井には、『持ち込み文化』があり、今も残っているんですよ」と佐々木さん。

これは、自分の畑で育てた農作物を店に持っていくと加工品を作ってくれるというシステムです。例えば、大豆を持っていくと豆腐や味噌に、お米は麹にしてくれます。古い店に行くと、メニューの中に、「持ち込みだったらいくら」という表記が今でも残っているそうです。

自分の畑でできたものをお店に託して、自分は外に仕事に出る、というのが昭和30〜40年代頃の流れです。水ようかんもこの頃から地域の店が作るようになっていきました。家庭の味から地元の味へと変わっていったのです」。(佐々木さん)

八百屋さん、お餅屋さん、駄菓子屋さん、お饅頭屋さんなどが「持ち込み文化」の役割を担って、水ようかんを作っています。正統派の和菓子屋さんではないところが面白い特徴です。そうして増えていった水ようかんの店は、現在、福井県内でなんと100店以上あるとのこと!驚きの数です。

羊羹を作っている様子

以前見学させてもらった、水ようかんメーカー「久保田製菓」の工房。こちらは甘納豆や糖蜜を作っている会社です。手作業で紙の箱に充填しています。

水ようかんから見えてくる、福井の冬の暮らしぶり

福井で作られる水ようかんは、とてもデリケート。水分たっぷりでとろけるような柔らかさの上、練ようかんと違って砂糖が少なく甘さ控えめ。特に夏では日持ちせず、すぐ腐ってしまいます。

昔は冬の福井の縁側には、みかんとお餅と水ようかんが必ず置いてありました。子供たちは、お母さんに『水ようかん取ってきて』と言われると縁側に取りに行っていました。これには福井の気候、風土が大きく関係しています」(佐々木さん)。冷蔵庫のなかった時代、冬の冷たい縁側は水ようかんにとって最適な保存場所だったのです。

郷土料理研究家・フードプロデューサー 佐々木京美さんの写真

郷土料理研究家・フードプロデューサー 佐々木京美さん。福井の伝統的食文化の継承や、地元食材を使った商品開発などに力を注いでいます。

実は、福井県はちょうど日本の真ん中くらいに位置していて、これ以上北へ行くと、冬の水ようかんは凍ってしまい、南へ行くと今度は温度が上がって腐ってしまうそうです。福井は冬でも実は室内が氷点下になることはほとんどなく、しんしんと降る雪は適度に湿気を含んだぼた雪で、曇天が多く日照時間も少ない。このような気候風土が水ようかんと絶妙にぴったりマッチして、縁側は天然の冷蔵庫の役目を果たしていたのでした。

現代では、この食品を保存するのは冷蔵?常温?という話にすぐなりますが、福井の昔の人は、これは縁側、これは囲炉裏の上、と家の中にいろいろな温度帯で適した保管場所を持ち、使い分けていました。みんな知恵を絞って、大切な冬の食料を保存していたのです」(佐々木さん)。

雪に埋もれた銅像の写真

2018年2月に訪ねた福井市内の風景。

2018年2月の福井は、かつてない大雪に見舞われ、銅像も雪の中に埋まっていました。「2週間物流が麻痺して完全に動かなかった。この月の売り上げが4割落ちました(新谷さん)」「福井の昔の人たちってこういう閉ざされた中で暮らしていたんだと身を持ってわかりました(佐々木さん)

福井のさまざまな食品保管にまつわるエピソードを佐々木さんに教えていただいたので、ここでいくつか紹介します。雪国ならではの生活の知恵です。

  • こんにゃく芋を作っている池田町の集落では、冬寒くなると芋が痛んでしまうので、囲炉裏の上に置いて保存していました。しかし現在、同じ温度帯の場所にこんにゃく芋を置いたら、腐ってしまったとか。温度だけではなく、火を使って乾燥する囲炉裏の上だったから腐らなかったのでは、とのこと。
  • 今庄には「吊るし柿」という一味違う燻された干し柿があります。普通に外に干していると湿気が多く、柿がカビてしまうので、秋田の昔のいぶりがっこのように、囲炉裏の上でスモークしながら乾かします。このおかげで絶妙な薫香がつき、個性的な味わいの美味しい干し柿になるのです。
  • 周囲を山に囲まれた雪深い勝山という地域は、水質がすこぶる良く、白菜を水の中に浸けて保存します。水の表面に薄い氷が張り、中は冷たい水のまま、という状態が保管にちょうど良いそうです。

雪国の人たちにとって、冬の食料の保存は死活問題であり、各地域で様々な工夫がなされていました。その延長線上にあるのが、縁側で保存され、冬に美味しく食べられる水ようかんだったのです。

