3月9日、北朝鮮は飛翔(ひしょう)体を発射した(写真:ロイター/アフロ)
3月9日、北朝鮮は飛翔(ひしょう)体を発射した(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナウイルス感染者が世界の多くの国で出ている中でも、北朝鮮は感染者が国内で発生したとは発表しておらず、各種の集計表で「ゼロ」ということになっている。

 だが実際には、北朝鮮による中国からの観光客受け入れ全面停止が明らかになったのは、1月22日のことである。北朝鮮は中国との間で長い国境を有しており、上記の措置が取られるより前には少なからず人の行き来があったことから、北朝鮮国内の新型コロナウイルス感染者数はそれなりの大きさになっているのではないかと推測される。

 2月21日には、毎年4月に開催される平壌国際マラソン大会中止が明らかになった。海外からのウイルス流入を防ぐ狙いに加え、国内で感染が拡大するのを避ける狙いもあったのではないか。

感染者ゼロはあり得ない

 朝鮮労働党中央委員会の機関紙である労働新聞は3月9日に、ある企業で従業員がマスクをつけずに集会を開いた事例を取り上げて、「気を緩めている」と批判した。これに対し脱北者は、「感染者がゼロはあり得ない。ここまで警戒するのは感染者がすでに多く出ているからではないか」とみている。さらに、北朝鮮の内情に詳しい複数の関係者によると、金正恩朝鮮労働党委員長は新型コロナウイルスへの感染を警戒して、最近は長く平壌を離れているという(3月10日付朝日新聞)。これは注目すべき情報である。

 そうした中で最近目立つのが、北朝鮮による「飛翔体の発射」である。飛翔体には短距離弾道ミサイルも含まれていたようである。

 まず、3月2日の昼すぎに、東部の元山付近から北東方向の日本海に向けて、北朝鮮は飛翔体2発を発射した。昨年11月28日以来の発射である。

 続いて、1週間後の9日の朝に、東部の宣徳付近から北東方向の日本海に向けて、飛翔体を発射した。ロイターによると、韓国軍合同参謀本部は少なくとも3発としたが、複数の米当局者は少なくとも4発とし、うち1人の当局者は短距離ミサイルを含む計5発が発射されたようだとした。

 米国のトランプ大統領は「大統領選モード」にすでに入っている上に、足元は新型コロナウイルスへの対応で手いっぱいであり、ここで北朝鮮問題に目を向ける余裕はなさそうである。北朝鮮が自らの軍事力を誇示しつつ米国との交渉進展を望んでも、空振りに終わる可能性が高い。CNNは2月10日、トランプ大統領は、11月にある大統領選よりも前の金正恩委員長との米朝首脳会談開催を望まない考えを外交担当の高官らに伝えた、と報じた。

 それでも、北朝鮮が発射を繰り返した狙いは何か。いくつかの説明が可能である。中国との国境閉鎖で食糧や日用品が不足し始め、外出時に着用を義務付けられたマスクも不足しており、日常生活に支障を来した住民の不満が高まる中、「国内の結束を強化する意図もある」と、韓国政府関係者は分析している(3月9日付読売新聞)。

 一方、飛翔体発射の政治的意味合いについて韓国の国防当局は、金委員長が指導力を内部に向けて誇示するためだと分析している。「軍部を引き締めるとともに、指導部の統率力を外部に誇示する意図もうかがえる」「経済への打撃を最小化するためには、貿易や建設などの活動にかかわる軍の士気を保つ必要がある。軍内部には、金正恩氏が18年以降に対米交渉で示した非核化の方針に反発する声が根強かった」とする報道が出ている(3月10日付日本経済新聞)。

