成人式を迎えた長女・横尾紗千さんとかとうれいこさん

抜群のスタイルで、グラビアページを飾っていたかとうれいこさん(54)。プロゴルファー(50)と結婚してからは、渡米。主婦業に専念しましたが、今でも衰えない「夢」を語ります。

「何でいつもパパはいないの?」

── 2001年以降、アメリカから帰国後も、夫の横尾要さんはツアーで留守にしがちだったと思いますが、どうしていましたか?

 

かとうさん:娘からは「何でいつもパパはいないの?」と聞かれたこともありましたが「お仕事なんだよ」と言って聞かせました。

 

寂しい思いをしないように、友達の家族と一緒に出かけるようにしていましたね。おかげでお互いが、なくてはならない存在というか、絆めいたものが生まれたと思います。

 

── かとうさんが芸能の仕事を再開したのは、どういうきっかけでしたか?

 

かとうさん:娘が小3のころ、少し手が離れたころのタイミング(2012年)でお話をいただいたときです。まずスタッフの若さに驚きました。

 

かつては年上の人たちばかりでしたけど、年下の人が増え、自分は年をとったんだなと。出演者の顔ぶれも変わっていたので、「初めまして」「いつもテレビでみています」という感じでした。

 

夫の横尾要さんとかとうれいこさん
夫の横尾要さんと

私に何かできるのかな…

── 久しぶりの復帰で、芸能界での変化や戸惑いはありましたか?

 

かとうさん:自分のプライベートを明かすことですかね。私が20代のころは、プライベートはヴェールに包まれているものでした。

 

ブログやインスタもあらわれて、どういうやり方でどこまで自分を出していくべきなのか戸惑いはありましたね。

 

ブランクがあったので、私に何かできるのかなという不安もありました。

 

── 家族の反応はどうでしたか?

 

かとうさん:夫は「ふーん、わかった」という感じで、娘は母親の私が出ていることを恥ずかしがったのか、私ではなく共演した方について聞いてくることはありましたね。

 

聖子ちゃんに憧れていた小5のころのかとうれいこさん
“聖子ちゃん”に憧れていた小5のころ

社長が「しまった」という表情を

── かとうさんはもともと歌手を目指して芸能界に入ったとか?

 

かとうさん:そうです。その気持ちは今でも変わっていません。子どものころは松田聖子さんに憧れていて、『歌のトップテン』や『ザ・ベストテン』などの歌番組を観て育った世代なので、ずっと歌手になりたいと思っていました。

 

── かとうさんといえば、グラビアのイメージが強いですが、歌手志向とのギャップはありませんでしたか?

 

かとうさん:グラビアの仕事もバラエティの仕事も好きだったので、抵抗はありませんでしたね。それまでビキニも着たことがなかったので、最初は恥ずかしい思いはありましたが。

 

当時はそうマルチに活動することが当たり前でした。歌手デビューもさせてもらい、CDも出しましたから。初ライブのあと、舞台の袖で私が「すごく気持ちよかった~」と言ったそうです。

 

そうしたら、社長(当時のイエローキャブ・野田義治さん)が「しまった~」というような表情をしていたそうです(笑)。

 

成人式のときに母親とかとうさん
成人式のときに母親と

── 社長さんは歌手活動にはあまり賛成ではなかった?

 

かとうさん:私には、グラビアで活躍してもらいたかったのだと思います。でも、時代を越えて、そういうふうに私の姿を覚えてもらっていることはすごいことで、ありがたいです。

 

CDは思うようには売れず、1990年ころからは歌番組も減ってきたので、歌手としての活動はそこまで成功しませんでした。

 

ただ、昔から作詞や作曲も頑張ってきたことは、今の自分につながっていると思います。

 

── これからママ、妻、タレントとして目指すことはありますか?

 

かとうさん:娘はもう成人していますが、いつでも手を差し伸べられる存在でありたいですね。夫もシニアで活動しているので、できる限り応援してサポートしていきたいです。

 

仕事は、どんなものにもチャレンジしていきたいですね。グラビアや歌手も素敵な出会いやきっかけがあれば、挑戦していくつもりです。

 

PROFILE かとうれいこさん

1969年、埼玉県生まれ。短大卒業後、芸能界へ。1990年代前半はグラビアアイドル、歌手として活躍。ドラマ、映画、CMなど出演多数。2001年にプロゴルファーの横尾要さんと結婚。長女の紗千さんと3人暮らし。代表曲に『この愛のすべて』。ハーブティーソムリエとハンドケアセラピストの資格も。

取材・文/CHANTO WEB NEWS 写真提供/かとうれいこ