首都圏での「水ようかん」販売と福井の食文化を伝える努力

福井の水ようかんは、この地域だけの独自の文化。福井の代表的な食文化として、全国に広め、世の中に知ってもらいたい。そんな思いで活動を始めました」と話すのは新谷さん。

まず始めたのは、専用のパッケージ作り。そして「冬水ようかん」という登録商標でした。
福井の水ようかんは、通常紙の箱に直接どーんと入っていることが多いです。A4ほどの長方形サイズが一般的で、一枚流しのものを切り分けて食べます(食べやすい大きさに切れ目が入っています)。

赤い箱に入った水ようかんの写真

福井ではこの状態が今でも普通。紙の箱に直接流し込み、上に透明のセロファンが敷いてあるだけ。時間が経つとびちゃびちゃになることは明らかです。

昔ながらのパッケージ(それは福井らしい風情でもあり、無くして欲しくないと筆者は密かに思っていますが)の場合、箱をちょっとでも傾けると水分が染み出てびちゃびちゃになってしまいます。福井の人にとっては当たり前のことなので、自然とまっすぐに持つ作法が身に付いているそうですが、そういう事情を知らない県外の大半の人は平気で裏返したり、カバンに縦に入れてしまったりして……気付いた時には大惨事!となりかねません。

そうならないために、新谷さんは完全に密封できるパッケージを新たに開発。このパッケージのおかげで、首都圏でも気兼ねなく販売できるように。また、ハーフサイズのパッケージも作り、ちょっと試しに買ってみたい人でも気軽に手に取りやすいようにしました。

さまざまな水ようかんの上に敷くセロファンの画像

余談ですが、水ようかんの上に敷く透明セロファンの絵柄も店舗によって色々あり、見比べてみると楽しいです。

東京へ来て気づいたのは、福井以外の地域では、水ようかんは夏でなければ食べないという単純な事実。どうして冬なの?と聞かれることが非常に多かったんです。福井では当たり前のことなので何の疑問もなかったのですが。そこで、きちんと福井の文化として認識して頂けるように『冬水ようかん』という登録商標を取り、県内の業者なら使っていいことにしました。文化を守ることによって、地域の担い手である個人商店を応援することができたらと思っています」と新谷さん。

株式会社カリョーの代表取締役社長 新谷の写真

株式会社カリョーの代表取締役社長 新谷雅嗣さん

「冬水ようかん」は3年前より、都内の福井県のアンテナショップの他、新宿伊勢丹や日本橋三越などでも販売されています。新谷さんは、販売時には福井の食文化としての紹介に配慮するよう心がけているそうです。複数種類を並べ、一つひとつ味が違うことを丁寧に伝え、選べる楽しみ、食べ比べできる楽しみも紹介。試食を行なっていることもあります。

最近では、毎年冬になると販売するという形が定着してきており、昨年はリピーター客に声をかけられることも多かったとか。徐々にではありますが、首都圏でも認知され始めているといいます。

木べらですくった食べる水ようかんの写真

今回「ふくいブランド講座」で試食した13種類の水ようかん。お盆のように使っているのは漆の木箱で、かつては水ようかんを流し、固めるための道具でした。木のヘラは大抵水ようかんに付属されており、これですくって食べます。

冬水ようかんを求めて、福井への旅を

今回の「ふくいブランド講座」では13種類を実際に食べ比べてみましたが、実は一つとして同じものがありません。材料は小豆、砂糖、寒天というだけの極々シンプルなものですが、それぞれ甘さや食感、喉越しの微妙な違いがあります。しかも、いずれも水分を含んだ絶妙な柔らかさ、喉越し良くつるんとした舌触り、まろやかな甘さが魅力で、いくらでも食べられそう!

佐々木さん曰く「福井の人はみんなそれぞれにご贔屓の店があって、自分の地域のところが一番美味しいと思っています。水ようかんはコミュニケーションツール。大きな1枚を家族や友達同士でワイワイと共有し、争って食べたり、お国自慢したりして楽しむものなのです」とのこと。

水ようかんの作り方は店によって各々異なり、砂糖に黒糖を使うか使わないか、水分量による食感の違いや寒天による弾力の違いなど、各店のこだわりがあります。逆に、例えば抹茶やチョコレートなど、小豆以外の味、あまり奇をてらった味を作る店はないそうです。

首都圏の人は比較的、黒糖の入っていない、あっさりしたものを好む傾向があるとか。でも福井で体の冷える極寒の冬に食べるときには、しっかりあんこの濃い、黒糖のコクのあるものを食べたくなる、といいます。福井でなければ体験できない、冬の味覚。現地の風景や気候を感じながら味わうと、また違ってくると思います。冬だからこそ美味しい水ようかんを求めて、福井を旅してみてはいかがでしょうか。

■取材協力

企業名 株式会社カリョー
企業名 ふくい南青山291

■参考資料

参考URL 福井冬水ようかん紀行