 さらに、飛翔体の発射は、平壌から金委員長が離れたままでいる口実作りになっている面があるかもしれない。元山と宣徳は北朝鮮東部に位置しており、関係者の1人は「正恩氏はこの間、平壌に戻っていない。平壌を避けているようだ」と話したという(3月10日付朝日新聞)。新型コロナウイルスの感染者は北朝鮮の首都で人口が最も多い平壌で多く出ていると推測される。そこで、金委員長は平壌からなるべく離れていたいのだろう。とすれば近々、恐らく3月中旬に何らかの動きがあるはずだと筆者が考えていたところ、実際に下記の動きがあった。

 労働新聞は13日、金正恩委員長の立ち会いの下で12日に軍の射撃訓練があったと伝えた。「さまざまな大きさの大砲などが目標に向かって発射され、射撃の成績と任務の遂行にかかった時間を総合して勝敗が競われた」という。そして金委員長は「砲兵の威力は、すなわち朝鮮人民軍の威力だという考え方を胸に刻むべきだ」と述べて、砲兵の強化を指示したという。

 NHKはこの件についてのニュースに、「12日の訓練では、弾道ミサイルは発射されなかったとみられます」「金委員長は今月に入って2度、弾道ミサイルとみられる飛翔体の発射訓練に立ち会うなど、このところ、頻繁に軍を視察しています」「北朝鮮としては、新型コロナウイルスへの対応の一方で、軍の態勢に変わりはないことをアピールする狙いがありそうです」と、説明を加えた。

 なお、こうした報道を額面通りに受け取ると、北朝鮮の軍は新型コロナウイルスの脅威にもかかわらず通常通りだと思ってしまいがちだが、そうではないと米国は見ているようである。在韓米軍のエイブラムス司令官は翌13日にビデオ回線を通じて記者会見し、北朝鮮軍が約30日間にわたって軍事活動を停止していたことを明らかにした。新型コロナウイルスの感染拡大が背景にある可能性が高いという。

 「例えば、北朝鮮軍は24日間一度も飛行機を飛ばさなかった。最近になってようやく通常の訓練を開始したもようだ」「感染者が出ていることはほとんど間違いないとみている」との発言があった(時事通信)。

市場はパラダイムシフト

 北朝鮮はさらに3月21日にも、短距離弾道ミサイルと推定される飛翔体2発を日本海に向けて発射した。金正恩委員長が20日に朝鮮人民軍西部前線大連合部隊の砲撃対抗競技を視察したと報じられており、それとおそらく関連がある。

 さて、金委員長を強く警戒させているとみられる新型コロナウイルス。新たなタイプの危機に対する即効薬や決定的な対処法が見当たらない中で、米国株は暴落。金利は大幅に低下しており、市場は「パラダイムシフト」の様相を呈している(当コラム3月17日配信「『パンドラの箱』を開けてしまったパウエル議長」ご参照)。

 世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は11日、新型コロナウイルスの感染拡大は「パンデミック(世界的な大流行)」だと、ようやく表明した。ニューヨーク市のデブラシオ市長は12日、新型コロナウイルス感染者が市内で急増していることを理由に非常事態宣言を出した。感染者の集団発生を巡る混乱はすぐには終わらず、少なくとも6カ月程度は続く可能性があると指摘した。6カ月後は9月、北半球では季節は秋である。

 このような状況下、国際的なイベントの延期や中止のニュースが相次いでいる。

 予定通りの東京五輪・パラリンピック開催の可否にも影響してくるため、何月開催のイベントまでそうした動きが広がるかを筆者は注視しているのだが、筆者が最初に注目したのは、イタリアの高級ファッションブランドであるプラダが、5月21日に日本で予定していたファッションショーの延期を、2月中旬の時点で発表したことだった。

 その後、ロシア政府は3月10日、6月3~6日にサンクトペテルブルクでの開催が予定されていた国際経済フォーラムの中止を発表。3月11日には米エンターテインメントソフトウエア協会が、6月9~11日にロサンゼルスで開催予定だったゲーム見本市「E3」の中止を発表した。3月12日には、カザフスタンの首都ヌルスルタンで6月8~11日の開催が予定されていた世界貿易機関(WTO)閣僚会議が中止になることが明らかになった。新型コロナウイルスを巡る懸念が理由である。

