人気者から一転、仕事が来ない日が続いたルー大柴さんの40代。新しく担当になった30代のマネージャーがルーさんを変えました。再生への道を歩んだ日々とは(全4回中の2回)。

 

ルー大柴さんに喝を入れた若きマネージャーとのツーショット

飽きられた40代は「仕事をしていた」記憶さえない

── 大ブレイクから数年後、3年連続であちこちの“嫌いなタレントNo.1”に選ばれたルーさん。アクの強さや暑苦しさなどが視聴者に飽きられた、と自己分析されたとのことですが、その後、ルーさんの意外な一面が関西を中心に人気を呼びました。

 

ルーさん:2003年『探偵!ナイトスクープ』ですね。「ルー大柴さんが、なくなったおじいちゃんにそっくり。中学生の孫娘をもう一度おじいちゃんに会わせて」という企画で、私がおじいちゃんとしてお孫さんと過ごしました。

 

── 最初はアクの強いキャラのルーさんでしたが、だんだん本当の祖父と孫のようになり、素のルーさんが垣間見えて、おばあちゃん、お母さん、探偵、スタジオも号泣。いまでも「神回」と呼ばれています。

 

ルーさん:台本のない展開でしょう…やってるうちに、心の交流みたいなものが芽生えてきて、私も最後は涙が出てきました。あの番組で、関西をはじめ全国の方からも「イメージが変わった」と言われるように。私にはああいう部分もあるんだって。

 

──『ナイトスクープ』みたいな経験をしても、大きくキャラを変えたり、路線を変えるというのは難しかったですか?

 

ルーさん:難しかったです。ずっと、これからどうしようかと悩んでいました。海パン1枚の暑苦しいルー大柴には、自分がだんだん息苦しくなってきて。

 

── ふりかえると40代はずっと不遇の時期だったんでしょうか?

 

ルーさん:ボーン(誕生)してから頭の中の年表で、誰といつ出会ったか全部覚えていますが、40代は空白です。舞台に出ていましたし、たまにテレビ出演もしましたが、何をやっていたかは思い出せません。ただ、そのころ時間はあったので、生まれたばかりの次男とはよく遊んだり、子育てには関われました。

 

1度目のブレイクのとき、海パンでよくイベントに出演していたルーさん

── そんなルーさんに、周囲からのアドバイスは?

 

ルーさん:ある程度の芸歴になると、なかなかねぇ。まわりも言えなかったのかもしれない。「裸の王様」というほどビッグではないけど、「こうしたほうがいいんじゃないですか?」などはなかったなぁ。事務所からも言いづらい雰囲気。売れる前は「こうしたほうが売れるんじゃないか?」など、言ってくれる人もいましたが。

 

── 一度ブレイクすると、成功体験として残りますものね。

 

ルーさん:ネクストステップが必要だとわかっていたのですが、成功体験が邪魔して…。これから50代、60代と先は長いのにどうしよう、自分にはこの道しかない。でも、世に出るピークは終わってしまったと、ある意味まいりました。

年下マネージャーから「中途半端」とダメ出しされて

── そんな長い低迷期から抜け出したきっかけは?

 

ルーさん:2005年の新しいマネージャーとの出会いです。ベリーチャイルド、ひとまわり年下のマネージャーが真剣に私と向き合って「ルーさんはこのままじゃダメです、タレントとしても役者としても中途半端ですよ」と、言ってきたんです。

 

「いまはもうルー大柴なんて誰も知りませんよ」「いったい、なにをやりたいんですか?」って。そんなこと言われたことなかったから、「えっ!?」って思いましたよ。

 

でも彼の言い分はまったくの正論で、もし今後も続けたいんなら「いままでのルー大柴じゃダメだ」と、心の底から思いました。これは、チェンジマインド、意識改革しなきゃ。もう50歳過ぎていたから、再ブレイクするのは難しいだろうし、ある意味“賭け”かもしれないけど、マネージャーが「私はやります」と言ってくれたんです。

 

それで、すべて昔のことは昔、土台としつつも、“ニュー大柴”を彼と二人スリーフット(三脚)でやりはじめたんですよ。

 

2007年『MOTTAINAI~もったいない~』のとき。右側はコンビで歌った仁井山さん

── 年下の30代のマネージャーの言葉に耳を傾けたんですね。心の中で抵抗はありませんでしたか?

 

ルーさん:年齢は関係ありません。ふつうなら「ふざけるな」って感じかもしれないけど、彼の意見にのっかれたんですよ。私をちゃんとみてくれている人が苦言を呈してくれたんだから。

 

年下であろうと、いいものの考え方を持っている人と努力すれば、私ひとりで考えて立ち向かうよりも、2倍、3倍の力になるわけじゃないですか。助言をくれる参謀のような存在が現れてようやく前に進めました。自分の人生、あとどのくらいあるかわからないけど、あれは大きな出会い、デスティニー(運命)だったな。

 

PROFILE ルー大柴さん

1954年、東京都生まれ。高校卒業後、欧米を放浪。日本語と英語をトゥギャザーした話術を使う独特のキャラクターで活躍、役者としても舞台を中心に活動。2007年NHKみんなのうたに採用された『MOTTAINAI』をきっかけに、富士山麓の清掃や地域のゴミ拾いなど環境活動にも積極的に取り組む。2013年に遠州流茶道師範に。

 

取材・文/岡本聡子 画像・写真提供/ルー大柴、株式会社Carino