 さらに、英国で7月20~24日に開催が予定されていた世界的な航空機見本市「ファンボロー航空ショー」の中止が、主催者から3月20日に発表された。新型コロナウイルス感染拡大を主因とする国際イベントの延期や中止の動きは、もはや7月下旬にまで及んできている。東京五輪の開幕日は7月24日。それよりもある程度前のタイミングで予定通り開催するかどうか決める必要があることを考えると、状況は極めて切迫していると言わざるを得ない。は3月22日の緊急理事会で、東京五輪について延期も含めた対策を検討して4週間以内に結論を出すとの声明を発表した。

 東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の高橋治之理事はJNNニュースの取材に対し、延期を判断する時期について、「アスリートのことを考えると5月では遅いのではないか」と発言。3月末に開かれる組織委員会の理事会では延期について「議題に上ると思う」との見通しを示した(ロイター)。

 高橋理事は米ウォールストリート・ジャーナルの取材に対し、「ウイルスは世界中にまん延している。選手が来られなければ、五輪は成立しない。2年の延期が現実的だ」と発言。3月11日には朝日新聞に対し、東京五輪・パラリンピックについては1~2年の延期案を考えるべきだとし、「延期を視野に入れるなら、今から準備しないと間に合わなくなる」と述べた。そして、トランプ大統領が12日、ホワイトハウスで東京五輪について記者団に、「1年間延期すればよいかもしれない」「無観客の競技場で実施するよりはよい」と発言した。

 日本の人々の間でも、このままでは東京五輪・パラリンピックの予定通りの開催は難しそうだという見方が、日々強まっているようである。

 NHKが3月6~8日に実施した世論調査では、東京で予定通り開催できるかどうかについての回答は、「開催できると思う」(40%)、「開催できないと思う」(45%)という結果で、後者の方がわずかに多かった。

 しかしその後、共同通信が14~16日に実施した世論調査では、「開催できると思う」(24.5%)に対し、「開催できないと思う」(69.9%)で、かなりの差がついた。

 朝日新聞が14~15日に実施した世論調査では、どのようにするのがよいと思うかを尋ねていた。結果は、「予定通り開催する」(23%)、「延期する」(63%)、「中止する」(9%)で、延期派が6割を超えた。

 東京新聞が3月13日朝刊の1面で報じた、東京五輪開催について判断するタイムリミットは5月の大型連休ごろだという匿名の政府高官による率直な発言に、筆者は注目している。この高官は、巨額の損失を伴う東京五輪の中止を避けるためにも「トランプ氏が自ら延期と言ってくれるのは心強い」と指摘。選手が来日できなくなる事態に言及し、「5月の大型連休ごろまで今のような状況が続けば、開催は難しい。スポンサーとの調整がつけば延期もあり得る」と述べたという。

本当は「抜本的な問題」の根治が必要

 安倍首相は3月16日夜のG7(主要7カ国)のテレビ電話による首脳会議で、東京五輪は「完全な形で実施したい」と述べた。政界を中心に、五輪の中止や無観客開催ではなく、1~2年の延期を模索する布石だと受け止められている。

 さまざまな波紋を呼んでいる新型コロナウイルスの感染拡大という「新しいタイプの危機」がいつ、どのような形で終息するかは、まだ全く見えてきていない。

 ところで筆者は引き続き、8年ぶりに再発した腰痛に悩まされており、病院でブロック注射をしてもらいながら「長期戦」覚悟でじっくり治そうとしている最中である。痛み止めの薬や湿布は、結局のところ、対症療法でしかない。各国が発動している大胆な財政・金融政策も、そうした「痛み止め」の範ちゅうの話にすぎず、迅速で抜本的にこの問題の「根治」をもたらすものではない。金融市場はそれを見透かして動いているように見える。

まずは会員登録(無料)

登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。

こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

この記事はシリーズ「上野泰也のエコノミック・ソナー」に収容されています。フォローすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。